④
僕が本気の怒りを纏っていた所為か、その日はクロエは元より、ヨーダもドゥータも現れなかったし、翌日以降も僕を伺うように見つめるものの、クロエを称賛するいつものくだらない話は控えていた。
・・・が、すぐに元に戻る可能性は高いがそれでも一応二人が学習能力を見せて僕の傍では大人しくしていても、クロエを賞賛する頭の沸いた人間は残念ながらこの二人だけではなく、そしてその他のメンバーはヨーダ達が大人しくしている分、まるで自分達の出番だと言わんばかりにクロエのことを持ち出してきて。
持ち出されたクロエの話題の中でも、今一番ホットな内容は二種類のようだった。それも、僕と、一応少しは大人しくしているが自分達が側近候補の中でも最有力候補だとでも思っているのか、僕の傍からは離れないヨーダ達に聞かせたくて仕方がないらしい話題のようで。
「ライナス殿下、お聞きなりました? 最近、クロエが苛めに遭っているようなのです! あの優しくて聡明で可愛らしいクロエが!」
「私も聞きました! 信じられません! クロエのような素晴らしい女性を苛めるだなんて・・・」
「しかも同じ女生徒が苛めているのです!」
「そう! そのようなのですよ!」
「何故同じ女性なのに・・・」
「それは同じ女性だからこそだろう。自分の方が遥かに劣っているのを悟って、どうしても攻撃しなくてはいられないのさ」
「なるほどなぁ・・・、そういえば、この間もアーネスト嬢がクロエに酷いキツいことを言っていたって・・・」
「それは俺も聞いた。なんか、一番クロエに辛く当たっているんじゃないかとかなんとか・・・」
「・・・一応、注意しているんですけどね」
「ヨーダ」
「僕の婚約者なので、当然の責任としてキツく注意はしているんですよ。自分が劣っているからといって、クロエに当たるのは筋違いですからね」
「そうだよなぁ」
「でも、彼女もプライドだけが高いので、そもそも自分がクロエより劣っているという点を認めなくて・・・」
「あー・・・、確かにそんな感じだよな」
「ヨーダも大変だな」
「えぇ、本当に困ります」
いや、困っているのは確実にアーネスト嬢だし、彼女は公爵令嬢として、またヨーダの婚約者として当然の行動をしているだけだろうと思うのに、当のヨーダの方はクロエに味方し、溜息を吐いて首を横に振るという仕草で『出来の悪い婚約者に振り回されて疲れている自分』というものを演出している。
はっきり言って、アーネスト嬢が不憫だし、ここ最近のクロエ関係に関するイライラも相まってそのヨーダのこれ見よがしの態度に手が出そうになるのだが、しかしそこも王族としての鋼鉄の意思で耐えた。耐え抜いた。・・・のだが、続いた話題にはその鋼鉄の意思すら崩れそうで。
「そういえば・・・、もう一人、クロエに辛く当たっている人がいるって聞いたけど・・・」
「クロエに辛く当たる女性は何人もいるだろう? 本当にうちの学園の女性は自分の足りなさを認めないというか・・・」
「いや、確かに辛く当たる女性は何人もいるって話だけど、その中でも特に辛く当たっていて、苛めの主導者になっている女性がいるって話」
「アーネスト嬢だろ?」
「彼女は自分で苛めているって話だろ。そうじゃなくて、取り巻きを使っているって・・・」
「誰?」
「それが・・・、リロウ嬢なんだよ」
「あー・・・! そうかっ、最近、クロエが殿下とも親しくしているから!」
「そう! ほら、リロウ嬢は気が強いし、取り巻きも多いから・・・」
「それ、俺も聞いたな。リロウ嬢がクロエを呼び出したとか、取り巻き連中と一緒になってクロエに暴言を浴びせかけたとか」
「やっぱり、殿下と親しいクロエに嫉妬して・・・」
「・・・僕はダイナモン嬢と親しくしていた覚えなんてないけど?」
僕に話題は振らないのに、はっきり聞こえるようにリロウの名前をあげつらう馬鹿どものそれに、意識せずとも冷たい声が出た。
付き纏われて迷惑しているだけなのにクロエと親しいなんて僕の名誉に関わるレベルでの失礼な勘違いをされているのにも腹が立つが、あの女性に対して修正不可能なレベルの興味を発揮するリロウがクロエを苛めているなんてあり得ない暴言を口にしているのだから、声どころか向ける視線まで凍りつくというもので。
僕の滅多にない、完全に不機嫌を表しているその声と視線に驚いたのか、それまであり得ない発言を続けていた馬鹿どもは瞬間的に口でも縫い付けられたのかと思うほど一気に黙った。
しかしこの間のことがあるからか、僕に対してはクロエの話を控えていたはずのヨーダがその時、僕に気を使いながらもやんわりと口を出してきたのだ。
僕を刺激したくはないけれど、どうしても言わないわけにはいかないのだと、そんな口調で。
「あの、ライナス殿下・・・、リロウ嬢がクロエに辛く当たっている、というのは本当のことなのですが・・・」
「ヨーダ」
「噂とかではなく、私も見かけたことがるのです。その、別に手が出ていたとかではないのですが、かなり威圧的なことを皆で取り囲んで言っていて・・・、あの、これは本当のことですし、似たような場面は何人も見ていまして」
「そうです、殿下。俺も見てます」
「何か注意でもしていたのだろう。リロウは公爵令嬢なのだから、令嬢として相応しくない態度をとっていれば叱責くらいはするよ」
「クロエがそんなことするわけ・・・!」
「ドゥータ! あの、殿下、確かにそれはその通りかもしれませんが、リロウ嬢の態度は注意とかそういうレベルのものではなかったのです。本当なのです」
僕の指摘に激昂しかけたドゥータを制し、尚も言い募ったヨーダの様子は愚かな感情に振り回されただけにも見えなかった。ただ、その言葉を鵜呑みにすることはできない。クロエに対する今までの態度が態度だったし、何より言っている内容がとても信じられなかった。
あのリロウが、女性を苛めるだなんて。
男を苛めていると言われたら多少は可能性を考慮するけど、女性を苛めるだなんてあり得ないだろう、そう思いつつ、「リロウには確認しておくけど、キミ達の思い過ごしだろう」と言い切ってその話題を打ち切ってから数時間後。
偶々通りかかった通路で、真実はもたらされた。・・・いや、正確にいうと、その一端がもたらされただけで、本当の全貌が分かるのはその後、彼女、リロウと二人っきりになった時だったのだが。
通りかかったそこは用がなければあまり通らない場所で、実際、人気はなかった。僕も偶々近道としてそこを通りかかっただけだったのだが、前方に決して僕が見間違うわけがない姿を見つけて自然と早足になってそちらに向かって行くと、見つけた彼女、リロウは一人ではなく、もう一人、向かい合っている女生徒がいて・・・、声が聞こえるほど近づいた時、それがクロエだと分かった途端に嫌な予感は最大限にまで高まった。
そしてその予感は正確に的中する。
「何度でも言います! 貴女が婚約者では、ライナス様がお可哀想です! すぐにでもライナス様を開放するべきです!」
何を頭の沸いたことをほざいているんだこの馬鹿女は! ・・・という、王族にあるまじき暴言が迸りそうになったがそれを寸前のところで耐え、半ば駆け足になりながらリロウの元へと向かう。
僕にちょうど背を向ける形になっているリロウは、肩を震わせていて、今にも何かを言い返そうとしているのが分かった。それも、かなり激しい口調で言おうとしているのが背中から漂う雰囲気でも察せられて、拙いという気持ちがはっきりと湧き上がる。
ただでさえ苛め疑惑が湧いているのだ。勿論、そんな疑惑が湧いているのは頭が沸いた面々の間だけではあるのだろうが、それでも言い争いのような真似をしてしまい、それが誰かの目に触れればそんな面白くもない疑惑が更に強まってしまう。
というか、そもそもそんな疑惑が湧いたのはこういう馬鹿な言いがかりをクロエにされて、それにリロウが反論していた所為に違いない・・・、等々、脳内で色々な可能性を描きながらも足は決して止まることなく動き、リロウが声を発するより先に、その肩を抱き込んだ。
「ライ!」
「ライナス様ぁ!」
「リー、こんな人間に関わってはいけないよ。さぁ、一緒に行こう」
「ライ、でも・・・」
「ライナス様! どうしてそんな酷いこと言うんですか! 私はただライナス様のことを思って・・・」
「リー、行こう」
「ライナス様!」
「何度も言っていることだけどね・・・、ダイナモン嬢、僕の名前を呼ぶ許可をキミにした覚えはない。勝手に僕の名を呼ばないでくれ」
抱き込んだリロウの肩を強く抱いて、それだけ視線も合わせずにクロエに吐き捨てると、何かを喚いている彼女には構うことなくその場を後にする。クロエに向かって何かを喚きたそうにしているリロウを、なんとか視線だけで制して。
それからとにかく状況を確認しなくてはと空き教室を探してリロウを押し込めると、誰も来ないのを確認してからドアを閉め、二人っきりになる。誰も来ないかを確認したのは話を聞かれないようにという配慮は勿論のこと、いくら婚約者同士ではあっても未婚の男女が二人っきりという状況があまり外聞が良くないからだ。
だから細心の注意を払ったわけなのだが・・・、リロウの方はそんな注意に意識が向かないらしく、部屋に入った途端、怒りの表情で「私、まだ何も言い返してませんのに!」と叫び始める。まぁ、決して気が弱くはないリロウにとってみれば、言われっ放しという状況はプライドに触るのだろう。
しかし気持ちは分かるがあの場で言い合いのような真似をさせれば噂に拍車がかかってしまうし・・・、と思ったところで、ふいに意識せず問いは口から零れた。全く信じていないし、あり得ないとしか思っていないのだが、それでもたぶん、心のどこかで引っかかってしまっていたのだろうそれが。
「ねぇ、リー」
「なんですの?!」
「いや、あのね、たぶん、さっきみたいに何か言いがかりをつけられて、それに反論していた所為で一部の人間が勘違いして言っているだけのことだとは思うんだけど・・・、キミがダイナモン嬢を苛めているって噂があるみたいで・・・」
ただの噂だよね、と続けようと思ったのだ。と言うか、それ以外の続きは僕の中に存在しなかったのだから、思うも何もなかったのだが。
しかし僕がそれを続ける前に、リロウは胸を張り、瞳をカッと見開いて僕を見据えると、両手に握り拳まで作ってその拳を上下に力強く一度振りながら断言したのだ。
その様に相応わしい、力強い声で。
「えぇっ! 苛めていますわ!」
「なんでっ?!」
・・・心の底から、『なんで?』と思った。あまりに力強く思った所為で、他人に声が聞こえないように声量を抑えて話さなくてはいけないという点が頭から抜け落ち、全力で叫んでしまうほど『なんで?』と思った。
リロウが苛めなんて行為に手を染めているという事実にも、相手が女性であるクロエである点にも『なんで?』と思ったが、そんな行為をしていること断言を胸を張って力強くするという点が、他の何よりもまして力一杯『なんで?』と叫ばずにはいられないほど疑問で。
普通、苛めってやっていても隠すものだよね?! とか、どうしてよりにもよって婚約者の僕に断言?! とか、色々と迸った叫びには気持ちが篭っていたのだが、リロウはそんな僕の気持ちを一切汲むことなく、怒りに爛々とその赤い瞳を燃え上がらせて訴えるのだ。・・・色々と想定外だったことや、言われてみれば想定できそうだったことを。
「なんでとはなんですの?! あんな女、苛められて当然ですわ!」
「苛めはちょっと・・・、というか、彼女、女性だよ? キミの大好きな女性なのに、苛めるの?」
「馬鹿にしないでくださいませ!」
「いやっ、あの、そういうことでは・・・」
「私、女性なら誰でもいいわけではありませんわ! あんな幼児体型、眼中にありませんわよ!」
「そういう意味?!」
「というか、幼児体型でもその体型に相応わしい幼さや無垢さ、可愛らしさがあるならば全く問題ありませんし、本当の幼児なら将来性を買えますが、二次性徴もきているはずの年齢であの幼児体型、しかも中身が体型にそぐわないなんて、論外ではありませんの!」
「そのキミの好みは知らないけど!」
「あんな愛らしさの欠片もないアバズレ・・・、しかもアバズレであるにもかかわらず色気もないだなんて、アバズレであることに何の意味があるのです?!」
「アバズレであることには色気があっても意味があるとは思えないけど?! あと、アバズレって単語をキミの立場で口にするのはちょっと問題が・・・」
「でもっ、そんな私の好みに外れているという事実が問題というわけではないのです!」
「・・・そうなの?」
「いえ、問題は問題なのですが、それよりもっと重大な問題があるからこそ、私はあの女を苛めているのですわっ!」
「えっと、だから苛めは拙いんだけど・・・、というか、もっと重大な問題って何?」
「ライ! 聞いてくださいませ!」
「え? うん、聞いているけど・・・」
「あの女は! あの女は・・・」
アーネスト様に気安く触ったんですの!
「私もまだ触れたことのないあの柔肌に!」
「・・・まだって言うか、一生そういう機会がないことを望んでいるんだけど」
「なんて冷たいことを仰るんですの! ライは男性だから分からないのですわ! あの柔肌に触れられない辛さが! 私が男性だったら、思う存分触れられましたのに!」
「・・・いや、男だったらそれは拙いんだけど」
「一生で一回でいいのです! あの柔肌に触れる機会を!」
「あのね・・・」
とんでもない発言が飛び出てはいるが、話を要約するとアーネストに注意を受けたクロエが、いつもの謎理論で反論する最中、アーネストに触れていたらしい。
たぶん、リロウが言うような触れることを目的とした接触ではなく、偶々触れてしまったか、腕を掴んだなどの行為だとは思うのだが、指一本すら触れていないリロウにとってみれば羨ましくて仕方がないことだったらしく。
しかも一度ではない、何回も触っているのだという話だから、それこそ殺意すら湧きかねない状況なのだろう。・・・そんなもの、湧かれても激しく困るのだが。
・・・というか、ダイナモン嬢はそんなに好みに合わなかったんだね。




