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純真に輝く邪な彼女に関する、解決し難い抗えない問題について  作者: 東東
【4章】彼女を押さえ込むには彼はあまりに強力に無力すぎて
19/24

「兄上・・・、僕、反省しました」


 突然、学園生活に疲れて王城の執務室でぐったりしていた僕の元を訪れたカイは、僕以上にぐったりした様子でそう切り出した。目の下に隈を作っているその姿は不憫の一言で、でもそれ以上に、完全に希望は潰えたと言わんばかりの光のない瞳が事態の危険性を告げていた。

 それは、それまで感じていた疲れが吹っ飛ぶほどの暗さで。

 僕が慌てて問いかけるより先に、カイは全ての力を失ったかのように近くのソファーに体を投げ出すと、虚な声でその反省点を語り出したのだった。


「僕、実は今まで多少女性に対する苦手意識があったのです」

「・・・ん? えっと、何の話?」

「不信感と言い換えてもよいのかもしれません。なんというか、女性は一筋縄ではいかないというか、何か隠し持っているモノがあるような気がして・・・」

「あー・・・、女性には・・・、うん、秘密が付きものだから・・・」

「それに最近は、隠してすらいないアレな言動を自分が正しいと思い込んでぶつけてくる、非常識な生き物も見かけてしまい、本当に女性というのはと、そう思っていまして・・・」

「あぁ、アレだね・・・、うん、それは・・・、仕方がない、かな・・・」


 カイが語ろうとしている反省点がどんなものなのか、まだはっきりしなかった。ただ、カイが女性に対して苦手意識、というか警戒心があることは知っていたし、その一番の原因がリロウにあることも分かっていたので、ぼかされた台詞が兄の婚約者に対するギリギリの礼儀なのだろうから、その点は追求しなかった。

 その後に続いた、非常識な生き物も当然、誰のことだか分かっている。同じ学年だった所為で最近、やけに纏わりつき、挙句、「立場なんて関係ありません! 第二王子でも、私達、同じ学生じゃないですか! 何も遠慮することなんてないんですぅ!」と、こともあろうに王族のカイの制服を引っ掴んで喚く、あのキチガ・・・、もとい、貴族になる気がないとしか思えない少女、クロエのことだろう。

 学園内は不審者が出入りしないようにセキュリティは万全なので、護衛をつけていない。当然、学生の中に護衛が必要なほど危険な人物はいないという前提で成り立っている状況なのだが、クロエを見ているとやはり王族だけは学園内でも護衛がいるのかもしれないと思わずにはいられない。

 そしてその必要性を誰よりも感じているらしいカイは、相変わらず虚ろな声で、同じく虚ろな瞳をなにもない空中に向けて語り続ける。・・・とうとう、具体的な反省点を。


「でも、べつに女性だけがどうこうってわけではなかったのですね」

「・・・え?」

「僕は少し性別だけで判断しすぎたのではないかと、その点を反省しているのです」

「えっと・・・、カイ?」

「・・・あの非常識な生き物の周りを固めている馬鹿男達を見て、本当に反省したのです。性別に関係なく、世の中は非常識な馬鹿ばっかりなんだって」

「待て! カイ、少し待とう! 大丈夫だ、いるから! まともな人間は男女共に、ちゃんと沢山いるから! 今、偶々局地的にアレな人間が集っているだけで、掻き回せば世の中、まともな人間の方が多いから!」


 ・・・カイの持っている警戒心が、女性に対するものから、人間全てに対する警戒心にヴァージョンアップし始めていた。

 その姿を目にしてしまえば、自分の疲れなんて吹っ飛んだ。というか、吹っ飛ばすしかなかった。なんせ、大事な弟の一大事だ。あと、王族が貴族を信じられなくなるという非常事態が発生し始めているのだから、それはもう、疲れている場合じゃないだろう。

 慌てて椅子から立ち上がり、カイがぐったりと身を投げ出しているソファーに駆け寄ってカイの肩を抱いて必死に励ますのだが、色んな意味で崖っぷち、むしろ崖からもう身を投げましたという状態のカイはなかなか復活しなかった。

 元々聡明で、勘も良く察しも良い人間だ。王城では誰も疑っていないリロウの本性も具体的には分からなくても異変を感じ取れるくらいのカイは、だからこそ学園の一部で起きている異常に誰よりも敏感に気づいていたのに、その元凶に纏わりつかれて精神的に参ってしまっているようで。


 完全なる人間不信に陥っている弟を前に、焦らない兄なんているだろうか?


 フォローの為に色々言いながらも、カイの虚ろな瞳に光が戻らない現実に焦りを感じずにはいられない。これは一旦、学園を休ませるべきか、しかし入学したばかりで休学なんてしたら変な噂が流れてしまう可能性があるし、もしそんなものが流れたらカイの将来に差し障りが出てしまうかもしれない等と、どうにか事態を解決するべく頭がフル回転するが、名案はなかなか浮かばない。

 そもそも僕自身の周りの状態だって解決できていないのに、カイの周りの状況を解決できるわけもないのだ。きっと僕の現状と同じように、周りのメンバーがあの謎の理論を振り翳すクロエに骨抜きになっている情けない姿を目の当たりにして絶望しているのだろうカイに、同じように絶望している僕が何をできるというのか。

 まぁ、骨抜きになっているのは一部だけで、全員おかしくなっているわけではなく、中にはそんな骨抜きにになっている馬鹿達を冷めた目で見つめながら、淡々と自分の仕事をこなしているきちんとしたメンバーもいて・・・。


 ・・・そういえば、今まであまり目立たないメンバーだったけど、目立たないだけで優秀だったんだな。


 最近、頭の悪い行動を繰り返す側近候補達に悩まされていたので他にあまり目が向いていなかったが、クロエにかまけて仕事が遅れがちなそんなメンバーのフォローをしている他のメンバーの姿が不意に思い出された。

 基本的に僕やカイの周りを固めているのは将来の側近候補達だけなので、優秀で家柄の良いメンバーだけなのだが、その中でも序列はある。能力や家柄で決まる部分もあるし、あまり前に出たがるタイプではない、控えめな人格をしているとやはり他の積極的で気が強いメンバーに押されてしまい、僕達と接触する機会も少なくなり、視界に入らないようになってしまう。

 しかし当然、僕らの周りにと配置されているのだからその優秀さは保証されていて、しかも今はその優秀さに加えてくだらない妄言に惑わされない冷静さがよく分かるような状況になっていた。

 なにより、他のメンバーの仕事もフォローできるだけの力を示しているわけで、それは今まで僕のすぐ傍に控えていられなかったのが能力以外の側面、それこそ家柄や性格の所為だったのだという証明にもなっている。

 きっと、こんなことでもなければ控えめなのだろう性格をした彼らの能力や冷静なその性格に気づくことはなかっただろう。それくらい、いつも傍にいた側近候補達は僕の周りを固めているし、つい目がいくほど言動も華やかで、功績も目立ったものを残す。

 でも、功績というのは目立っているものだけが重要なんじゃない。逆に、目立たないところで成されていることこそ、全ての土台となる重要さがあるわけで、今までもそういう地道な仕事を着実にこなしていてくれたのが今、冷静に対処している彼らなのだ。


 他を押しのけて自分をアピールすることにかまけているのではなく、与えられている自分の仕事を着実にこなしていく彼ら。


 この一年、そんな彼らの姿が見えていなかったのだなと今になって気がつき、今まで気づかないでいた事実を恥じるのと同時に、なんだかこの混沌とした状況に一条の光が差し込んだような気がしてきた。

 そう、それはまさに光だ。この何の光もない状況の中で唯一、見えた光、存在するこの事態が引き起こしているメリットだ。


「カイ、この状況を利用しよう」

「この貴族社会を崩壊させる為にですか?」

「なんでそんなことしないといけないんだっ! そうじゃない! 逆だ!」

「逆?」

「選別に使えるだろう? 周りにいる奴らの」

「せん、べつ・・・、選別、ですか? ・・・あぁ、なるほど」

「カイの周りにも、いるだろう?」

「彼女に纏わりつくという、無様で趣味の悪いことをしている馬鹿達ですよね?」

「そう、それと・・・」

「その馬鹿に混ざらない、優秀で冷静なメンバーですよね?」

「そう。普段は目立たないけど、優秀で自分をちゃんと持って冷静な流されない性格をしている、本当に将来、僕達を支えるメンバーとして相応わしい人間が誰か、よく分かるようになっただろう?」

「・・・確かに、そう言われればそうですね」

「やっぱり、どうしても目立って押しが強い性格をしている人間が周りを固めているから、大人しかったり静かな性格をしている人間は目につきにくいし、地道な業務をしていると功績も分かりづらいけど、そういう地道なことを手を抜かずにやってくれる人間が支えてくれるからこそ、他の人間も活躍できるわけなんだから、彼らをもっと評価するべきだ」

「それはそうですね。目立つ功績を上げる人間ばかりでは、上手く物事が回りません」

「そう、だから今回の件は、将来の側近を選ぶ為のいい機会だと思えばいいんじゃないのかな? 優秀だと思っていた人間にどういう欠点があるのか、目立たないけれど優秀な人間がどこにいるのかとか、そういう選別に使う機会がきたのだと思えば・・・」

「なるほど・・・。ただ状況を悲嘆にくれるのではなく、活用して今後に活かせばいいと、そういうことですね」


 僕の思いつきに、ようやくカイの虚ろな瞳に光が戻り始める。たぶん、僕自身の瞳にもはっきりとした光が宿っていたことだろう。周りの愚かな姿に本当に気が滅入っていたけれど、残念ながらそれが彼らの本当の姿だと早めに諦める機会が得られた、そしてもっと側近に相応わしい人間を見つけることができるようになった、その機会だと思えば今のこの状況も耐えられないこともない。

 ただ、勿論それにしたって限度はある。それは僕にもあるし、カイにもあるだろう。僕の提案を名案だと感じ入ったように頷きながらも、物言いたげな視線を向けてきたそれが証拠だった。勿論、僕にはその視線を無視する気はない。なんせ、僕だって同じ気持ちなのだから。


「一年にしよう」

「兄上?」

「いくら選別に便利だからって、卒業までこの状況を続けていたら僕らの精神が保たないだろう。僕だって二年は無理だし、カイなんてあと三年もあるんだから」

「・・・そう、ですね。三年今の状況が続いたら、王族の対面を守れなくなる言動をする可能性があります」

「カイ、それは・・・」

「兄上、あの物体に纏わりつかれる苦痛をお察しください」

「いや、察しているっ、察しているから! だから一年にしよう! 一年この状況を使って、それから僕が来年、最高学年になるまでにはどうにかしよう」

「それは・・・」

「この一年でそれぞれの能力を見極めてから、来年、年度が上がる前に決断しよう。それで来年はスッキリした気持ちで過ごそう。どう? 来年やそれ以降の未来の為に、今年一年だけ我慢して対処するってことならどうにか頑張れると思うんだけど・・・、駄目かな?」

「・・・いえ、それならどうにかなるかと・・・、どうにかなる、というか、どうにかします。えぇ、一年なら色々な選別期間として、耐え抜けると思います」

「えっと・・・、でも、本当に無理なら言ってくれれば、予定を早めても・・・」

「大丈夫です。すみません、僕が弱音ばかり言ってしまったからですね。心配させてしまってすみません、でも、僕も王族の端くれです、一年ぐらい耐えます。その一年が本当に自分にとって必要な者を選別する為の期間だと思えば、無駄になることもないのですから」

「そう・・・、じゃあ、それでいこうか。とにかくお互い、この一年をより良い将来の為に乗り切ろう」

「はい・・・」


 カイはまだ全体的に疲れ切った様子だったが、それでも僕と同様、光が見えた、というか光を無事作ることに成功したようで安堵の溜息を漏らしていた。

 勿論、クロエと同学年のカイの日常が変わるわけではないだろう。クロエに纏わりつかれ、一番近くにいる側近候補は頭の沸いた発言ばかりをし、疲れが減ることがない日々を送ることには変わりがないだろうが、それでもそれらの疲れが無駄にならない、その疲れと引き換えにより良い将来を得られると思えば今までよりはその疲れも軽く感じられるに違いない。

 良かった、これでカイが人間不信の危機から脱してくれるし、カイ自身もより良い側近を選べる・・・、と僕自身、安堵の溜息を漏らしていた時は、今思えばどこか他人事めいた思いがあったのだろう。

 何故ならその時はまだ、僕自身はクロエにあまり関わることがなかったからだ。

 僕に近づこうとしている気配を学園の端々でクロエの姿がチラつく度に感じてはいたが、その気配を感じたらすぐにその場を離脱していたし、そもそも学年が違うのだから授業も一緒になることはなく、接点自体がカイとは違い、圧倒的に少なかったので、うっかり遭遇する事態さえ起きないように気をつけていれば問題はなかった。

 唯一問題なのは、一番傍にいる側近候補達からクロエの戯言をさも至高の発言かのように、こちらを洗脳せんばかりに垂れ流してくるのを聞き流さなくてはいけないという苦痛だったのだが、それもこれが続くなら来年は側近候補から外すと決めてしまえばどうにか心の平安も保てる・・・、はずだったのだ。

 僕は、たぶん甘かったのだろう。途轍もなく甘かったのだ。感情に流されてしまった男がどれほど愚かになるのかを、計算に入れて物事を考えていなかったのだから。


 鏡を見れば、そんな愚かな男が写るというのに。


 カイの事情を他人事だと冷たく思っていたわけじゃない。でも、同時に自分にはここまで酷い事態は起きないと高を括っていたことも事実だったのだろう。

 そうやって足りない考えでいたから、手痛いしっぺ返しを受ける羽目になる。こういう事態になる可能性は十分考えられたのに。

 後悔は、無意味だ。もう取り返しがつかなくなった時にするものなのだから。でも、それでも思ってしまうのだ・・・。


 あらかじめこの事態が起きる可能性があると心の準備をしておけば、しっぺ返しのように感じることはなかったのだから、だいぶ精神的に負荷が軽くなっていたのに、と。

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