⑤
「リロウ嬢のお見送りですか? 兄上」
「カイ」
廊下を数歩行った場所に、一体いつからいたのか、弟のカイがいた。一つだけ年下の弟は、僕より線が細く、まだ成長途中の所為もあるのだろうが、一見、少女のようにも見える。それも、美少女に。
ストレートの金髪が肩の上でサラサラとなびき、薄い緑の瞳が日に透かすと煌めく、優しげな顔立ち。我が弟ながら時々、本当に美少女っぽいなと思うし、まだ本当に幼い頃の素直に僕に懐いてくる様は、それこそ目に入れても痛くないほど愛らしく・・・、ただ、周りがまるで王女様扱いし続けたのが悪影響でも齎したのか、長じると少々皮肉屋な一面を持つようになってしまう。
まぁ、男なのに王女様扱いされていたら、苛立ちを感じてそういう風に育ってしまっても仕方がないことだが。
ちなみに、リロウはそんな周りには流されず、カイを王女様扱いしなかった数少ない人間の一人だ。理由を一度尋ねた際の返事が、「つるぺたは好みではありませんわ。それに、いくら顔が美少女でも、やはり本物の神の祝福とは違いますもの。・・・体つきが」とのことだった。
理由がかなりアレだったのだが、それでもリロウはカイにとって、自分を王女様扱い、つまり女扱いしない数少ない人間の一人・・・、であるにもかかわらず、結果的に現在、カイが一番警戒する人間になってしまったことはある意味、本当に皮肉だと思う。
・・・そう、リロウを警戒しているのだ、カイは。
カイは生まれつき、勘が良いのだと思う。それに加えて頭も良いので、リロウに何らかの違和感、引っ掛かりを覚えているらしく、しかもそれは年々強まっているようで、今となっては極力リロウに関わらないようにしてる節すらある。
たぶん、今も彼女が完全にいなくなってから声をかけてきたのだろうが、最近はリロウが王城にいる間はその姿を見かけないくらい、鉢合わせにならないように気をつけているようだった。
それでいて、リロウがいなくなると僕の元に現れ、リロウについての話題を振ることも多い。・・・まるで、探りを入れるように。
「仲が良いですね、兄上とリロウ嬢は」
「まぁ、もう婚約して長いしね」
「学園でも、王城のように仲良く過ごされているのですか?」
「時間が取れればそういう風に過ごすこともあるけど・・・、ただ、学園ではお互い、色々と忙しいからね。僕は生徒会の仕事があるし、彼女は彼女で、周りの女生徒達と交流を深めないといけないから・・・」
「交流・・・、人脈作りですね」
「そうだね」
「・・・人脈、作れているのですか?」
「リロウは社交的な人間だからね、もうかなりの人数の女生徒と知り合っているみたいだよ。上級生とも付き合い始めているみたいだし」
「それって、知り合っているだけですか?」
「どういう意味?」
「いえ、互いに利があると踏んで付き合いを結べるようになっただけなのか、それともそういう利害関係だけではなく、純粋に親しくなっているのか、どちらなのかなと・・・」
「勿論、利害関係を全く考えていない人達ばかりじゃないだろうけど、純粋にリロウを慕って、親しくしている子達も多いし、リロウはあまり利害関係考えず、皆と親しくしているようだよ?」
「へぇ・・・」
なんとなく並んで歩きながら話し始めると、カイは案の定、リロウに関して探るような問いを重ねてくる。
その完全に何かを疑っている口調に顔が引き攣りそうになるのを堪えながらにこやかな態度を意識して答えていると、カイは不信感をいっぱいに詰め込んだ声を漏らした後、数秒、沈黙して・・・、僕が内心、まさか何か根拠があって疑い始めているんじゃないだろうなとか、どの辺りのことを疑っているんだとか、もしや「つるぺたには興味がない」とか言って、何か実害が出るようなことをしでかしたんじゃないかとか、とにかく色々な疑いが脳裏をよぎっていたのだが、カイはそんなこちらの疑いを気づいているのかいないのか、隣で小さな溜息を零した。
重い溜息、というわけではない。ただ、決して軽くはない。そう、軽くはないのだ。
そうして零した溜息がどこかに転がっていくのを見届けるような間を開けた後、カイは静かに口を開く。聞こえてきた声は先ほどよりは多少潜められていて、周りに話が聞こえないように意識しているのが分かった。
「兄上はお気づきでしょうから、はっきり申し上げるのですが・・・、僕はリロウ嬢が多少、苦手でして」
「あー・・・」
「お気づきでしたでしょう?」
「まぁ・・・、そうだね、なんとなくは」
「自分が苦手としている方に対して、他の人達はどう接しているのかなとちょっと気になったのです。仲良くしているのかなと」
「ちゃんと仲良くしているよ。彼女、他の女生徒達にかなり人気があるんだよ?」
「そう、ですか・・・、そういえば、男子生徒とは親しくしていないのですか?」
「彼女の立場で男子生徒と下手に親しくしていたら、色々と差し障りが出てしまうよ」
「まぁ、それはそうかもしれませんが・・・、でも、人気があるなら親しくしていなくても勝手に話しかけてくる人間も出ますよね?」
「・・・見た目が多少、気が強そうに見えるからね」
「つまり、女生徒には好かれているけれど、男子生徒からはそうでもない、と」
「・・・」
「女性は感じ方が違うのですかね?」
「同性からの人気があるのは良いことだろう? 特に、彼女のこれからの役割を考えれば」
「それはそうだと思いますが・・・、でも、僕だけじゃないんだなって・・・」
何故か多少、安堵した様子のカイだが、こっちは全く安堵できない。むしろ不安ばかりがつのる。リロウに対して苦手意識を持つのが男なら当然、みたいな認識をされてしまったら、その婚約者で仲良くしていますということになっている僕の立場がない。・・・まぁ、実態を考えれば立場も何もないのかもしれないが。
ただ将来的にはカイの義姉になるはずのリロウとの間が変な間柄になってしまっては困るわけで、どうしたものかと悩みながら自然と開いた口が漏らした言葉は、口にした後、聞いて大丈夫なのかと思わず心配してしまう問いだった。
「カイ、リロウのどこが嫌いなの?」というそれだ。
拙い、と思ったのは、カイがどこまで何を察しているのか分からない状態で、藪をつついて蛇を出すような真似をしてしまったかもしれないという危機感を持ったからだった。
これでもし本当にリロウのあの趣味嗜好がバレていたらなんて言い訳をしたらいいのかと内心、焦りに焦っていたのだが、九年間に渡る努力が身を結んでいたのか、具体的に何かが分かっているわけではないようで・・・、カイは多少、困ったような顔をして口籠ると、諦めたように細い息を吐き出して僕の問いに答えたのだ。
「べつに・・・、嫌っているんじゃないです。さっきも言いましたけど、苦手なだけで」
「苦手、か・・・、それ、えっと、どこが、っていうのは・・・」
「いえ、具体的にどこがってわけでもなくて・・・、ただ、なんとなく・・・、あ、でも、悪い人だと思っているわけではありませんよ。王子妃の勉強もとても頑張っておられますし、他の方の評判だって良いのは分かっています。非のつけようのない方だと思いますし・・・、まぁ、意外と他愛無いことも言う方だなと思って吃驚したりもしますけど」
「他愛無いこと?」
「兄上から聞いた話ですよ」
「僕かい?」
「ほら、兄上が執務室に置いている、あの石のことです。疲れを吸い取ってくれるっていう」
「あぁ、あのことか・・・」
「見た目が少しきつめな、はっきりした性格っぽいので、ああいう他愛無いことをされる人だとは思わなくて、少し意外に思いました」
「もしかして、そういうところが苦手?」
「いえ、そういうわけではないです・・・、けど・・・」
「けど?」
ついさっき、リロウと一緒にいた時も出た話題がまた出たかと思うと、カイはまた少し口籠る。眉間に皺を寄せ、それ以上言葉を重ねるべきか否かを迷っているように見えたが・・・、続きを待つ僕をちらっと見ると、軽く肩を竦めて再び口を開く。
たぶん、ここまで話してしまったらこれより先を黙っていたとしても意味はないと断じたのだろう。僕にとって意味がないかどうかは、また別問題になるのだが。
「あの石の話自体にはべつに思うところはないです。本気であの石に力があるなんて思い込んでいるようなら問題だとは思いますけど、そういうことじゃないでしょう?」
「そうだね」
「それならただの他愛無い話ということですし、思うことはありませんよ。むしろ微笑ましいとすら思うくらいです」
「そう・・・、なんだ」
「ただ、僕だったら彼女から何か思いを込められた物を贈られることは遠慮するな、というだけで」
「・・・僕の婚約者だものね」
「そういうことではなくて・・・、何か、得体の知れないモノが宿っていそうな気がするので」
「・・・カイ、リロウは僕の婚約者だよ?」
「えぇ、自分の婚約者じゃなくて本当に良かったと思っています」
最初は躊躇していたわりに、言いたいことを言いたいだけ言い放ったカイは、そこまで告げると一礼し、「僕はここで」とだけ言って去って行った。顔に出さないだけで結構呆然とし、内心、頭を抱えている兄を捨て置いて。
王族の一員として、一番近しい身内として、物事の本質を見抜く力をカイが持っていることを本当に嬉しく、誇らしく、心強く思う。・・・が、正直、リロウのことに関してだけはその力を発揮してほしくなかったのに、現在進行形で力強く発揮されてしまっているらしいことに頭が痛くて仕方がない。
激しい頭痛を耐えながら執務室に戻り、思わず引き出しからあの石を引き出して握りしめながら零すのは、カイが洩らしていたそれなんかより遥かに重く大きい溜息だ。重すぎて、どこにも転がっていかず、床にめり込んでいる気すらする。
来年は、カイも学園に入学する。
一歳しか歳が違わないのだから当たり前なのだが、それでも当然くるその日を思うだけで激しい頭痛がしてくるのは、今、王城でほとんど接触がない状態ですら本質的な何かを察している状態のカイが、学園でリロウを見かける機会が増えてしまえば具体的なことにまで気づいてしまう可能性が高まるからだった。
だからカイが入学するまでに、もう少しリロウの言動を落ち着かせないといけない。勘が良いカイが学園で見かけても不審な思いを抱かれないようにさせないと、本当に何か気づかれて婚約の破綻に繋がる可能性があるし・・・。
「・・・婚約といえば、カイの方の婚約も気がかりだしな」
ふと思い出したのは、以前、カイとカイ自身の婚約について話した時のことだ。年齢は一歳しか違わないのに、カイにはいまだに婚約者がいない。僕が婚約したのがもう九年も前のことになるのだから、カイにいまだに婚約者がいないということは少々遅いというか、不自然状態だった。
意外と大らかな両親は、第一王子である僕にちゃんとした・・・、少なくとも、周りにとっては非のつけようのない婚約者がいるので、べつに第二王子であるカイにはそんなに焦って婚約者を選ばなくてもいいという考えではあり、だから強制的なものはないのだが、それでも今まで何度も婚約者選定のお茶会は開かれたし、それとなく高位で優秀な令嬢を勧められたりはしているのだが、カイがあまり積極的ではなく、いつもやんわり断ってしまうのでいまだに話が成立しないままになっている。
流石に学園を卒業するまでには選ばないといけないと思うし、そもそもあまりにのんびりしていると次々と令嬢達の婚約が決まってしまい、選ぼうにも相手がいないという状態になってしまう可能性もある。
流石に王族の婚約者はそれなりの令嬢ではないと困るので、そんな選べもしないというところまで追い詰められる状態になるわけにはいかないのだが・・・、だから心配になり、僕もまた、カイにそれとなく婚約について探りを入れたことがある。
しかしその際、話しやすい流れを作る為に僕自身の婚約の話から始めたところ、リロウに思うところがあるらしいカイが微妙な反応をした為、つい、余計なことを聞いてしまったのだ。
「もしかして、僕の婚約に反対だったの?」と。
口にした途端、本当に余計なことを口にしたと真剣な後悔の念が湧き上がってきたのだが、それを抑え込む間もなく、カイが少々困ったような、でも何か確信を持っているかのような確固とした口調で話し出して。
「そのようなことはありませんよ。彼女は王子妃としてとても優秀だと聞いています。常に努力を惜しまないと伺ってますし、周りの者の評判もとても良いですし、家柄だって文句のつけようがありません。兄上とだって仲が良いようですのに、僕がそんな婚約に反対する理由もないでしょう? そもそも、まだ自分の婚約者を決められていない僕が他の婚約に何かを言えるような立場でもありませんし」
「べつに意見くらいなら誰が何を言ったとしても構わないし、だからカイが僕の婚約に何か意見があるなら言ってもらっても構わないけど・・・、でも、そういえばカイはどうしてまだ婚約者を選んでないんだい?」
「それは・・・」
「話なら何度もきているし、お茶会だって何度も開いているだろう? でも、全然良い反応がないって聞いたけど」
「・・・」
「まだそういうことに興味が湧かないってこと? どういう子なら前向きに考えてくれるのかなって、母上が前に零していたけど・・・」
余計なことを口にしてしまったと思っていたが、結果として本命である問いへ話の流れを繋げられたので、それはそれでほっとしたのだ。
ただ、なるべく深刻にならないように気をつけながら発した問いに、その後、僕は激しく後悔する羽目になる。理由は勿論、僕の問いに返されたカイの返答、その内容の所為だった。
「興味がない、ということではありませんし、しかるべき令嬢と婚約を結ぶのは僕の義務だと分かっていますよ」
「そう・・・」
「ただ・・・」
「ただ?」
そこで言葉を切ったカイは、じっと僕を見据えて、まるで何かの真理を見つけた賢者のような老成した色をその瞳に浮かべてみせた。
何か、取り返しのつかない未来を垣間見てしまったかのような深い苦悩のようなものすら宿すその瞳に、僕はその時、自分がこれから先のカイの言葉にあらゆる意味で後悔するのだと察してしまう。
それを察したところで、訪れる事態を回避することは不可能だったのだが。
「・・・ただ、なんとなくなんですけど、僕は婚約者は殊更慎重に選ばないといけない気がしているのです」
「・・・」
「勿論、今まで僕の婚約者候補として皆が選んでくれていた令嬢達には問題も不満もありませんし、選んでもらっただけあって、皆、素晴らしい令嬢達ばかりではあったと思うのですが・・・、それでも皆が気をつけてくれている以上に、僕自身のことなので、僕が誰よりも慎重に選ばないといけないのだと・・・、僕が自分で見極めないといけないのだと、そういう気がしているのです」
「・・・そう」
そう、としか言えなかった。言えるわけがなかった。具体的に説明されなくても、カイが婚約に関してここまで慎重になってしまった原因が自分にあることくらい、嫌というほど分かってしまっていたからこそ、それしか言えなかったのだ。
ようは、リロウに何かを察しているカイが、兄の二の舞にはなるまい、という決意をした結果、婚約が全く整わないという事態が起きている、というわけで。
・・・どうにかして僕の婚約が素晴らしいものだった、ということにしないといけない、と決意するしかなかった。




