④
王城での僕達の関係は、学園とは真反対の評価を受けている。
途轍もなく仲が良い・・・、というか、その出会いの時から諸々やらかしている所為もあり、僕が激しくリロウを溺愛しているというのが一般的な評価だ。それこそ公式見解に近い勢いでその認識が広がっている。
その評価に、思うところがないわけでもない。
二人の関係性が皆が思っているほど甘い感じではなく、むしろ時々甘い物を必要とするレベルで疲労を覚える関係性なのだが、それでもその疲労は僕だけが認識している僕だけのもので、周りはそんなこと全く気づかず、ただひたすら仲が良い関係、婚約者を溺愛している僕と、僕に溺愛されている婚約者、という関係性だと認識しているのだ。
少し王城の者に聞いてみれば簡単に分かること。誰もが口を揃えて言うだろうことを、あの様子だとリロウを悪く思う者達は誰も確認していないようで。
もし王族の婚約者がその立場に相応しくない人間であるとするなら、それは一大事だし、ましてやその王族が自分達が仕える予定の者であれば自分自身の問題として降りかかってくるだろう。
そうであるなら、何か問題だと感じたら徹底的にそれについて確認をするべきなのだが、何故、簡単に行える程度の確認すらしていないのか? それともしていて尚、自分達が見たものが全てだとで思い込んでいるのだろうか?
どちらにしろ、もしこのままの状態で何も変わらないのであれば、問題がある。
周りの側近候補が能力や性格に問題がある人間ばかりなのかもしれないという可能性を思うと、かなりの頭痛を覚えずにはいられないのだが・・・、視線を少し動かすとすぐ傍に問題がある人間筆頭みたいな婚約者の姿があり、頭痛が更に強まるのを感じてしまう。
どうして僕の周りにはこう、問題がある人間が多いのか、もしかして対人関係の運がないのだろうか、或いは僕自身に何か問題があり、それで同じく問題がある人間ばかりを引き寄せてしまう事態が起きるのか等々。
色々と考えると本当に頭の痛みで意識が遠退きそうになる事態につい、溜息が零れて・・・、眉間に皺も寄っていただろうし、顔自体が感じていた痛みの所為で顰められていたのだろう。
ふいに、リロウから今までとは違う心配そうな声音が聞こえてきたのだ。
「ライ、どうかなさいましたの?」
「・・・え?」
「とても険しいお顔をされておりますわ。もしかして、どこかご加減が宜しくないのでは・・・?」
「あっ、いや・・・、その、そういうわけでもないんだけど・・・」
「嘘はいけませんわ。本当にお辛そうなお顔でしたわよ。まるで、耐え難い痛みに耐えるような、解き難い難問にぶつかっているかのようなお顔でしたわ」
「・・・」
「もしかして、また何か難しい問題でも起きましたの? お一人では難しい問題でしたら、ご相談してくださいませ。私でなくても構いません、陛下や王妃様でもきっとお聞きくださいますわ」
「えっと・・・」
「難しい問題をお一人で抱えてはいけませんわ。ライは責任感がありますから一人でどうにかしようとなさるのでしょうが、今はまだ、私達は未熟な子供なのです。他の方の力を借りても恥ずかしいことなんてありませんわ」
「そう・・・、だね。でも、その、取り立てて難しい問題が発生したとかではないから・・・」
・・・正確にいうなら、難しい問題は発生している。とりわけ、最も難しい問題は現在、すぐ目の前にいる状態なのだが、しかしこの問題だけは問題自体を誰も知られるわけにはいかないので、絶対に他に相談できない。
そして唯一、その問題の解決に向けて話ができるのが問題を抱えている当人なのだが、相手はもう何年も直接苦言を呈しどうにかその行動を改めさせようとしているにもかかわらず、完全解決までの道のりがいまだ遠い状態で、それになのに全くその事実に気づかず、今、真剣に僕の身を案じてくれている。
親切な苦痛って世の中に結構あるよね、少なくとも僕はこの九年間よく体験するんだけど・・・、等と、誰に対して訴えているのか自分でも不明なそれを内心だけで零していると、僕の沈黙をどう受け取ったのか、リロウの心配は更に続いて。
「難しい問題ではないのでしたら・・・、ライ、もしかして貴方、また頑張りすぎているのではないのですの?」
「え?」
「また根を詰めすぎているのでしょう? そうに違いありませんわ。ライは真面目で頑張り屋さんですもの」
「・・・その、もう学園に入るまでの年齢になったんだから、頑張り屋さんって表現はちょっとどうかと思うんだけど」
「あら? 年齢は関係ありませんわ。本当のことですもの。でも、頑張り屋さんは良いことではありますけど、頑張りすぎるのは良いことではありませんわ。お疲れが溜まりすぎては体を壊してしまいますもの。少し休まれた方が良いのでは・・・」
「・・・大丈夫だよ」
「ライ」
「いや、本当に大丈夫なんだ。僕にはほら、これがあるからね」
「まぁ! そこにありましたのね」
「持ち歩くとうっかりどこかで落としてしまったりするかもしれないし、それなら仕事をするここに置いておいた方がよいかなと思ってね」
「ライの仕事をここで手伝ってくれているのですね。それなら安心ですわ」
執務用の机の一番上の引出し、筆記用具や雑多な物を纏めて入れてあるそこの片隅に、その雑多な物に紛れないようにきちんと区切って置いてある小さな袋を取り上げて逆さに振ると、中からは僕達には思い出深い物が僕の掌に転がり落ちてくる。
それは小さな緑色の石。九年前のあの日、リロウが僕の為に買い求めた物。僕の疲れが軽減するようにと、そう願ってくれた証になる物。
石自体には何の力もないけれど、確かに僕を支えてくれる物。
掌に乗せた石を見て、リロウは嬉しげに微笑んだ。他愛無いその石に力を与えてくれたリロウは、石に力を与えた時と同じ笑みを浮かべて頷くと、指先で軽く石を撫で、「もっとライの疲れを吸い取るように、今、石に力を与えましたわ」と朗らかに言い放つ。
そうしてにっこり微笑んで、自信を持って告げるのだ。
「この力を増した石をお持ちになっていれば、効果は絶大ですわ」
「・・・そうだね。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
「これを持っていると、本当に疲れが吸い取られていく気がするよ・・・、あぁ、でも、この間、それを言っていたらカイにはちょっと馬鹿にされたけどね」
「カイ殿下に?」
「勝手に石に触ってね、『全然疲れなんて取れませんよ』なんて言い放ってたよ」
リロウとの会話の途中、気持ちが和んでいたのかふと思い出したのは、少し前の弟とのやり取りだ。
偶々、弟のカイが来た時に石を持っていた姿を見られて、それは何かと聞かれて答えたのだが・・・、勿論、この石が他愛のない、石自体に何の力もない物だなんて僕自身にも分かっていたのだから、説明する口調は冗談めいたものにはなっていた。
「これはね、リロウがくれた、疲れを吸い取ってくれる石なんだよ」と告げたそれは笑いを滲ませたものになっていたし、そのことにカイの方もはっきり気づいていたのだが、気づいた上で石を僕から取り上げて勝手に握り込み、肩を竦めて、全然効果なんてない、と言い放ったのだ。
なんというか、最近少々可愛げがなくなってきていると思う。生意気盛りというほどではないし、王子として相応の教育を受けているのだから、平民のように生意気な態度を振りかざして好き勝手にするわけではないのだけれど、昔、素直に僕を慕っていた頃の面影が薄れている気がするのは確かだった。
そんな弟の、兄としては少々寂しい変化を思っていると、リロウから朗らかな笑い声が聞こえてくる。視線を戻せば、キラキラとした輝きを宿した瞳を僕に向けたリロウは、先程浮かべたのと同じ自信を滲ませた笑みを浮かべたまま、やっぱり同じ自信を滲ませた声で断言するのだ。
「カイ殿下には効果が出なくて当然ですわ」
「・・・? そうなのかい?」
「それはそうですわよ。この石は私がライの為に買い求めて、ライの疲れを吸い取ってくれるように願いを込めた石ですもの。ライにしか効果は出ませんのよ」
「・・・なるほど」
「ライ?」
「いや・・・、えっと、でも、カイなら多少の効果が出ても可笑しく無い気がするのだけど」
「何故ですの?」
「そう、だね・・・、ほら、僕の弟だし」
「ご兄弟でも、ライはライ、カイ殿下はカイ殿下ではありませんの。別の人間なのですから、効果なんて出ませんわ」
「そう・・・。カイは・・・、べつに、どうでもいい・・・、のかな・・・?」
「そういうわけではありませんけど、でも、私が好きなのはライですわ。だから懸命にライの為に願いを込めて差し上げたのです。効果はライにしか出ませんわ」
「・・・」
・・・こういう発言をするから、本当に困るのだと思う。
思わず石を握りしめてしまったのは、何か、結構な台詞が口から迸りそうになっていたからだ。たぶん、婚約者相手なら迸ってしまっても問題にはならない台詞だと思うのだが、迸ってしまった後の僕自身のメンタルへの影響力を考えると、とにかく口を閉ざして余計な台詞を吐かないように我慢するしかない。
僕には一応、婚約者相手でも羞恥心があるので、リロウのように言いたい放題はできないのだ。
そんな自分の羞恥心等の感情によって迸りそうだった台詞を耐えている僕になんて気づきもしないリロウは、その後、意外なことを言い出した。・・・いや、意外だったのは最初の方だけで、結局はいつも通りの内容だったのかもしれないが。
「それに、そもそも私の願いで効果が出ても、カイ殿下だって困ると思いますわ」
「・・・? それは、どうしてだい?」
「だって私、カイ殿下とはあまり気が合いそうにありませんの。気が合いそうに無い人間の願いなんて、カイ殿下の方でもお断りでしょ?」
「そう、かもしれないけど・・・、リロウ、カイとそんな付き合いはないよね? それなのにそんなに気が合わないと思うようなことがあったの?」
「確かにそんなにカイ殿下とお話などをする機会はありませんが、それでもお目にかかる機会はあるでしょう?」
「まぁ、王城に来ていれば自然とそうなるだろうね」
「そうなのです。ですから、すぐに分かりましたわ。カイ殿下とは少々気が合わないかもしれない、と」
「会っただけで分かったってこと?」
「えぇ」
「それは・・・、勘ってこと?」
「そんな漠然としたものではありませんわ。もっと確実なこと・・・、カイ殿下の視線が物語っていたのです」
「なにをだい?」
「カイ殿下は・・・、私のこのボディにご興味がないのですわっ! この素晴らしい膨らみ、括れ、膨らみのトリプルアタックに何の興味もないのです! 関心が全くないのです! 視線が全く向きませんし、その瞳に熱がありませんのよっ! 信じられませんわ!」
「・・・いや、信じられないのはどちらかというとキミの方なんだけど」
先ほど耐えていた諸々が形を留めないほどの残骸になっていく様を、あまりにも悲しい気持ちで眺めるよりほかなかった。
こんな悲しい気持ちになるくらいなら、叫んでしまった方がよかったのかもしれないと思い、でも思った途端、自分には羞恥心があるのだとまるで自分に自分で言い聞かせるように内心だけで呟いて、思いついてしまったその発想を却下したが。
そんな自問自答を思わずせずにはいられないほど、つまりとりあえず数秒だけでもいいから現実から離脱せずにはいられないほど、リロウの発言は問題しかない問題発言で。
頭痛というには生易しく、そろそろ頭蓋骨が割れるのではないかと思える痛みを感じながらも、僕は必死に口を開いた。今、この場で弟と自分の名誉を守れるのは僕だけで、それならばどれだけ頭が痛かろうと黙ってその痛みに耐えている場合じゃない。どうにか、訴えなくてはいけないだろう。僕達の名誉を回復する為のそれを。
「・・・あのね、リロウ。弟が兄の婚約者の体に興味を示したら問題だし、今の言い方だと、僕が物凄く破廉恥な人間に聞こえてしまって、それもどうかと思うんだけど?」
「神の至宝に興味を示すことに何の問題がおありですの? 興味がないことに問題があることはあっても、興味を示して問われる罪なんてありませんわ!」
「いや、あの・・・」
「ですからカイ殿下の態度は多少、問題がありますけど、ライにはべつに問題なんてないでしょう?」
「いや、女性の体にあからさまに興味があるとされている男は、結構な破廉恥な人間として非難されても文句は言えないと思うけど」
「ライが私の体に興味を示したことに誰が文句を言うのです?」
「誰がって・・・」
「人として、神の至宝に興味を示すことは当然の行為ですわ」
「あのね・・・」
「それに、個人としても全く問題ないではありませんの」
「いや、あるよね?」
「どこにです? 私に何の不満もありませんのよ? 私に不満がないのに、一体誰がライに文句など言うのです」
「・・・」
「そんな不当で不届な発言をする者がいるのなら、私が二度とそのような発言ができないくらい抗議して差し上げますわ!」
・・・本当に、全体的にどうかと思う発言ばかりだったと思う。思う、というかそういう発言だった。それは間違いないと断言できる。少なくとも心の中だけは断言できるのだが、口には何も出せない。
何も、言えない。
胸を張り、自信満々に断言するリロウには一片の迷いもなく、邪念すらないように澄んだ瞳をしている。実際には邪念の塊みたいな、邪悪の根源みたいな発言しかしていないのに、裏表のない無垢な子供みたいな瞳をしているのだから、どうしようもないと思う。
ただ・・・、本当にどうしようもない人間は他の誰でもなく、僕自身なのだと分かっているけれど。
リロウのどうかと思う発言を、それでも嬉しく感じてしまう自分が一番どうしようもないのだから。
誓って言うが、僕は破廉恥な人間ではない。女性の体に婚約者だからといってあからさまに興味を示したりはしない。・・・勿論、男として全く興味がないなんて言う気はないけれど、正直に言えばこの数年、女性の体に関する問題に立ち向かってきた日々なので、同じ年頃の男よりそういった方面に関しては品行方正になっている状態だ。それが良いか悪いかは別にして。
だからべつに興味を持っても問題がないと断言されてそれで喜ぶことはないのだけれど、何と言うか、僕だけは特別というリロウの態度にやはり嬉しさを感じずにはいられないわけで。
たったこれだけで嬉しくなってしまい、発言の問題性を追及できなくなってしまう自分が本当に情けない。情けないのだが、それが分かっていても尚、どうしようもないことはある。今の、僕のように。
だからもう仕方なく、自分で自分を説得する。リロウをどうにかする術が見つからないのなら、自分で自分をどうにかするしかないからだ。
大丈夫、確かに色々問題はあるけど、リロウに関していえば今、危ないのはライオネル嬢のことだけなんだから、なんとかなるはず。
他の人間関係は、まぁ、多少女生徒との距離が近すぎるし濃厚すぎる場面もあるようだけど、人脈を作るという点では結果を出しているのだし、僕の周りのことは僕がどうにかすればいいんだから、どうにかなるはず、だから大丈夫、大丈夫、そう自分で自分を言い聞かせ、今日のところはリロウを言い聞かせることを諦めて彼女のどうかと思う話を聞き続け、それから時間が来て帰宅する彼女を見送って・・・。
彼女が乗った馬車がその姿を完全に消したのを見届けてから踵を返し、部屋に戻ろうとしたところで僕は突きつけられてしまう。
問題は、まだあるのだという辛い現実を。




