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純真に輝く邪な彼女に関する、解決し難い抗えない問題について  作者: 東東
【2章】彼女の影響を回避するには彼はあまりに無力すぎて
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 リロウはどちらかと言えばきつめの顔立ちなので、幼くても可愛らしいというよりは美しいと評される容姿だ。


 ・・・でも、それなのに向けてくる笑みが素直すぎる所為かなんだか愛らしくて、その笑みの内容が今は邪なものではないと思えば、可愛らしいという感情が湧き上がってきてしまう。

 婚約者を可愛らしいと思う、それ自体は良い傾向だと思うのだけれど、それでも抱いてしまった危機感はたぶん、『今のリロウ』に可愛らしさを感じてしまうのはどうかと糾弾してくる自分の一部分の声が聞こえていたからだ。


 確かにこの笑みには邪なものは含まれていないのかもしれないが、本質的にはまだ何も改善されていない『あのリロウ』なんだぞ、という声が。


 聞こえてくる声に、そうだ、その通りだ・・・、とまるで声援でも送るように応えながら、つい我が身を心配してしまうのは、もしかするとその後の自分の心の変化を予感していたからかもしれない。

 悪い予感だから、と言い切ることは難しく、良い予感なのだと断言することだけはできない、そんな予感が。

 そしてその予感が実現する始まりは、リロウの怪訝そうな表情と声からだった。


「どうかなさったのですか?」

「え? なにが・・・」

「いえ、難しいお顔をされてましたので」

「あぁ、うん・・・、べつになんでもないよ」

「そうですの? でも・・・、あら?」

「・・・?」

「ライ、こちら・・・、見てくださいませ、これ・・・」

「これって・・・、この石かい?」

「えぇ」


 つい、険しい表情になっていたらしく、案じる声をかけてきたリロウは、しかし何かに気を取られて僕をすぐ傍の店へ誘導する。二、三歩行った先にあったその店は雑貨店のようで、店先のガラスの内側には、今、人気なのだろう商品が説明文付きで飾られていた。

 リロウが示しているのはその商品の中で目立つ位置に置いてある小さな石で、その石を入れるのだろう小さな布製の袋の上に置いて飾られている。

 いくつもの色の石が同じように置かれているが、近くに書いてある説明文を見ると、その石には特別な力があり、持っているだけで何かの効力が出るらしい。どんな効力があるかは、石の色によって違うらしいのだが・・・、『特別な力がある』とだけの根拠のない説明文が書かれているあたり、それが効力のない、ただの石でしかないことは明白だった。

 たぶん、おまじない程度の他愛無い商品なのだろう。これで高額ならば悪質な詐欺かもしれないが、値段を見れば自分達貴族の価値基準に合わせなくても、ただの綺麗な色の石としては妥当な安価の商品のようだから、目くじらを立てるほどでもない。

 しかし微笑ましいとすら思えるそれらの石のうちの一つを指し示したリロウは、にっこりと満面の笑みを僕に向けてきたのだ。


「これですわ、この、緑色の石」

「あぁ、これか・・・、これがどうかしたの?」

「疲れを吸い取ってくれる、癒しの力があるそうですわよ」

「癒しね・・・、確かに、そういう効果が宣伝できそうな色だよね」

「えぇ、ですから、これにしましょう?」

「・・・? これにするって、なにが・・・?」

「これを購入するのですわ」

「これを? えっと・・・、なんで?」

「なんでって、疲れを吸い取ってくれるのですわよ? お疲れでいらっしゃるライにはぴったりではありませんの」

「・・・え?」

「これを持っていれば、ライの疲れが取れるのだから、是非、購入しなくてはいけませんわ」


 自信に満ちた声でそう断言するリロウの言葉に、色んな意味で驚いて声が詰まってしまう。頭の中が混乱していて、でも何をどう混乱しているのかが自分でもすぐには分からず、ただ声を失って何度も瞬きをするばかりだった。

 まるで、目の前の現実が信じられないでいるかのように。

 しかしリロウはそんな僕の動揺を全く気にしていないようで、僕の手を取って引っ張るようにして店内に入って行き、近づいて来た店員に物おじせず、あの石の購入を希望する。

 勿論、その希望は簡単に叶えられ、小さな薄い緑の袋とセットであの緑の石は用意され、まだ呆然としながらもとにかく料金を払わなくてはと半ば条件反射のような反応で財布を取り出した僕が払った料金と引き換えに、用意された一式はリロウに手渡された。

 受け取った際のリロウの何の屈託もない笑みは、本当に朗らかで明るい素直さに彩られていて、その眩しさがまた僕に混乱をもたらしてしまい・・・、結局、僕が落ち着いて自分の混乱や動揺の理由を整理し、それをリロウに向けることができるようになったのは、店を出て再び街歩きを再開してからだ。

 手の中に、リロウから渡されてしっかり握らされていた、小袋に入った緑の石の感触を感じながら。


「・・・今更だし、べつに咎めているわけでもないんだけど・・・、これ、紛い物だよ?」

「・・・? 何がですの?」

「いや、さっき買ったこの石だよ。本当は何の力もない、ただの色付きの石でしかないと思うけど・・・」


 呟くようにそう漏らした声は、動揺のあまりか酷く小さい。まだ完全に去っていないその動揺は、リロウが僕の為に何かを買い求めようとしてくれたことと、あの笑みによって生まれていた。僕を酷く動揺させる、あの素直すぎる笑み。

 だから他愛無い商品に対してつまらないケチをつけたいわけではなかったし、僕の為に買い求めようとしてくれたリロウの気持ちは素直に嬉しいので、つまらない商品を渡されたとか、そういう最低なことを言いたいわけじゃない。

 そういうわけじゃないのに、口から出た台詞はそういう最低の発言だと受け止められても致し方ないそれだったので、その呟きのような言葉を発した後、僕の動揺はいっそう酷くなってしまう。

 弁明しようと慌てて言葉を探すけれど、動揺している時にすぐに言葉が出るわけもなく・・・、しかしそんな僕の動揺なんて全く気づいていないらしいリロウは、真っ直ぐに僕を見つめ、あの、僕を動揺させてしまう笑みを浮かべて何の陰りもない声で答えるのだ。


「あそこに並んでいる間はあまり力がなかったかもしれませんけど、今の石にはとっても力があると思いますわ」

「それは・・・?」

「だって、私がライに元気になっていただきたいと願って買い求めたのですもの。その気持ちを込めた石なのですから、きっと素晴らしい効果が発揮されると思いますわっ」


 どこまでも自信満々な言葉だった。憂いひとつなく、力強く素直な言葉だった。あまりに力強い自信に満ち溢れていた所為で、僕が言葉を失うしかなくなるほどに。

 他愛無い、子供騙しの商品に子供であるリロウが引っかかって買い求めたのではなく、それが子供騙しの商品だと承知の上で、願いを込める為に買い求める。願っていると分かるような形にして、その願いそのものを贈る。そのことによって、贈られた人間が自分が誰かに思われているのが分かるようにと、その気持ちが贈られることによって、励ましになるようにと。

 そんなリロウの気持ちが胸に詰まって、数秒、声を失ってしまっていた僕が慌てて取り戻した声で発した言葉は、自分の動揺を知られまいとする、気恥ずかしさを誤魔化す為だけの、その場を取り繕いたい一心で発したものだった。


「・・・お、ぼえてたんだね」

「何がですの?」

「最初は、僕の息抜きにって話だったこと」

「・・・? 最初に、というか、ライの息抜きで来ているのですもの。忘れるわけありませんわ」

「そう、かもしれないけど・・・、でも、ほら、母上へプレゼントを買うって言ってたから・・・、母上のことしか頭にないのかと思っていたよ」

「まぁっ! ライ、何を仰っているのです? おう・・・、えっと、ライのお母様のことは常に頭に入っているのですもの、それが普通のことなのですから、そんな当たり前のことを理由に他のことを忘れたりなんてしませんわ」

「なるほど・・・、そう、なんだ。それで、僕のことも一応、頭に残しておいてくれたんだね・・・」


 きっぱりとした、世界の真理を語るようなその口調と主張はいつものリロウらしく、その主張を聞く度に脱力して疲れを感じていたのに、今はなんだか笑い出したいような気分になる。

 ちょっとどうかと思うような真理ではあるけれど、それでも常に主張しているリロウの真理の新たな面を見たような気がして、そしてその真理が思わぬ影響を齎してきた気がして、何か、自分でもどんな言葉を発したいのか分からないけど、とにかく何かを叫び出したいような気がしてしまって。

 でも、叫ぶべき言葉を見つけるより先に、リロウは僕が漏らした言葉に不満そうに訴えてくる。


「当たり前ではありませんの。ライは私の大事な婚約者ではありませんか」と。


 反射的に辺りを伺ってしまったのは、リロウの言葉が周りに聞こえていないかを案じたからではなく、その言葉に対する僕の反応を周りに見られていないかを心配したからだった。

 動揺している姿を見られていないか、熱が集まりかけている顔を見られていないか・・・、その顔にどんな表情が浮かびかけているのかは自分でも分かっていないのに、とにかくそれに気づかれてしまうのは気恥ずかしくて。

 幸い、周りを行く人々も護衛達も気づいていないようだった。いや、もしかすると護衛達は気づいていて知らない振りをしてくれているだけなのかもしれないが、それならそれで、僕の方でも気づかれていないと思い込んでいる振りをするだけなので、その真偽を確かめる気はないのだが。

 とにかく、顔に集まりそうな熱を散らしたかった。というか、顔に熱が集まりかけているという事実から目を逸らしたかった。だからこそ、僕は咄嗟に訳の分からない反論をしてしまう。


「僕、女性じゃないけど」と。


 僕のその反論に、リロウは心の底から不思議そうな表情を浮かべる。

 それはそうだろう。僕だって、自分で自分の発言に、オマエは一体何を言っているんだ、と言いたいくらいだった。謎な発言は僕ではなく、リロウの得意技のはずなのに、と思いながら内心、焦っている間に、リロウは小首を傾げて当然の疑問を向けてくる。


「・・・? 存じ上げてますけれど?」

「まぁ、そうだろうけど・・・、えっと、でも、僕が女性じゃなくても僕とも親しくしてくれるのかな、って」

「ライが女性ではないことと、ライと親しくすることに関係なんてありますの? 私はライとこれからもどんどん親しくなって、仲睦まじい間柄でいたいですわ」


 きっぱりと言い切られたその言葉にも向けてくる眼差しにも、偽りはなかった。何の含みもないし、ただ言葉通り真っ直ぐな気持ちだけがそこにあるのが分かる。

 顔に、熱が集まる。集まって、慌てて開いた口から出るのは「そう・・・、なの?」という、酷く情けなく自信がなさそうな声になってしまう。

 でも仕方がないだろう。だって、今までの言動が言動だったのだ。あんな数々のとんでも発言を聞かされていたのに、急に僕自身への思いを告げられても、気持ちの整理がつかない。

 これが他の令嬢なら、僕と親しくなりたいなんて当たり前のようによくあることなので、大して思うこともないけれど・・・、とにかく、ひたすら動揺が激しく、もう顔に集まる熱はどうしたって散らせそうになくて。

 絶対に顔に集まっていた熱。でも、リロウはそんなもの見えていないかのように僕の瞳だけをしっかり見据えて、再び口を開くのだ。


「当たり前ではありませんの。ライはいつだって私の話を真剣に聞いてくださいますし、趣味も同じではありませんか。私、自分の婚約者がそういう方であることを、本当に嬉しく思っておりますのよ」

「そ、そう・・・、え? でも、趣味って・・・?」

「おお・・・、いえ、ライのお母様を愛でるという趣味ですわ」

「それ、違うけどっ?!」

「だから私、ライが大好きですわっ!」


 物凄い反論が必要な勘違いが、力一杯含まれていた。それはもう、何かの刻印のようにその空間に刻まれていたのだが・・・、反論は、できなかった。

 何故ならこれまでで一番の、あまりにも明け透けな明るさの笑顔がそこにあり、その笑顔と同じように明け透けな、貴族社会ではあまり出会わないような何の計算もない好意がそこにあったので、出るはずだった反論は喉の奥に転がり落ちてしまい。

 奈落の底に落ちるようにその反論が喉の奥に消え去ってしまったのを感じ取った瞬間、僕は絶望的なまでの確信を抱かずにはいられなかった。

 目を離すことができないその笑顔を見つめながら、絶望的なまでの確信なのに決して絶望ではありえない、その確信。



 ──きっと、もう取り返しがつかない。



 これから先、自分が辿る苦難の道の入り口に、今まさに立っている。

 それを確信してしまったからこそ、僕はその時、結構な眩暈を感じてしまったのだった。




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