ally
「ふぅ」
昼休み、会社のバルコニー、快晴、僕ひとり。
悪くない、この時間。
向かいのビルに入っている会社も同じように今日という日を送っているのを眺めながら、僕はぼんやりと昨日のことを思い出していた。
「本当にすみませんでした」
「もういい」
久しぶりに大きなミスをやらかして、取引先に大きな迷惑をかけたあとのこと。
先輩が一緒になって謝ってくれて、手配をし直してくれて、なんとか乗り切れた案件。
懇意にしてもらっている取引先でなければ、打ち切りになった可能性だってあったほど大きなミスだった。
もちろん上司にも散々怒られて、生まれて初めて始末書も書いた。
「もう俺、辞めた方がいいレベルっすね」
冗談めかして笑ってみせたけれど、さすがに落ち込んではいて。
「は?お前なんかを拾う転職先、あるわけねぇわ」
「……おっしゃる通りで」
「……」
バシ、と僕の背中を叩きながら席を立つ先輩。
残された言葉が、刺さって残った。
そんなやりとりがあってから帰宅したのは、ご飯を作って待ってるね、と連絡をくれた彼女の家。
正直、今の心身には彼女の優しさはとても染みた。盛大にご好意に甘えて、ご飯をごちそうになってその日の一連を話して――あとはゆっくり、一緒に風呂でも入ろうかというのが僕の計画だったのだが。
今日の話、のところで僕の計画は狂った。
そっかそっか、と静かに聞いていた彼女は、先輩の話に差し掛かるとどんどん険しい顔になった。
「何それ」
急に声色が変わって、向き直ってまっすぐ僕を見つめる。その目が少しずつ潤んでいくのがわかった。
「私……そのひと、先輩、嫌い」
「え?」
「お前なんか、なんて……そんな……ひどい」
彼女は泣きながら怒っていた。
「そんなこと、ない、もん、今回は、ミスしちゃっ、た、かもしれないけど、きっと、転職先だって、ひ、引く手あまた、だも、ん」
驚く僕をよそに、恥ずかしげもなくぼろぼろと大きな涙を零しながら。
「ちょ、ちょっと……別にほら、冗談だからさ」
「そんなのどうだっていいよ!」
叫ぶ彼女に圧倒された。彼女がこんなに大きな声を出すのを見るのは初めてかもしれなかった。
「冗談だろうが、なんだろうが、許せない」
瞬きもせず、真っ直ぐに僕を見てハッキリと言葉を続けていく。
「私、知ってる、もん」
ぐしゃぐしゃになった顔を拭こうともせずに。
「いつも頑張ってるの、知って、る」
いつの間にかしゃくり上げるほどになって、声も途切れ途切れなのに、それでも。
「だからそんなふう、に、言われる、の、は、絶対に嫌」
最後の方はもう、声も、唇も、握った拳すら震えていた。
「絶対」
多分その時の僕は、ぽかんとした間抜けな顔をしていたのではないかと思う。
いつも穏やかな彼女がこんなにも感情を露わにすることにも、それが僕のことであることにも、とても驚いていたから。
「えっと、うん、わかったから……落ち着いて」
彼女の手を引いて隣に座らせる。
僕は大丈夫だから、ありがとう、そんなに泣かないで……そう宥めてみるものの、いよいよ感情が決壊したらしい彼女は、子供みたいにわぁわぁ泣いて、開けたばかりのティッシュを1/3くらい使った頃にやっと泣き止んだ。
「……ふっ」
ダメだ。彼女のぐしゃぐしゃな顔を思い出すと声を出して笑いそうになる。笑ったなんて言ったら、きっとまた彼女は怒るのだろうけれど。
先輩は、頼りになる。
言葉がキツい時はあるけれど、今回だって“だから辞めるな。次、頑張れ。うちの会社で、しっかり挽回しろ”という意味をちゃんと込めていてくれた。
それは長年の付き合いだから、態度や声色ではっきりと分かる。
そんなふうに励ましてくれる人が周りにいて、誰よりも、僕自身よりも僕のために怒って泣いてくれる人がいて。
他に望むものなんか、あるだろうか。
「…………んー、午後も頑張ろ!」
ひとつ大きく伸びをして、バルコニーを後にする。
今日はあれを、いや、あっちの仕事も終わらせよう。でもちゃんと定時には上がって、いつも彼女がご褒美の時にだけ食べるあのアイスを買って帰ろう。
彼女の驚く顔を想像して、またひとつ、笑みがこぼれた。
そんなふうに、いつだって味方でいてくれる人がいたっていいと思うし、誰かのために本気で泣いたり怒ったりできる人は素敵だと思う。




