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シスコン

 自分で小説を書いてみる。


 そんな風に決意し昨日琴葉の協力を取り付けた所まではいいものの、僕が雪音にこの事実を知らせるのは文月さんより面白い作品を書き上げるという最終目標を達成してからだ。


 もしも目標達成前に小説を書いていることがバレた場合、雪音には中途半端な作品を見られてしまうし、それでは創作において僕が文月さんより頼りになるという印象を与えることができない。


 なので、小説を書くための作業は家の外。

 より具体的に言うなら僕と雪音が一度も訪れたことのない、家からは少し距離のある喫茶店で行うことにしたのだけれど。


「……何か、これじゃないような?」


 ノートパソコンの画面に表示された文章を見て、ため息交じりに正直な感想を口にする。


 実際に書いてみなければ何も始まらないということで、お調子者の男子高校生を主人公にした短編コメディを書いてみたのだけれど。


 何と言うか、どうにも違和感が拭えない。


 世に数多ある物語の中で繰り広げるられる軽妙なやり取りと比較すると、目の前にあるそれはわざとらしいというか、台本をそのまま読み上げているような感じがするというか、とにかく不自然だ。


 いや、もちろん僕だって最初から書店に並ぶ本と遜色ない高クオリティの作品を書き上げることができるなんて己惚れていたわけじゃない。


 大して才能もない人間が初めて書いたものなんて、どうせ妄想ノートと大差ない出来栄えにしかならないだろうと覚悟はしていた。


 ただ、当初の予定では出来上がった作品のどこが悪いのかを冷静に分析し次に繋げるつもりだったのだけれど。


 実際に書いてみると、そもそもどこが悪くて違和感満載の駄作になってしまったのか自分でもよくわからない。


 いくらお調子者設定だといっても、今時女風呂を覗こうとするような主人公は流石に時代錯誤だった?

 それとも、最後のシーンを爆発オチにするために登場させた爆弾が現代日本という舞台設定と乖離していた?


 いろいろ理由を考えてはみても、そのどれもが間違ってはいないにせよ核心をついているようにも思えない。


 昨日、琴葉には僕の書いた作品にアドバイスをくれるよう頼んであるし、ある程度人に見せられるものが出来上がったら彼女からアドバイスをもらう予定だったけれど。


 正直、これはそれ以前の問題な気がする。


 削除してしまうのはもったいないので一応保存だけはしておくが、これは今後誰にも見せず永遠に封印しておくとしよう。


 僕が最初の作品を電子の海の奥深くに沈めることを決意しパソコンの画面を閉じたところで、ちょうど店の扉を開く音が聞こえてきた。


「藍川先輩? 奇遇ですね、こんな所でお会いするなんて」


 扉を開き店の中に入ってきたのは薄い桃色のブラウスと白のロングスカートに身を包んだ少女で、彼女は俺の顔を見つけると足取り軽くこちらへ近寄ってきた。


 ……正直、こんな所で顔を合わせるとは思っていなかったのだけれど。


 彼女は我らが文芸部に入部してきた奇特な一年生、文月灯だ。


「うん、本当に、奇遇だね。文月さん」

「あの、ご一緒してもよろしいですか?」

「もちろん」


 正直に言えば、あまりご一緒したくはないのだけれど。


 せっかく声をかけてきてくれた後輩を無下にするというのも、部活の先輩としてあまりに狭量だ。


 仕方がないので、できる限り愛想いい顔になるよう心掛けながら彼女の申し出を快諾する。

 

「僕はここ初めてなんだけど、文月さんはよく来るの?」


 対面の席に座った文月さんへ当たり障りのない話題を切り出すと、彼女は少しだけ相好を緩めながら小さく頷いた。


「はい。ここのアイスコーヒー、結構気に入ってるので」

「そっか。じゃあ、僕も頼んでみようかな」


 ちょうど最初に頼んだココアを飲み終えたところだったので、文月さんと共に店員の女性へアイスコーヒーを注文する。


 それにしても、まさかここが文月さんの行きつけの店だったなんて流石に少し驚いた。


 文月さんの活動範囲を僕が知るわけはないので、どう頭を捻ったところで防ぐことなどできはしなかったのだろうけど。


 よりにもよって、文月さんに勝つと決めて創作に取り掛かろうとした矢先に当の本人と出会ってしまうとは偶然というのは恐ろしい。


「もしかして、部誌の原稿を書かれてたんですか?」

「え、ああ、うん。まあ、そんなところ」


 本当は違うのだけれど。


 他にテーブルの上に置かれたノートパソコンについて上手くごまかす言い訳を思いつかなかったので、ひとまず文月さんの問いかけには頷いておく。

 

「……」


 注文したアイスコーヒーが運ばれてくるのを待つ間、当然ながら僕と文月さんは二人きりになるのだけど。


 端的に言って、気まずい。


 そもそも、普段の部活の時点で僕と文月さんが直接話すというのはあまりないし、こうやって休日に顔を合わせた彼女にどんな話題を振ればいいのかなんて皆目見当もつかない。


「一つ、藍川先輩にお聞きしたいことがあるのですが」

「何? 遠慮せず、何でも聞いて」


 沈黙を破り口を開いた文月さんにこれ幸いと頷きを返すと、彼女は一瞬だけ何かを躊躇するように口元をもごもごと動かしてから、力強い表情を浮かべ俺の方に身を乗り出してきた。


「私は、これから同じ部活で活動していく上でお互いに変なしこりを残したくはないと考えています。なので、率直な意見を聞かせて欲しいのですが。私は何か、藍川先輩に嫌われるようなことをしたんでしょうか?」

「……っ」


 文月さんの口から飛び出してきた質問が予想外で、思わず息を呑む。


「どうして、そんな風に思ったの?」

「雪音先輩と話していると藍川先輩はよく私のことを睨んでいますし、今も私が店に入ってきたのに気づいたとき一瞬だけ顔を顰めていましたから。私の勘違いでしたら謝りますが、先輩は私に何か含むところがあるのではないかと思った次第です」


 僕としては表立って文月さんに悪感情を示したことなんて一度もないつもりなんだけど、そんなに僕の態度はあからさまだったろうか?

 或いは、僕がどうこうというより、文月さんが異様に鋭い?


 いや、この場合はその両方だろうか。


 いずれにせよ、ここまではっきり言われてしまっては上辺だけの言葉でこの場をごまかすことはできそうにない。


「別に、文月さんが嫌いってわけじゃないよ。ただ、僕は雪音と……後は琴葉と千咲さん以外の人間が好きじゃないってだけ」


 赤裸々にぶちまけ本音が予想外だったのか、暫し文月さんは僕の方にぽかんとした表情を向けたまま目を瞬かせた。


「それはつまり、自分たちのコミュニティに新しい人間が入ってくることそのものが許容できないということでしょうか?」

「まさか。そこまで極端なことは言わないよ。僕は最低限、雪音と一緒にいられれば満足だから。文月さんのことを睨んじゃってたとすれば、それは僕を差し置いて雪音の隣にいたからであって部に入ることそのものは本心から歓迎してる」


 この際、下手に隠し事をしても意味はないと感じた僕が引き続き正直な気持ちを伝えると、文月さんは頭痛を堪えるかのように額に手を当てた。


「……何と言うか、私は藍川先輩のことを誤解していたみたいです」


 大方、ここまで器の小さな人間だとは思わなかったとか、そんなところだろう。


 部活の後輩からそんな風に思われるのは些か残念だが、事実なのだからこればかりは仕方がない。


「先輩って、これ以上ないくらいのシスコンなんですね」


 僕の予想に反して、文月さんが口にしたのは軽蔑や落胆の言葉ではなく既にいろんな人から言われ慣れているただの褒め言葉だった。


「もちろん、雪音のことは世界で一番好きだけど。えっと、ありがとう?」

「……本当に、先輩のことはもう少しまともな人だと思ってました」


 文月さんは疲れきった表情を浮かべ、運ばれてきたアイスコーヒーへ緩慢な動作で手を伸ばした。

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