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嫌なやつ

 僕は自分が思っていたよりも狭量なやつらしい。


 そのことに気づいてから部活を終えるまでの間、僕は終始上の空で雪音たちの会話や読んでいた本の内容もほとんど頭に入ってこなかった。


 頭の中に浮かんでくるのは、雪音と文月さんが仲良くなるのはいいことだし僕が文句を言う筋合いじゃないという正論と、良かろうが悪かろうが嫌なものは嫌だというわがままばかりだ。


「氷織、悪いんだけど今日の夕食は任せてもいい?」


 下校途中に背後からかけられた声にはっとして不毛な思考を中断し、雪音の方へ振り返る。


 両親は基本的に食事は外で済ませる人たちで、小学校を卒業するまでは家に来ていた家政婦さんが僕らの食事を作ってくれていたのだけど。

 小さい頃と違ってある程度家事ができるようになってからは、毎日の食事は僕と雪音が交代で作っている。


 一応、今日は雪音が当番の日だったのだけど、雪音が代わって欲しいと言うのなら別にそれは構わない。

 ただ、僕の知る限りだと今日の放課後に何か用事があるなんてことはなかったはずだし、雪音がどうしてこんなことを言い出したのかは少し気にかかる。


「別にいいけど、どうして?」


 僕が尋ねると、雪音は途中まで帰り道が一緒らしく共に歩いていた文月さんの方へちらと視線を向けた。


「今日は資料を探すために少し図書館へ寄っていきたいの。もちろん、明日の当番は私が代わるからお願いね」


 資料というのは、文月さんの作品作りに使う書籍のことなのだろうけど。


 文月さん一人ではなく、わざわざ雪音が一緒になってそれを探す必要があるのだろうか。


「雪音先輩、さっきは手伝いをお願いしちゃいましたけど、ご飯の準備があるんでしたら無理して付き合わなくても――」


 その通りだ。

 文月さん、もっと言ってやれ。


 そんな僕の秘めたる思いが通じることはなく、雪音は片手で遠慮しようとする文月さんを押し留めた。


「気にしないで。こうやって当番を代わるのはよくあることだから。それよりも、図書館の閉館時間まであまり時間がないわ。資料を探すなら、二人で手分けして手早く済ませるべきでしょう?」


 文月さんにはぜひともここから怒涛の反撃を見せて欲しかったのだけど、どうやら彼女は説得されてしまったようで、これ以上は雪音に遠慮しようとはしなかった。



 ◇



 リビングの机の上に二人分の食事を並べ終えてからテレビの横にあるデジタル時計を確認すると、画面に表示されている時刻は七時十五分を示している。


 図書館の閉館時間は七時だったはずだから、そろそろ帰ってくるとは思うけれど。


 今のところ、家にいるのは僕一人だけでここに雪音の姿はない。


 別に、今までだって雪音の帰りが用事で遅れることなんて何度もあったけれど。


 今日の雪音は外せない用事というわけでもないのに僕だけを先に帰らせて文月さんと共にいることを優先したのだと思うと、正直いい気はしない。


「ハァ……嫌なやつだな」


 自分の器の小ささに思わずため息が零れるけれど、胸の内に掬った感情はなくらない。


 僕が一人モヤモヤしていると、家の中に玄関の扉を開く音が響いた。


 急いで玄関まで向かえば、そこには予想通り雪音の姿がある。


「おかえり」


 僕が出迎えの言葉を口にすると、雪音は穏やかな笑みを浮かべてからゆっくりと口を開いた。


「ただいま」


 少しだけ、気が晴れた。


 やっぱり、僕はこうして雪音と二人でいるのが一番落ち着く。

 


 ◇



 僕が食後に入った風呂から上がり浴室が空いたことを知らせるため雪音の部屋を訪れると、雪音はまるで文月さんの如く自分のノートパソコンの前で一心不乱にキーボードを叩き続けていた。


「雪音、何してるの?」


 僕が声をかけても雪音に反応はなく、顔はパソコンの画面を見たまま動かない。


 目の前の作業に余程集中しているのか、雪音には僕の声が聞こえなかったようだ。


「雪音」


 僕が肩を叩いてから名前を呼ぶと、それでようやく気づいたらしく雪音は微かに体を震わせてから椅子を回転させこちらへ向き直った。


「氷織? もしかして、もうお風呂?」

「うん。それより、何してるの? 随分集中してるみたいだったけど」


 僕が尋ねると、雪音は椅子をずらして横にどき手でパソコンの画面を示した。


 促されるがまま画面を見てみると、そこには幾つかの人名と共に主人公だのヒロインだのといった役柄や年齢、簡潔な性格などが記されていた。


 見たところ、何かの物語の設定みたいだけど。

 ここに書いてあるキャラクターの名前に見覚えはない。


 僕は今まで雪音が書いた作品には一通り目を通しているので、たぶんこれは新作の設定なのだろうけど。


 雪音は今日の部活で来月分の原稿を書き上げたばかりだったはずだ。


 雪音が連載していた作品は大詰めを迎えていたので、恐らくは来月分で完結するのだろうし新作を用意する必要があるのはわかるけれど。


 いつもなら、雪音は原稿を書き終わったその日に次回作の構想に取り掛かったりはしない。

 


「これ、次回作のプロット?」

「ええ。と言っても、まだ書き始めたばかりだから大して内容はないけれど」


 確かに、今はまだキャラクターの基本設定を固めている際中で詳細までは詰めれていないようだけど。


 家に帰ってきてからの短い時間でもうこんなものを書いているというだけでも、明らかに今までの雪音とは違う。


「……今日は、随分やる気だね」

「そう? でも、そうね。文月さんと次はどんな作品を作ろうか少し話したのだけど、彼女ファンタジーはどうかなんて言うのよ。今までそういった作品は書いたことがないし、私にできるかはわからないけれど。いろいろアイデアを出し合ったから、忘れないうちに最低限は形にしておきたいの」


 次回作の展望について語る雪音は楽しそうで、自信なさげな言葉とは裏腹に随分と乗り気に見える。


「そっか。頑張ってね」


 文月さんの影響というのは気に入らないけれど、だからといって楽しそうな雪音に水を差すこともできなくて。

 結局、僕は月並みな応援の言葉を口にしてから雪音の部屋を後にした。

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