四度目の人生②
アウレリアは四回目の人生こそラウルとの婚約を回避して、自分の生きたいように生きると決めた。
兄・ラインハルトはそんな妹の気持ちを尊重して、半月後に彼と同じ年頃の貴族の子女が集まるパーティーにアウレリアを連れて行ってくれることになった。
「今回集まるのは、まだ婚約者のいない十代前半の貴公子と令嬢たちだ。……まあ、僕は興味がないけれど、これなら僕もリアも参加できるからね」
そう言ってくれる兄は、本当に頼もしくて素敵だ。
幼少期からアウレリアの遊び相手になってくれて、相談に乗ったり一緒に出かけたりしてくれたラインハルトは、アウレリアの自慢の兄だ。
(お義姉様がお兄様に恋をする気持ちも分かるわ……)
だが今回はそんな兄を、自分の我が儘でパーティーに行かせることになった。もちろんアウレリアは自分の婚約者を探すという目的があるが、兄が変な女性に粉を掛けられないように見張ろうと決めた。
そうして、半月後のパーティーにて。
「リアはこういう場所に来るのも初めてだよね。この中ではリアは幼い方に入るから、僕やナターリエのそばから離れないようにしてね」
「はい、お兄様」
今日のために両親が準備してくれた可愛らしい黄色のドレスを着たアウレリアは、ラインハルトの言葉にしっかり頷いてみせた。
会場は、王国内でも権力のある公爵家の庭。
この公爵家子息がアウレリアと同い年の十歳で、息子の婚約者を探すというのが一番の目的で、ついでにその他貴族子女の交流の場を持たせようというのが公爵の狙いらしい。
今回、アウレリアとラインハルトは両親の同伴なしだが、代わりに兵士やナターリエを連れてきている。
もし兄と別行動を取ることになってもアウレリアの隣にはナターリエがいつもいてくれるので、何かあっても彼女に頼ればいいだろう。
(二回目の人生のときはいろいろな人と交流したけれど……そういう方とも、なるべく早く接点を持つようにした方がいいわよね)
とはいえ今のアウレリアはいきなり社交的になるわけにも行かないので、まずは兄やナターリエの陰に隠れながら挨拶回りをして、おいしいお菓子やジュースなども堪能しよう、と思ったのだが――
「あっ、リア。あそこにいらっしゃるのがゲルトナー伯爵家のラウル様だよ」
「……」
げっ、と言わなかっただけ十分自分は頑張った、とアウレリアは思った。
アウレリアに果実水を渡してくれた兄が示す先では、兄と同じ年頃の少年たちが集まって談笑していた。
ラインハルトは「あそこの、黒髪の方だよ」と教えてくれるが、わざわざ説明されずとも少年期ラウルの姿はこれまで何回も見てきた。
同世代の少年たちの中ではかなり顔立ちが整っているし、ツンと澄ました横顔はなるほど、一度目の人生のアウレリアが一目惚れするようなりりしさを持っている。
……が。
(……お金に困っていて、子爵家の財産目当てで婚約して用がなくなったら婚約解消する、っていうもくろみを知ってしまった今は、全然ときめかないわ……)
周りの令嬢たちは少年たちを見て、「どの方が素敵?」とささやきあっており、ラウルを狙っている様子の少女もいた。
(でもあそこにいる皆様、八年後には全員婚約者を持つのよね……)
アウレリアも急いではいる。だからといって、本来ならば別の婚約者を持つはずの少年を強奪する……というのは気が引けた。
(可能な限り、二度目の人生でお会いした時点で婚約者なしだった人がいいけれど……あまりいないわよね)
とにかくラウルからは離れたいので、アウレリアはラインハルトの背中にさっと隠れた。兄はそんな妹をちらっと見たが、それ以上は何も言わずに次の場所に連れて行ってくれた。
そうしているとやがてラインハルトは友人を見つけたようで、アウレリアの肩をそっと叩いた。
「リア、悪いけれどちょっと友だちと話をしてきていいかな」
「分かりました。私はナターリエと一緒にいます」
「うん。リアだって頑張りたいだろうから会場の参加者とお喋りはしていいけれど、ナターリエから離れず、彼女が何か言えば絶対に従うこと」
「はい」
ここでだだをこねても兄を困らせるだけなので素直に頷くと、ラインハルトは微笑みを向けてからナターリエに「リアを頼む」と言い、友人たちの方に向かっていった。
(ここまで我がままを言ってきたのだから、お兄様にもゆっくりできる時間を持ってもらわないとね)
「ナターリエ、おいしいお菓子が食べたいわ」
「かしこまりました。では、あちらに向かいましょうね」
幼少期から面倒を見てくれているナターリエには先日、四度目の人生やり直しによりいろいろ覚醒した瞬間を見られてしまっている。
だが彼女は「お嬢様が元気になられたのなら何よりです」と前向きに捉えてくれたようで、アウレリアが十歳にして自分で婚約者を探したいと言っても否定せず、そばでサポートしてくれている。
(予定ではナターリエは五年後に結婚退職するから、安心して退職してもらえるように頑張らないと!)
ガーデンパーティー形式なので、参加者は使用人に料理を取らせ、立食形式で味わうことになっている。
アウレリアは甘いケーキやパンなどをナターリエに取ってもらい、その皿を手に少し離れた場所に向かった。
(それにしても、どの方なら婚約者になってくださるかしら)
きらきら輝く小さな宝石のように美しい一口サイズのケーキを味わいながら、アウレリアは思う。
(やっぱり、八年後も婚約者なしが確定している方がいいわよね。でも、そういう人の大半はそれなりの事情持ちだったし……)
次男以下で結婚市場において不利なだけならともかく、賭博癖があるとか前科があるとか女癖が悪いとか、そういう人も余りがちだった。
うーん、と悩みながらもアウレリアは皿にのっていた料理を完食し、おかわりを求めるべくテーブルに向かった。
(……あ! さっきおいしかったケーキが、もう一個残っている!)
ベリーソースがたっぷり掛かった一口サイズのケーキは、持って帰って両親と一緒に食べたくなるくらいおいしかった。しかしそれは無理だからせめて、後でラインハルトと一緒に食べたい。
「ナターリエ、あのピンクの――」
「……えっ?」
ナターリエに頼もうと思った矢先、アウレリアの目の前を銀色のトングがよぎり、狙っていたケーキがひょいとつままれてしまった。
あれ、と思って見ると、トングを持っているのは少し年上の少年だった。
さらさらの金髪に澄んだ青色の目を持つ彼はぱりっとした子ども用正装姿で、どう見ても使用人ではなくて参加者本人だ。
まさか貴族の子息本人がケーキを取るとは思っていなくてアウレリアは固まったが、彼は自分が今トングで摘まんだケーキとアウレリアを見比べると、優しく微笑んだ。
「……失礼しました。お嬢さん、こちらのケーキがほしかったですか?」
「う……い、いえ、大丈夫です……」
「顔は『大丈夫』とおっしゃっていませんよ? ……さあ、どうぞ。まだ口を付けておりませんから」
そう言うと彼は、ピンク色のケーキをナターリエが持つ皿にのせてしまった。
ナターリエも驚いているが、少年は笑顔で首を横に振った。
「俺は、どうしてもこれを食べなければならないわけではありませんからね」
「……あ、ありがとうございます……。あの、私、ペルレ子爵家のアウレリアと申します」
ナターリエを少し下がらせ、アウレリアはお辞儀をした。これまでは兄の後ろで挨拶をしてきたので、アウレリアが一人で自己紹介をしたのはこれが本日初めてだ。
(この方が誰なのか、まだ分からない……)
ひとまず名前だけでも聞いておこうと思うと、少年は笑顔でお辞儀をした。
「アウレリア・ペルレ嬢ですね。お初にお目に掛かります。俺はシュナイダー侯爵の甥のユーリスと申します。以後お見知り置きを」
(ユーリス……シュナイダーですって!?)
内心驚きながらも、アウレリアは必死で笑顔を浮かべた。
「は、初めまして。よろしくお願いします、ユーリス様」
「ええ、よろしく。……あ、よかったらあっちで一緒に食べませんか?」
「……喜んで」
侯爵の甥――自分より身分の高い相手の誘いを断ることもできず、アウレリアは頷いて他の菓子を取るようナターリエに指示を出す。
……そうしながらも、アウレリアはかなり焦っていた。
(ユーリス・シュナイダーって……あの悪名高き、「女たらし騎士」じゃないの!)