四度目の人生①
「……リア様?」
(……何?)
「アウレリア様……」
誰かに名を呼ばれて、アウレリアは――
「……だぁーーーーっ!」
「あぎゃあぁぁぁ!?」
気合いの雄叫びと共に飛び起きたからか、今まさにカーテンを開けようとしたナターリエが絶叫を上げて転がったのが気配で分かった。
(この展開は……まさかの、四度目の人生?)
一度目は、自殺。
二度目は、他殺。
そして三度目は……事故死。
どれも、ラウルに愛されたいと思って努力した末に迎えた結末。
ならば、同じ時を四回繰り返すことになったアウレリアがするべきことは。
「……ナターリエ!」
「は、はい、何でしょうか……?」
「私……自分のやりたいように生きるわ!」
ベッドの上で拳を固め、それを天井に向かって突き上げる。
今回は最初から、ラウルを好きにならないし……そもそも婚約しない。
婚約しなければ、アウレリアは自分で自分の人生を選ぶことができるはず。
(そして今回こそは……あの十八歳の夜会の日の翌日を、迎えてみせる!)
誰かの呪いか知らないが、負けたりしない。
……アウレリアは決意を新たにしていたのだが。
お嬢様が朝っぱらから豹変するしナターリエも絶叫を上げるしで、二度目の人生ぶりにアウレリアの部屋に両親と兄が飛び込んできて、「どうしたのか!?」と病気を疑われる羽目になったのだった。
「可愛いリア。そろそろおまえの婚約について私たちも考えているのだよ」
「そうなのですね」
「ああ。そこで今候補にしているのが、ゲルトナー伯爵家のご子息であるラウル殿なのだが――」
「嫌です、お父様」
「えっ」
アウレリアが四度目の人生を始めた日の、夕方。
家族団らんのティータイムの席にて、アウレリアは満面の笑みで父親の提案を却下した。
(これまでの私は同じように聞かれて、「お父様のおっしゃるとおりに」みたいな返事をしたけれど……嫌なものは嫌だもの)
どうやらアウレリアは何回も人生を繰り返すうちに、元の性格とは大分かけ離れてしまったようだ。
これまではおとなしくて自己主張しなかった娘がこんなことを言い出したため、向かいの席でアウレリアの父親である子爵はわなわな震えていた。
怒りとかではなく、単に驚き戸惑うがゆえの震えである。
「ど、どうしたんだ、リア。そんなきっぱりと断るなんて……」
「だめですか?」
「だ、だめではないよ。娘が自主性を身につけたのなら、私は嬉しいとも、うん」
結局彼はアウレリアに甘いので、あっさり受け入れてくれた。
この父親ならば、たとえアウレリアが「筋肉を鍛えて王国最強の女戦士になりたい」と言い出しても、必死にお願いすれば首を縦に振りそうである。
父親は助けを求めるように、隣に座る妻――アウレリアの母親を見やった。子どもたちの教育に関しては性格的に、父親より母親の方が適任だったのだ。
母親は上品な仕草で紅茶を飲むと、笑顔で娘を見つめた。
「そんなにはっきりと言うけれど……リアは、一度もラウル様と会ったことがないでしょう?」
過去三回の人生では会ったどころか最後には横っ面に拳をお見舞いするくらいの仲になっていたのだが、母親の言うとおり十歳の現在のアウレリアは一度もラウルと会ったことがない。
(それで、一度目の人生の私は引っ込み思案なところに初対面のラウル様に優しくしてもらえて、すっかり熱を上げてしまったのよね……)
今考えれば、そのときからラウルは実家の経済さえ立ち直ったらアウレリアを捨てるつもりでいただろうし、世間知らずな年下の令嬢をころころと手の内で転がしていたのではないか。
思わずふっと達観した笑みを浮かべそうになったが慌てて引っ込め、十歳らしい無邪気な微笑みを浮かべる。
「ありません。でも私、将来の旦那様は自分で見つけたいのです」
「それじゃあお父様はどうだ!?」
「あなたは黙っていてください。……リアが前向きになってくれて、私たちとしても嬉しいわ。それにペルレ家は余裕があるから、あなたの結婚相手を厳選する必要もないわ」
確かに、もしペルレ子爵家がゲルトナー伯爵家のように財政が逼迫している場合、娘の嫁ぎ先はより慎重に選ばなければならないだろう。
だが、ペルレ家は少なくとも向こう八年は安泰だし、兄のラインハルトもしっかり者で七年後には素敵な令嬢と結婚するので将来も明るい。
妹のアウレリアの嫁ぎ先で候補を絞る必要はそれほどなく……できれば子爵家よりも少し格上の貴族と縁を持てたら、というくらいだ。
(一度目の私は、こういうことも全然分からなかったのよね……)
何の因果か四回も人生をやり直すことになったアウレリアだが、幸いにもこれまでの人生で得た経験はちゃんと引き継がれている。
一度目で得た、礼儀作法。
二度目で得た、社交界で生きるコツ。
三度目で得た、知識や幅広い見識。
これらを四度目の今回で、存分に発揮したいところだ。
……と期待を胸にするアウレリアだが、母親の表情はあまり優れない。
「でも、これまで他人が怖くていつもライの後ろに隠れていたリアが自分の力で婚約者を見つけられるものかしら……」
「え、ええと……頑張ります!」
(そ、そうよね。あまりにも飛ばしすぎたら、疑われてしまうわ)
自分が四度目の人生を歩んでいることは、誰にも言わないつもりだ。
実は一度だけ――二度目の人生で、兄にそれとなく言ってみたことがある。
だがあのときの彼の引きつった笑顔と、夜に兄が両親に「リアは呪われたのかもしれない」と相談したようで翌日にお祓い専門の教会に連れて行かれたことを思い出すと、わざわざ話を面倒な方向にやったり家族仲に亀裂が入ったりしかねないことは言わないことにした。
そういうことでアウレリアは、黙って茶を飲んでいる兄の袖をくいっと引っ張った。
「お兄様。私、未来の旦那様を探したいのです。でも、一人だったら怖いしよく分からないから……お兄様のお友だちを紹介してくれませんか?」
「もちろん、僕も協力するよ。僕も、リアには後悔しない結婚をしてほしいからね」
「ありがとう、お兄様!」
「ライが付いているのなら、まあきっといいわね」
しっかり者の息子がお目付役になるからか、母親も安心したように笑っている。
だが、まだ父親の方は踏ん切りが付かないようで、難しい顔でクッキーを咀嚼していた。
「しかし……リアの方ばかりに気を遣っていたら、ライの婚約者捜しも遅れてしまうだろう。ただでさえ、おまえはあれこれ理由を付けて逃げているというのに」
父親の言うことももっともだからか、ラインハルトは気まずそうに視線をそらしている。
……だが、アウレリアは知っている。
(お兄様は、ずっとお義姉様のことが好きなのよね。でもお義姉様はこの頃お体が弱くて、お義姉様のご実家が婚約について考えていなくて……)
未来の義姉が健康になるのが、来年のこと。それまでラインハルトは婚約者の話をかわし続け、十四歳にしてようやく恋人を連れて実家に挨拶に来るのだ。
もちろん、今のアウレリアは未来の義姉に会ったことがないし、兄の密かな恋人の存在も知らないことになっている。
(でも、お兄様のことなら大丈夫よね)
「私、お兄様のご負担にはならないようにします。それに、お兄様に好きな人ができれば今度は私がお兄様の恋を応援します!」
「リア……」
兄と義姉が結ばれるのはほぼ確定なので、これに関してアウレリアができるのは……むしろ、二人の未来を破壊しかねない行動を慎むことだ。
だが、特に三度目ではやりたい放題やったのにラインハルトは無事結婚できたので、これに関しては心配無用だろう。
アウレリアが味方すると分かったからか、ラインハルトもほっとした様子だし、アウレリアに弱い父親も渋々ながら了承してくれた。
(……よし! これで、ラウル様との婚約を回避するわよ!)