三度目の人生①
「……リア様?」
(……何?)
「アウレリア様……」
誰かに名を呼ばれて、アウレリアはぴくっと体を震わせた。
(……もしかして……いや、でも……)
この感覚には、覚えがある。
……そう、一度目の人生を終えて十歳の頃に巻き戻り、二度目の人生を始めることになった、あの瞬間と同じ――
「アウレリア様、もう朝ですよ」
優しい声がして、カーテンが開く。
アウレリアががばっと身を起こすと、まだカーテンを開けた直後の姿勢のままだったメイド――ナターリエが驚いた顔をした。
「あらまあ、今日はお目覚めすっきりですのね」
「……ナターリエ」
「はい、おはようございます、アウレリア様」
メイドは、にこやかに朝の挨拶を告げた。
かくしてアウレリアは、再び十歳の頃に戻った。
(戻った日は、前回と同じ。私はまた、同じ時間を繰り返している……?)
今回は二度目だからか奇声を上げたりしなかったので、家族が部屋に飛んでくることもなかった。
ナターリエがカーテンを開けたりモーニングティーの準備をしたりする傍ら、アウレリアはベッドに座って頭を抱えていた。
(二度目の人生の私は、不倫の別れ話のとばっちりを受けて刺されて……死んだ、はず。でもまた時間が巻き戻って、三度目の人生が始まっている……)
これはもはや、呪いだ。
アウレリアは誰かに、十八歳で死んで十歳に戻るというループを繰り返す呪いを掛けられているのだろうか。
(い、いえ、でも今度こそ生き延びてみせるわ!)
前回の自分は、あまりにも知識がなくて勉強をしてこなかったという欠点があった。
それはアウレリア自身も反省している点で、ラウルに好かれるとか嫌われるとかという以前に直さなければならない。
(前回のラウル様の言うとおりだわ。今回は……しっかり勉強して、知識を蓄えよう)
そうすればきっと、未来も変わるし……もし八年後にラウルとうまくいかなくても、得た知識は無駄にはならないはずだ。
……きっとそうなると、アウレリアは麻痺しつつある頭で考えていた。
三度目の人生を始めたアウレリアはラウルとの婚約成立後、十二歳になったら隣国に留学したいと両親に申し出た。
二度目の人生でラウルの隣にいたあの黒髪の男爵令嬢は、ずっと留学していたため王国の社交界には出てこず、そのせいで社交性を広げていたアウレリアも彼女との面識がなかった。
だが、知識は力になる。
あの男爵令嬢と同じ国に行くのは少し癪なので、別の国に留学したいと提案したアウレリアに、最初両親はかなり反対してきた。
愛娘を他国に行かせるのは不安だから、というのもあるだろうし――一番の理由は、「今のアウレリアの学力で留学は無理」というものだった。
それもそうだ、と一旦引き下がったアウレリアは兄を味方に付け、留学できるだけの学力を身につけるべく、独自に勉強を始めた。
兄はアウレリアの目標を応援しつつも条件を出し、「一年間で、普通の貴族の令嬢が十三歳までに習う内容を履修する」ことができれば、アウレリアと一緒に両親を説得してくれると言った。
望むところだ、とアウレリアは兄のつてを頼りながらも講師になってくれる人を探し、その人に教えを請うた。
アウレリアの元々の学力は中の下程度だったため、十一歳で十三歳の令嬢と同程度の知識を得るというのはかなり厳しいものがあった。
だが、アウレリアには目標があったし……ずるいかもしれないが、これまで二回同じような人生を歩んできたというちょっとした利点もあった。特に一度目の人生で教わった礼儀作法についてはかなり楽ができたと思う。
その結果、十一歳になったアウレリアは兄の前で口頭試問を行い、見事合格をもらえた。
兄も一緒に両親の説得をしてくれた結果、父親は最後まで渋い顔をしていたが母親はかなり早い段階で、「あなたがこれほどまで頑張るのだから」と味方になってくれて、晴れてアウレリアは十二歳から十六歳まで隣国に留学する権利を得ることができた。
留学先では異国の文化に触れながら知識を吸収し、さらに二度目の人生で得た社交経験のおかげで知らない人たちの輪にも飛び込むことができた。
隣国では貴族だけでなく、平民出身者とも交流を深めた。彼らの考えと貴族であるアウレリアの考えには差もあったが、そういった違いからもアウレリアは多くのことを学べたと思う。
十六歳で王国に戻ったアウレリアはラウルとの結婚に向けて花嫁修業をして、来たる日に備えた。
そうして、あの運命の夜会の日。
アウレリアは清楚な色合いながら細かな部分に贅をこらした薄青色のドレスを纏い、「お嬢様の知性が引き立つようです!」とメイドから褒められた銀の髪飾りやネックレスを身につけて、シンプルな扇子を手に夜会会場に向かった。