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二度目の人生②

「アウレリア。悪いが君と結婚することはできない」

「……」


 アウレリアは、扇子を落とした。

 意気揚々と夜会会場に向かったアウレリアは男女問わずたくさんできた友人たちに挨拶をして、ラウルとの待ち合わせ場所に向かった。


 だが、その場にやって来たラウルは知らない令嬢を連れていた。

 そして放たれたのは、聞き覚えのある例の台詞である。


(……いやいや、どういうこと!?)


「ラ、ラウル様、どうしてですか? 私もやっと十八歳になったので、今年中に結婚するのですよね?」

「いや、悪いが婚約の話は白紙に戻させてもらう。僕は……君を女性として好きになることはできない」

「は……?」

「お話中失礼します、アウレリア様」


 そこで割って入ったのは、ラウルの隣に立つ知らない令嬢。


 ラウルとよく似た黒髪は令嬢にしては短めで、着ているキャラメル色のドレスにはあまり飾り気がない。だが、その落ち着いた口調と涼しげで知的な眼差しにぴったりの装いで、アウレリアは息を吞んだ。


 令嬢は丁寧にお辞儀をすると、自分が男爵家の娘であると言った。


「わたくしはこれまで、父の勧めで隣国に留学しておりました。そのため、アウレリア様ともこれまでお目に掛かったことがございません」

「そ、そうですね。あの、ですがどうしてあなたがラウル様と……?」

「ラウル様は、わたくしのように知性に富んだ博識な女性と婚姻を結びたいと仰せなのです」


 令嬢がそう言い、ラウルも頷いた。


「彼女の知識は、次期伯爵である僕の力になってくれると思った」

「……でも、その、ラウル様は華やかな女性がお好きなのでは……?」

「何を言っている。……伯爵夫人となる女性に必要なのは教養だ。毎日遊んで暮らせばいいわけではない」


 そう冷たく言われて――アウレリアは、心臓が凍るかと思った。


 この八年間、アウレリアは華やかで社交的な女性になるべく、努力してきた。

 だがそんなアウレリアの姿はラウルからすると……「毎日遊んで暮らせばいい」と思っている軽薄な女性でしかなかったのだ。


「婚約解消の件は、改めて僕からペルレ子爵にもお伝えする。……アウレリア、どうか幸せに」

「ラウル様!?」


 思わず声を上げるが、ラウルはアウレリアに背を向けた。

 隣の令嬢はちらっとアウレリアを見てからお辞儀をし、ラウルの後をついて行った。









(なんで……どうして……どういうことなの?)


 精神的にぼろぼろになったアウレリアは一人、会場の入り口付近を歩いていた。

 頭の中は疑問符だらけで、心が落ち着かない。


(私は一度目の失敗を生かして、ラウル様の好みぴったりの女性になろうとしたのに)


 しとやかな令嬢から華やかな令嬢になったのに、ラウルが此度選んだのは知的な才媛だった。


(私は……また、だめだったのね……)


 確かに今回のアウレリアは、勉強の手を抜いていた。

 決してラウルが言うように社交界をなめていたわけではないが、美容と社交に全てを投じてきたので、勉強がおろそかになっていたのは事実だ。


 実際、今のアウレリアは流行には敏感だし一度目の経験から礼法などもマスターしているが、初歩の計算や読み書きができるだけで、歴史や外国語の知識がほとんどない。


 これでは、いざ伯爵夫人になってラウルと共に社交界に出向いた際、彼に恥を掻かせてしまう。


(……だめ、だったわ……)


 はたと、アウレリアは顔を上げた。ふらふら歩いた結果、彼女はいつの間にか馬車が停まっている庭まで出てきていた。


 ……一度目の人生では屋敷に直行して、首を吊ってしまった。

 そのことを思い出したため、ゾクッと背筋を悪寒が走る。


(……まだ、屋敷には帰りたくないわ)


 今すぐ屋敷に行けば――何かの拍子にまた、リボンを手にしてしまうかもしれない。

 もう少し、一人で過ごしたい。


(会場内の庭なら……大丈夫よね)


 あの華やかな場所に戻る気力はない。風通しのいい場所で心を落ち着けたいところだ。


 そう思い、アウレリアは中庭に向かったのだが。


「……どうして一緒になってくれないの!?」

「さっきから言っているだろう! 俺には妻がいる。君とこれ以上一緒にいるわけにはいかないんだ!」

「ひどいわ……私のことは遊びだったのね!」


 ゆっくりしようと思った中庭には先客がおり、しかも修羅場真っ最中だった。


 小ぶりながら品のある噴水の脇で、若い男女が言い合っていた。その内容からして……不倫関係にある二人が別れる別れないの問答を繰り広げているようだ。


(私とラウル様の件も大概だけど、こういうのは自分たちの屋敷でするべきよね……)


 はあ、とため息をつき、アウレリアは彼らに背を向けた。

 こういうのには、深入りしないのが一番だ。


「……もういい! これ以上俺につきまとうな!」

「ちょっと、待ちなさいよ! こうなったら、殺してでも……!」

「お、おい、おまえ、何を……!」


(……何?)


 彼らに背を向けて建物の角を曲がったアウレリアは、物騒なやり取りを耳にして足を止め、振り返った。


 直後、建物の角を曲がってアウレリアに追いついた男が、真っ青な顔で彼女の脇を走り抜けていった。


(……え?)


 何だろう、と目を瞠ったアウレリアだが――


 ――どん、と背後から衝撃を受けて、体がぐらついた。


「えっ?」


 背後で、焦ったような声がする。

 だがアウレリアはなすすべもなく体のバランスを崩し、その場にどさっと倒れ込んでしまった。


 背中が、痛い。熱い。


「な、なんで……あ、あなた誰よ!?」


 なんとか首を捻って背後を見ると、そこには先ほど口論をしていた女の方が立っていた。

 彼女は真っ青になって震えると――きびすを返して走っていった。


「あ……」


 待って、と言おうとしたが声にはならず、代わりにゲホッと咳き込んだ。

 どろっとした血の塊が口から出てきて、アウレリアは驚く。


「何だ……う、うわぁ!?」

「な、なぜ女性が倒れて……刺されているのか!?」

「すぐに治療師を……」


 別の足音が聞こえてきたと思ったら、カンテラを手にした衛兵らしい人たちが焦った声を上げてアウレリアを囲んだ。

 そこでようやくアウレリアは……自分は先ほどの女性に刺されたのだ、と気づいた。


 声が、出ない。

 体が震えて、だんだん寒くなってくる。


(私……また、死ぬの……?)


 今度は、死ぬつもりはなかったのに。

 頭を冷やしてから帰宅して、家族とも話をしようと思っていたのに。


 衛兵たちが治療師を手配したりアウレリアの体を抱えて移動したりしているが、もう手遅れだということはアウレリア本人がよく分かっていた。

 だんだん意識がぼんやりしてきて、痛みも恐怖も薄れていく。


(私……もっとちゃんと、勉強すればよかったな)


 そうすれば、こうして他人のけんかに巻き込まれて死ぬことはなく、今度こそラウルに愛してもらえただろうに。

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