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二度目の人生①

「……リア様?」


(……何?)


「アウレリア様……」


 誰かに名を呼ばれて、アウレリアはぴくっと体を震わせた。


(……私、死ぬことができなかったのかしら……?)


 ラウルに捨てられて絶望したアウレリアは、自室のバルコニーで首を吊って死んだ――はずだ。

 それなのに自分の名を呼ぶ声が聞こえるし、ふかふかのベッドの感触がある。

 アウレリアは自殺できず、介抱されてしまったのだろうか。


(……嫌よ。もう、生きていたくないのに……)


「アウレリア様、もう朝ですよ」


 優しい声と共に、シャッと音を立ててベッドの周りのカーテンが引かれたようだ。それまではほんのり明るい程度だった周りに、一気に光が満ちた。

 アウレリアは重いまぶたを開き――えっ、と小さな声を上げた。


 アウレリアはやはり、自室のベッドに寝ていた。

 だが、彼女に朝の挨拶をして今は部屋のカーテンを開けているメイドは――


「……ナターリエ?」

「はい、おはようございます、アウレリア様」


 振り返ったメイドは、朗らかに微笑む。

 彼女は、メイドのナターリエ。アウレリアが六歳の頃から仕えてくれている優秀な使用人だった。


 ……が、彼女は三年前に結婚を機に子爵家を離れたはずだ。


「……ナターリエ、どうして戻ってきたの?」

「戻って? ……ああ、昨夜は実家の母の調子が悪くて早退いたしましたが、もう大丈夫ですよ」


 ナターリエはそう答えるが、アウレリアが言いたいこととはずれている。


(……違う。どうしてナターリエはそんなことを……)


 そこで、アウレリアは気づいた。


 今の自分は、十八歳が着るにしてはあまりにも可愛らしすぎる寝間着姿であることに。

 そして、自分の両手がいつもより小さいことに。

 ナターリエだけでなく、部屋には過去にもう捨ててしまったおもちゃやぬいぐるみなどがあり、代わりに最近買ったドレッサーやクローゼットなどがないことに。


(……え?)


 どういうことだろう、と思ったアウレリアは自分の頬に触れて――そこがやけにもちもちしていることと、背中まであった髪がかなり短くなっていることにも気づく。


(……えっ、まさか、私……?)


「ナ、ナターリエ、鏡ある!?」

「はい、こちらに」


 主人が朝の仕度をしようとしていると思ったのか、ナターリエは落ち着いた様子で手鏡を出すとアウレリアに渡した。


 アウレリアが、おそるおそる覗き込んだそこには――


「っ……!?」


 子どもの頃の自分の顔が映っていた。










 起きてすぐのアウレリアは悲鳴を上げたり部屋中を走り回ったりしてナターリエを心配させて、両親や兄まで飛んでくることになった。


「おお、私の可愛いリア!」

「どうしたの、リア。そんなに真っ青な顔で……」

「リア、怖い夢でも見たのか? お兄様が話を聞いてあげるよ?」


 ベッドの上に座り込んでぷるぷる震えるアウレリアを囲むのは、心配そうな顔の家族たち。


(でも……お父様もお母様も、ずっと若い。お兄様なんてまだまだ子どもだし……)


 まさか、と思いながらアウレリアは今日が何年何月何日か聞き――そして、愕然とした。


(私、八年前に戻っている――!?)


 最初は、夢でも見ているのかと思った。

 首を吊りそこねた自分は生死の境をさまよっており、その最中に幼い頃の夢を見ているのだろうと。


 だが、頬をつねっても叩いても痛いし、夢でよくあるように意識がぼんやりしているわけでもない。


(もしかして……死ぬ前に人生をやり直したいって願ったから……? 私は八年前に戻って……結婚退職したナターリエもいる……?)


 なんとか家族をなだめてナターリエにも出て行ってもらったアウレリアは、ベッドに座って一人考える。


(なぜかは分からないけれど私は、八年前に戻ることができている。だとしたら……今度こそ、ラウル様に気に入っていただけるような淑女になれるかもしれないわ!)


 今は、ラウルと婚約する一ヶ月ほど前。まもなく両親から婚約者の話をされ、そこで伯爵家のラウルの名前が挙がるはずだ。


 昔は生まれたときからの婚約者がいたりしたものだが、それでは不幸な結婚をする者があまりにも多かったようだ。

 そうしてアウレリアが生まれる二十年ほど前から法制度が変わり、男女ともに婚約できるのは十歳からで、結婚最低年齢も十八歳に引き上げると定められた。


(……うん、まだ十分間に合うわ)


 一度目の人生の自分は、引っ込み思案で内向的だった。

 優しい両親や世話焼きな兄に甘えまくり、自分から他人と関わろうともしなかった。


 だが、それではだめだ。

 ラウルに愛されるには、快活で明るい女性にならなければならない。


(それに、あの令嬢に近づくためには……もっとご飯を食べるべきよね)


 胸の大きさなどは遺伝の要素も強いだろうが、健康的な食生活を送ることで少しは魅力的な女性に変われるかもしれない。


(……私、頑張るわ)


 八年後、ラウルに愛される令嬢になるために。












 二度目の人生を歩み始めたアウレリアは、自らを変えるべく努力した。


 自発的に皆と関わり、パーティーなどにも参加するようにする。

 社交界で世間の流行などを学び、おしゃれにも気を配るようにする。

 全てはラウルのためだが――こういう日々も楽しいものだったのだと、アウレリアは気づけた。


 一度目では顔も名前も知らなかった人と出会い、お喋りをして、見識を広げる。

 出会った人は全てが善人ではないし、中にはアウレリアをだまそうとする人も、女癖が悪い人も、裏でとんでもない商売をしている人などもいた。


 だが、様々な人との交流を深めることでアウレリアは変わった。


「リア……とってもきれいになったわね」

「ありがとうございます、お母様」


 褒めてくれる母親に、アウレリアは笑顔を向けた。


 十歳の頃から努力を重ねたアウレリアは、十八歳になった。

 そして今日は、一度目の人生を終えたあの――夜会の日だ。


 一度目の人生では着替えも化粧も母親やメイドに丸投げだったが、今回のアウレリアは違う。

 流行最先端のファッション知識や今どんな女性が好まれているかの情報が頭の中にしっかり詰め込まれており、自らメイドたちに指示を出して己を着飾らせた。


 ドレスは、華やかな薔薇色。

 一度目の人生でラウルを盗ったあの令嬢が着ていたものよりは彩度が抑えめの赤系統だが、自分の髪や目の色、顔立ちにはこれくらいが一番似合うと分かっている。


 一度目の人生では偏食気味だったがそれも改善させたため、以前よりは健康的な体になった。

 だが、胸の大きさはあまり変化がなかったので、これはもう遺伝だと諦めることにした。


 着飾ってリビングに現れたアウレリアを見て、父たちも喜んでくれた。一度目の人生と同じく既に結婚している兄も寄ってきて、美しくなったアウレリアを褒めてくれた。


(これなら、大丈夫ね!)


 孔雀羽の飾りが見事な扇子を手に、アウレリアは微笑む。


 今回こそ、ラウルに認めてもらうのだ。

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