二人をつなぐものは
2022年11月18日に、Niμノベルスより書籍化します
ありがとうございます!
「……あら。この箱は……?」
アウレリアが手にしているのは、おしゃれな装飾が施された木製の箱。
捜し物をしていて戸棚を開けた拍子に、この箱が落ちてきたのだった。慌てて手を伸ばして受け止めたので床に落ちることは回避できたが、見た目のわりに重かったので少し驚いた。
毎日この戸棚の前を通っているが、この箱は今まで見たことがない。小さめのノートくらいの大きさのそれの蓋には鍵がついているが、錠前が外れている。
「もしかして、ユーリスのかしら?」
だとしたら、彼に悪い。勝手に開けたりせずに確認をしようと思って振り返ったところで、今ちょうど会いたいと思っていた人が部屋に入ってきた。
「アウレリア。捜していた本はさっき、あっちの部屋に……って……」
「本、ありがとう。……これはあなたのですか? 戸棚から落ちてきたのだけれど……」
アウレリアが木箱を手に問うと、ユーリスは少し気まずそうに視線をそらして頭を掻いてから、観念したようにうなずいた。
「……うん、俺の。さっき急いで片付けたから、落ちてしまったんだな」
「そうだったのですね。大丈夫、中身は見ていないですよ」
「……。……いや、アウレリアなら見ていいよ」
「いいの? 大切なものが入っていたりしないですか?」
親しき仲にも礼儀あり、と言うし、もしかするとユーリスの仕事関連の道具が入っているかもしれない。
だがユーリスは微笑むとアウレリアの方に足を進め、木箱を受け取った。
「ああ、とても大切なものが入っているんだ。……でも、まあ、君になら見せてもいい……というか君が見る権利はあると思うし」
「……な、何が入っているのかしら?」
「見てみようか」
ユーリスはそう言って、木箱の蓋に手を掛ける。鍵はすでに外れているので、あっさり蓋が外れた。
木箱の中に入っていたのは――
「……手紙?」
「そう。全部……君から送られたものだよ」
ユーリスが言うので、箱の中の紙をしげしげと見ていたアウレリアははっと顔を上げた。
ユーリスはアウレリアと婚約して間もなく、騎士団の任務で地方に赴くことになった。多くの騎士たちは最短である四年が経過したらすぐに王都に戻って華やかな王城勤務を始めるそうだが、ユーリスはあえて二年間の延長を申請した。
すぐに王都に帰れば楽ができるが、その分出世がしにくくなる。シュナイダー侯爵の甥という身分だけで己を判断されることを嫌っていた彼は、誇れる自分になるために地方勤務期間を延ばして活躍し、満を持して王都に戻ってきたのだった。
ユーリスとの遠距離恋愛の期間は、実に六年にもわたった。その間の二人をつないでいたのが、手紙だった。
王都と辺境の距離はかなりのもので、手紙一つ送るのにもかなりの時間がかかる。それでもお互いつながりがほしくて、まめに手紙を交換したりプレゼントを贈ったりしていた。
ユーリスに促されて手にした手紙は確かにどれも、過去に自分が書いたものだった。
「全部……持っていてくれたのですね」
「それはもちろん、愛する君からの手紙だからね。……ええと、ちょっと重いって思うかもしれないけれど……」
「まさか! だって……私も同じですもの」
アウレリアは微笑むと「ちょっと待っててくださいね」と言って、部屋を出た。足早に向かったのは、自分用の部屋。
クローゼットを開けて引き出しの中にしまっていた箱を取り出し、それを持ってユーリスのもとに戻る。
「ほら、私もあなたからの手紙をちゃんと持っているのですよ」
「君もだったんだね……」
箱の蓋を開けて中の手紙を見せると、ユーリスはぽかんとして言い――そして二人ほぼ同時に噴き出した。
「すごいな、俺たちは全く同じことをやっていたんだな」
「ええ、本当に! じ、実はこっそりこれを読み返したりしていたのです」
「俺もだよ。俺も今日、君からの手紙を読み返していたら足音が近づいてきたから、慌てて戸棚に隠したんだ」
「ああ、だから鍵が開いていたし戸棚を開けたときに落ちてきたのですね」
どうやらアウレリアと同じく、ユーリスも婚約者から贈られてきた手紙をたびたびこっそり一人で読んでいたようだ。
そこで、二人の視線が絡まる。それぞれの宝物が入った木箱をテーブルに置き、アウレリアを抱き寄せたユーリスがそっと唇を寄せてくる。
「……これからも、君に手紙を書こうか?」
「一緒に暮らしているのに、ですか?」
「たまにはいいじゃないか。案外手紙だったら、言葉だと恥ずかしくなることでも書けたりするかもしれないからな」
「確かに。……それに今ならもう、あなたが便せんの裏にこっそりとメッセージを添えたりする必要もないですからね」
「……ああ……そうだな。あのときは同室の連中が邪魔してきたから、ああいう形でしか君に愛を告げられなかったんだよな」
二人がくすくす笑いながら思い出に浸っていると、とたとたと軽い足音が近づいてきた。
「おとうしゃま、おかあしゃまー!」
「おやつの時間ですよー! いっしょに食べましょー!」
男の子と女の子の声が聞こえてきて、アウレリアはユーリスと顔を見合わせて微笑んだ。
「……もしかして、さっきあなたが慌てて箱を隠そうとしたのは、あの子たちが近づいてきたから?」
「正解。でも……もしよかったら、あの子たちにも箱を見せないか?」
「私も同じことを思っていました。……もう、隠す必要もないですからね」
もう一つキスをしてから抱擁を解いた二人は、それぞれの木箱を手にした。
おやつを食べながら、たくさん話をしよう。
あなたたちが生まれてきたのは、お父様とお母様が愛し合っていたから。
お父様とお母様が離ればなれになっても愛し合えたのは……この手紙のおかげなのだと、教えてあげよう。