先生「はーい! 皆さんが静かになるまでに……」
ここはとある中学校の教室。
問題児たちが集まっていることで有名なこのクラスは、授業を担当する先生たちにとって悩みの種であった。
今日もまた一人。
新任のリスニングの講師――トニー先生が英語の教材を抱えながら教室の扉を開いた。
「はーい! 皆さん、お静かにー! 授業を始めますよー!」
しかし、問題児たちは、突然初老の外国人が現れたというのに、話を止めず、いつまでも騒ぎ続けている。
これがいつもの光景。いつもの喧騒。
一番前の席に座っている少年――ユウゴが初めて見る先生の顔に気付いた後も、この熱気は中々冷めることはなかった。
それから少しして、ようやく教室が静かになり始めた頃。
「はーい! 皆さんが静かになるまでに5分かかりましたよー!」
ストップウォッチを掲げながらそう叫ぶトニー先生。
「初日からそんなに怒らないでよ、先生。それにさぁ、ストップウォッチ持参って、ちょっと細かすぎるんじゃない?」
只今絶賛反抗期真っ盛りであるユウゴは、トニー先生の声の圧にも一切怖じ気づくことなく、舐め切った態度でそう言い放った。
「いえ、私は別に怒っていませんよ」
「えっ?」
「ただ、事実を提示しただけです」
笑顔でそう返すトニー先生。
「事実? どういうこと?」
「さぁさぁ! リスニングの授業を始めましょう! 皆さん、教科書の35ページを開いてー!」
置いてけぼりにされたユウゴは、「これまた変な先生が来たな……」と、呟きながら――
自己紹介もせずにカチャカチャとオーディオ機材の操作をし始めた怪しげな先生をただ眺めていた。
◇ ◇ ◇
その次の日。
「はーい! 皆さん、お静かにー! 授業を始めますよー!」
トニー先生が大声を上げるも、初日の物珍しさも薄れ、生徒たちは依然として騒ぎ続けている。
見なれた光景。聞きなれた喧騒。
しかし、嗅ぎなれない芳香が生徒たちの鼻腔をくすぐり、教室が静まり返る。
「はーい! 皆さんが静かになるまでに……」
周囲につられるようにして、ユウゴもトニー先生に視線を向ける。
「先生、カップラーメン作っちゃいましたよー!」
「へっ!?」
「しかもこれ、もう半分食べちゃいましたよー!」
「いや、お前、早弁してんじゃねぇよ!!」
ユウゴはトニー先生に鋭くツッコミを入れた。
「お前じゃないでしょう? トニー先生でしょう?」
「名前……初耳なんだけど」
「いいですか? また昨日みたいに皆さんが授業中大騒ぎするようでしたら、先生、残りのラーメン全部食べちゃいますからね?」
「よくねぇよ!!」
「分かりましたね?」
「分かんねぇよ!!」
その前に麺がのびのびになるんじゃねぇの?
というユウゴの冷静な分析も虚しく……。
トニー先生は、麺がのび切る前においしく完食することができたという。
◇ ◇ ◇
そのまた次の日。
「フゥーー!! イェーーイ!!」
今日も今日とて、教室は大騒ぎの様相を呈していた。
「イエスイエスイエス!!」
「あの……。ちょっと……」
「パードゥン?」
「ちょっといいですか、先生……」
生徒たちは、様子がおかしいトニー先生を見て、怯え切っていた。
もちろんユウゴも、今日ばかりは緊張の面持ちで先生と対峙していた。
「はーい! 皆さんが静かになるまでに5分かかりましたよー!」
「先生……」
「けどね、先生が静かになるまでに6分かかりました」
「お前、生徒より騒いでんじゃねぇよ!!」
「まぁ、実質、先生の勝ちみたいなところありますよね」
「生徒とうるささで争うな!! あと、さっきの『イエスイエスイエス!!』のテンションは何!?」
「いやぁ、あれはみんなより先にイヤホンで教材をキメていたんですよ」
「教材をキメる……?」
「合法のリスニングの教材ですよ」
「何それ、怖っ!! リスニングの教材に違法も合法も……って、もしかして電子ドラッグじゃねぇの、それ!? 大丈夫なやつなの!?」
「はーい! じゃあ今からコレ流しますねー!」
「止めろや!!」
そんなユウゴの制止も虚しく……。
この教室は、リスニングの授業中、まるで夏フェスが開催されたかのような大騒ぎだったという。
◇ ◇ ◇
またまたその次の日。
「はーい! 皆さん、お静かにー! 授業を始めますよー!」
元気よくそう言って、リスニング用のオーディオ機器を教卓に置くトニー先生。
「えぇ、今日も先生の授業なの……?」
ユウゴはうんざりしていた。
最近、なんでこんな毎日リスニングの授業ばっかりあんの?
そんな素朴な疑問を持て余し、うんざりしていた。
周りの生徒たちも同様のおかしさを感じているようで、ザワザワしていた教室に静けさが訪れた。
「はーい! 皆さんが静かになるまでに……」
「はぁ……。今日もまたリスニングかぁ……」
「太郎くんがA地点から、次郎くんがB地点から、直線10キロの距離をそれぞれ向かい合って時速60キロの速度で歩きました」
「えっ!?」
「さて、二人が出会うまでに何分かかったでしょうか?」
「急に算数の問題!?」
唐突に出題された計算問題に、ユウゴの頭はパニックになった。
「何分かかったか分かる人ー!」
「それはまぁ……。いつも通り5分でしょ?」
「このとき、風や空気の抵抗は考慮しないものとします」
「いや、設定細かいな! そんな細かい設定はいいんだよ! 5分だよ、5分!!」
「しかし、地面との摩擦は考慮するものとします」
「何それ、急に難しい」
「加えて、重力による抵抗も考慮するものとします」
「それはヤバすぎぃ!!」
そんなユウゴの悲鳴も虚しく……。
まだ習っていない激ヤバ係数との兼ね合いによって、生徒たちは今までにないくらい静粛に物理演算を試みたという。
ただ、本当にヤバいのは、太郎くんと次郎くんの軽車両並みの足腰の強さであることに気付いた者は少なかったという。
◇ ◇ ◇
そして、また次の日。
今日は、いつも以上にトニー先生の様子が変だった。
いや、変どころの騒ぎではない。
トニー先生の姿がどこにも見えないのである。
いつの間にか教卓の上にリスニング用のオーディオ機材が置かれており、先生の気配がどこにもないのである。
現在思春期の絶頂ど真ん中にいるユウゴも、流石に不安になってきた。
すると、そのオーディオ機材から先生の声が聞こえてきた。
「はーい! 皆さんが静かになるまでに、先生、風化して塵になっちゃいましたよー!」
「いや、俺たちそんな何万年も騒いでないから!!」
ユウゴの鋭利なツッコミ。
そのすぐ後、「はははっ、冗談冗談!」と笑いながら、教卓の裏側からトニー先生が姿を現した。
「けどね……」
トニー先生が上着を脱ぎ出す。
「皆さんが静かになるまでに、先生、苔むしちゃいましたよ?」
そう言って先生が黒板の方を向くと、彼の背中――白いシャツにびっしりと緑色の苔が繁茂していた。
「だから、俺たちそんな何千年も騒いでないから!!」
またしても入るユウゴの尖ったツッコミ。
すると――
「はははっ、冗談冗談!」
トニー先生はおどけて笑いながら、苔むしたシャツを脱ぎ出した。
「けど、皆さんが静かになるまでに、先生、文化的価値を帯びちゃいましたよ?」
シャツの下から現れたTシャツには、「I am 保護対象」とプリントされていた。
「だから、俺たちそんな何百年も騒いでないから!! っていうか、ちょっとずつ年数が少なくなっていくのは何!?」
いつもと違い、どこかソワソワしているトニー先生。
彼が自分たちに何を伝えたがっているのか、ユウゴは全く理解できなかった。
すると、トニー先生が、「あっ!」と、小さく声を上げ、おもむろにズボンのポケットからスマホを取り出すと、嬉しそうにその画面を生徒たちに見せた。
「皆さんが静かになるまでに、先生、孫の顔を拝めちゃいましたよ?」
そこには、トニー先生のひとり娘が無事出産を終え、元気な赤ちゃんを抱いている写真が映っていた。
「だから、俺たちはそんな何十年も騒いで……。いや、それは純粋におめでとうございます……」
「うっ……。うぐっ……。あ、ありがとうございます……」
「えぇ……。先生、めっちゃ泣いてるんだけど……」
「よかった……。本当によかった……」
「マジで号泣なんだけど……」
そんなユウゴの呟きも虚しく……。
嬉しさと安心のあまり感涙する先生を見て、もらい泣きをする生徒もいたという。
その一方で、先生が孫の顔を拝めたのはすでに教室が静かになった後だったことを指摘するようなヤボな生徒は一人もいなかったという。
◇ ◇ ◇
土日を挟んで、また次の日。
英語とは別に連日リスニングの授業が組み込まれているという、この謎に特化された時間割に疑問を抱く生徒も少なくなってきた頃。
トニー先生が声を荒らげていた。
「はーい! 皆さんが静かになるまでにそんなに時間かかりませんでしたよ!」
「じゃあ別にいいじゃねぇか!!」
「むしろ皆さん、最初からずっと静かでしたよ!!」
「なおさらいいじゃねぇか!!」
「先生、この5分の間にソシャゲのガチャを引こうと思っていたのに!!」
「知らねぇよ、それは!!」
「今日までの限定ガチャなんですよ!!」
「いや、マジで知らねぇよ、それは!!」
いつものように先生と舌戦を繰り広げるユウゴ。
そんな彼の奮闘も虚しく……。
結局、授業を早めに切り上げることによって、トニー先生は無事期間限定ガチャを引くことができたという。
ちなみに、生徒たちに見守られながら引いたそのガチャは、見るも無残な大爆死だったという。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
奇怪な言動で生徒を黙らせる変な先生のお話はいかがだったでしょうか。
気に入っていただけていたら嬉しく存じます。
最後になりますが、小説ページ下部に、現在連載中の異世界コメディーのリンクを貼っております。
もしよろしければ、そちらもご一読いただけると嬉しく存じます。