ここで働かせてください!
青海波とは、面接を受けたその日のうちに出会った。面接が終わるやいなや、大旦那は
「青海波を読んでください」
と禿につげる。禿はまさかこんな奴を雇うとは思ってもいなかったらしく、虚を突かれたような顔をしていた。私は、従業員にこんな丁寧な言葉遣いをする人間がいたことに虚を突かれたが。しばらくして、気怠げなしかし凄まじい色気の女が入室してくる。
「なあに、新しい禿?」
不思議と服を着崩していないのに、今にも裸になりそうな女だと思った。そして私の勘は当たるのだ。女は大旦那に青海波と呼ばれたので、この人に何か技術を伝授させることができれば賃金を受け取れると理解した。
「失礼します。みことさん。これ青海波、こちらへ。今日からあなたに指導をしていただきます。みことさんです」
「あら、女の先生は初めて。よろしくお願いします」
「あ、え、よよよろしくお願いします」
大旦那と青海波は、私がキョドったことには特にふれなかった。優しい。ところで
「それで、ええと。私は何をお教えすればよいのでしょうか」
「あれ、大旦那。まだ言ってなかったの?」
「はい。あなたの状況は口で説明するより見てもらったほうがいいと思いました」
スッと机の上に紙が置かれる。そこへ禿が見計らったように筆を持ってきた。
「みことさん。なんでもいいので動物の名前を言ってください。なんでもいいです」
「えっと……。あ、じゃあ犬」
それを聞いた青海波は「いぬ」と紙に書きだす。大旦那が書いている様子をのぞき込むから、つられて文字を見る。青海波は、なかなか、いやかなり不格好な字を書いたのだった。あまりに個性的な字だから、私は思わず「ふえぇ」と声を上げてしまった。しかし青海波があまりにもいい笑顔だったため、よくわからないがヘラリと笑ってみた。おい、よく見たら「ぬ」の字が鏡文字になってない???
「というわけです。みことさん」
「まって、どういうわけ?私が気づかないうちに話が進んでませんか???」
「ご覧の通りです。なんとか青海波の書道の師匠としてここで働いていただけませんか」
「お断り申す」
本当に無理だと思った。これほど破天荒な字を今まで見たことがなかった。自分が書道の大先生であっても断ったと思う。
「今回はご縁がなかったということで」
さっと立ち上がると、いつの間にか後ろには男衆の二人が立っていた。そのままガシッと一人一本ずつ脇に腕を入れられ抱えられて、途端に宙ぶらりんに。
「あの、これはどういう……。」
「弾、禅やめなさい。まだお話の途中です」
片方がチッと舌打ちをし、もう片方がクスクスと笑っていた。そして両脇を支えていた腕がスッとなくなる。必然的にドタッと尻餅をついた。痛すぎる。なに、めちゃくちゃムカつくんだが。睨むように見上げたが、おんなじ顔したとてつもない大男二人に睨み返され、あっすんませんと素早く謝罪。
「大旦那様。もう話しているだけ無駄かと」
「そうそう。こういうのは早く片付けないと」
「あの、片付けるとは?」
「売れっ子の秘密を知られてしまいましたし」
「そうだねー」
察し。これあかんやつや。
「大旦那!ここで働かせてください!」
「え?」
「ここで働かせてください!」
「よろしいんですか?先程は……」
「ここで働かせてください!」
何が何でも働きたいと思った。