天は二物を与えるべき
「姐さん、せんせいがいらっしゃいました」
お通ししてよろしいですか?と、襖に向かって禿が尋ねる。店に入ると、いつもの如く禿が私を教室まで案内してくれる。禿は私のことをうさん臭い人間だと思っており、ここに勤めだして3ヶ月目であるがあまりいい顔をされたことがない。自分でも私みたいな素性の知れない人間を信じてはいけないと思うので、禿の反応は正しいと思う。
先ほども言ったがこの店の従業員は、しっかりと教育を受けている。文字の読み書きが全員できると聞いたときは、さすがに度肝を抜かれた。実は、ここのアルバイトはかつさんに口をきいてもらった。面接を受けようと店に入るとこんな小汚いゲソゲソの女が入ってきたため、先ほどの男衆に物取りと間違えられたのはいい思い出である。笑えはしないが。大旦那はあのときいなければ、と思うとゾッとする。
なんとか面接を受けることはできたが、働こうにも従業員は教養があり自分は用無しでは、と気づく。しかしもともとかつと大旦那に見込まれていたのは私の教養の部分ではなく、違う技術だったらしい。
――――――
「お通しして」
と、少し高めの甘ったるい声が聞こえた。禿は襖を開けるとともに横へ退き、私に入るように促す。中へ入ると、いつものように広い部屋の奥で肘掛けにもたれかかった部屋の主がいた。畳には夜を溶かし込んだような黒髪が結われことなく流され、緩く羽織った着物から豊かな胸元が見え隠れしている。柔らかそうな両足は斜めに座っているため、はだけて投げ出されていた。全身が雪のように白く、この体に噛みつきたいと欲望をたぎらせる男がどれほど多いことか。自分も初対面の時は色気に当てられそうになったが、3ヶ月目ともなると慣れてくるものだ。淡々と流すことができる。
「こんにちは。もう働く時間だよ。昨夜は珍しく最後まで楽しめたんだね」
「そうなの!こんなことってなかなかないよ。お互い体の相性がよかったのかも」
パッと顔をあげて目をキラキラさせている。三文字楼には売れっ子遊女のなかでも更に5人の、店の看板となる遊女がいる。そのうちの一人、青海波はたいそうな色欲魔人なのだ。好きこそものの上手なれ、ここでの仕事は天職と言ってもいいのかもしれない。客からのリピート率は凄まじく、一度味わえば現世に戻って来られない禁断の果実と名高い。しかし、天は二物を与えず。彼女は決定的にある能力が欠けていた。