刺身包丁は近くで見ると痛そう
「ハイハイ」
「ハイハイ、ちゃう。ワシは赤ちゃんか!」
おおっと。微妙なツッコミをしてしまった。話を戻すと、この巨体は私と夫婦である、と妄想をこじらせてしまった哀れな男だ。
「大六ぅ、無理だって!この国では、片方の意識がないうちに結婚はできないんだよ??」
「それがこの村ではできるんだな」
「どうやって法の抜け穴をかいくぐったのか」
「落ちてるものを拾ったら、自分のものになるだろ」
おそろしい村だ。確かに私は三年前、大雨の日にこの村で行き倒れていた。それを拾ったのが大六。捨て猫じゃあるまいに。どんなものでも拾ったら自分のもの、トンデモ理論だがここでは当たり前なのだ。なんなら、他人が持っているものだって無理矢理奪うくらいなのだから。
多分、自分は大六に見つけてもらっただけまだマシな方だと思う。人買いに売られたり、体がバラバラになったりしていないのは、だいぶ運がいい。しかしである――。
「それならさ、妻(仮)のために働いてよ!今日の予定は?」
「太助さんのところと、孫市さんのところの包丁を研ぐ」
「それでいくら貰えるわけ?」
「包丁だぞ。金なんかとるわけないだろ」
「今日からとって?お願い」
素晴らしいお人好しぶり。今日食べるにも困っているのに、無償で包丁を研いであげるらしい。正直、大六の刃物を研ぐ腕は、かなりのものだと思っている。昔、大六が研いだ包丁があまりにも切れるから、どこでこんな技術を身につけたのか尋ねてみた。すると、
「あふれる才能」
とのこと。いつもなら一戦交えそうな一言だが、まあ納得してしまう。切れ味抜群だから。そこで商才あふれるこの私が、この男の才能を十分に有効活用してあげようと思い、
「じゃあ、他のお家の包丁も研いであげたら?」
「ん?もう、研いでるよ。今、研いでるのはかつさんの刺身包丁」
「なんということ!じゃあ、大六の腕はかつさんが認めるほどか。申し分ないね。それで、いくらとってるの?」
「昔からの付き合いで、個人的にお願いされて研いでるだけだから金なんてとってない」
「おやおやおやおやおやおや」
ねえ、待って?大儲けできる機会を潰してるよ?と、説得にかかれば
「じゃあ、丁度包丁が研ぎ終わったから、かつさんに交渉してきてくれ」
「すみません。タダでいいですぅ」
あの女に金を請求しようものなら、この刺身包丁で三枚におろされる。私が。
――――――
懐かしい事を思い出した。この包丁研ぎで金を取るか取らないかは、大六に一任した方がいいのだ。とりあえず、
「あの、ドロップキックの件はマジのマジで反省してるんで、許してもらえないでしょうか」
まず私は簀巻きから解放されなければ。おい、ちょっと口に砂が入ったんですけど。