簀巻き転がし
共用の井戸から水を汲み、バケツに入れる。ちなみに、なみなみと水が入ったバケツは、ハチャメチャに重い。ヒィヒィ、と死にそうな声を出しながらも、家まで運んでいる私はエラい。しかし、このあたりで暮らしている人たちは平気な顔をして持っている(私は、みんな痩せ我慢をしていると思うけど)。ただ、毎日酒場に入り浸っている爺さんが、水がタップリ入ったバケツを、右手と左手に二つずつ持っていたときは、「ゴリラじゃん」とドン引きしてしまった。
やっとのことで家にたどり着く。大切な大切なお水ちゃんは、急いで台所の水瓶へ。ザーッという音とともに、重かったバケツが軽くなっていくのはなんとも爽快である。両肩をグルグル回して、たった一間しかない家の中を見ると、こんもりと布団を被っている巨体があった。こんな狭い家で、朝早く起き、働いているツレに気づかないとは。のんきにグースカ寝ているとか正気の沙汰ではない。かつとの一件もあるので、怒りは沸点をこえていた(責任転嫁ではない)。自分の気持ちに素直になろう。そうして、私は巨体めがけてドロップキックをした。
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「ぐええぇぇ」
私はガッサガサのスダレで簀巻きにされ、地面に転がされてしまった。しかも、男の手は自分の頭をガッシリつかみ、ギリギリと締め付けてくる。さながら地獄万力のよう、ってアダダダダダ!ドロップキックは命中したが、効果は今ひとつだったらしい。なに、この男エスパータイプなの?
「寝ている人間にドロップキックとか、アホだろ?」
「は?アホって言うほうがアホなんですぅうううううううあああだだだだ!すみません、すみません!」
頭蓋骨割れちゃうよぉ。なんなの無職のくせに無駄なこの力は。もっといろいろなところにいかせるよね。少し万力が弱まってきた。
「あのさ。女性を簀巻きにして外に転がすとか、信じられないんですけど!」
「女性?女性は寝ている人間にドロップキックなんかしねえ」
「あ、ハイ」
「まったく、夫婦なんだから、暴力はよくないと思うぞ」
「………」
「伝えたいことは言葉で!」
「……あの」
「どうした?」
「なんっっべんも言うけど、私たちは夫婦じゃないって!」