マジで言葉選べ?
「いやねー、うちも不景気でさー!」
「そこをなんとか!ほら、あんたも頭下げる!」
「いやです」
「くそガキ、何言ってんだ?」
朝からずっと、子どもの職探しに奔走している。あっちに頭を下げ、こっちに頭を下げ、脳味噌がシェイクされすぎて液体になりそうだよ。それなのに、このくそガキときたらやれこれは嫌だ、無理だなどとふざけたことを言う。かつから預かった子どもでなければ、当の昔に見捨てているぞ。
「旦那ぁ。こいつはいい働き手ですぜ」
「というか、この子もとはけっこう悪くない顔してるし、三文字楼に行ってみたら?」
「は?無理ですぜ。こんなヒョロヒョロ」
「は?俺が言ってるのはこっちの方」
下品なハンドサインが示すのは、青海波が大好きなあれだ。しかし―――。
「えっ?男でもいけた?」
「何言ってんの?この子女の子でしょ」
「………………子ども、まじ?」
「今気づいたの……」
「ね?いけるんじゃない?」
いけねえよ!大六にしばかれるわ!いやそれより女ぁ!?ボロボロすぎて端っから男だと思い込んでいた。顔を近づけてみるとまあ、女に見えなくもないかも。それよりも、
「ねえ、あなた結構臭いんですけど」
「はああああ!?こっちの台詞だわ!あんたの方が臭いんじゃ!」
「とりあえず、離れて」
「くそがき~~~!!!」
「まあ、二人とも落ち着いて。多分、今なら三文字楼の残り湯が使わせてもらえるんじゃない?」
三文字楼の遊女は、この時分に湯浴みする。その後、残り湯を男衆が使うのだ。そしてまだ捨てられていなければ自分たちもいけるかもしれない。
「急ぐぞ、子ども!」
「は!?ちょっとひっぱらないで」
「なら走れ!」
「こけないようにねー」
――――――
「みこと。後ろの子はだれじゃ?」
「こんにちは、白砂さん。あの、家で預かってる子どもです」
「そうなのか?大六との間にできた子かと思ったわ」
「おぞましい……」
「ハハハ!」
ちょうど、三文字楼の柱の二人目、白砂さんが湯浴みを終えたところだった。つまりまだ湯は残っているということ。間に合ったようだね!ちなみに白砂さんは、物凄い知識量で仙人かな?と思うときもあれば、ほっそりとしなやか、例えるなら猫のような体は自分よりも若いと思うこともある。端的に言うと年齢不詳なのだ。
「残り湯などけち臭い。今から入ってくればよかろう」
「……私がここの女子どもからの評判が、すこぶる悪い事を知っての発言、許されない」
「あなた、嫌われ者なのね」
「くそがきぃ!調子こいてんじゃねえぞ!」
「ハハハ!くそガキとは物騒じゃな。そこの女子は何という名じゃ?」
「それがですね、こいつ名前言いたくないみたいで」
「ほう」
「……あなた達に言いたくないの」
「むきゃーーーーー!」
まじで絞めるか、子どもに掴みかかろうとしたら白砂さんが右手を上げて制す。白砂さんはニヤリとイヤな笑い方をしていた。
「名無しの女子とは珍しいの。まるで赤子じゃ。のうみこと、そういえば例の変態が女子を自分の好きなように育ててみたいと言うておったな」
「げえ!?あいつですか」
「……脅しのつもり?」
「ふーむ。名前もない、口の利き方もわからぬ。となればますます赤子とかわらん。どれ、フツウには生きられんが金には困らんじゃろうし、そいつのところへ行くか」
「ちょちょちょっと!頭下げな!今回はマジでさ。この人本当にやるよ」
「やればいいじゃない!やりなさいよ!」
「本当によいのか?」
白砂さんは、暗い笑顔を貼り付けていた。何も知らない人が見たら、彼女の人外の美しさに見とれてしまうだろう。ただみことには、この顔の白砂は、本当に人ではないような気がするのだ。いつもの陽気な彼女より、こちらの人の心を捨て去った姿が本来の彼女だと思う。この世には、信じられないような性癖を持つ人、他人を人間と思わない人、目的のためならどんな事でもやる人など、悪い大人を挙げればきりがない。しかし、こんな子どもが大人の業に巻き込まれる必要はないはずだ。子どもが引くに引けなくて、勢いで言ってしまったのはわかる。しかし相手を選ばなければならない。
「あいわかった。双方合意の上とはよいことじゃ」
「白砂さん!本当に許してください!」
なりふり構っていられなかった。みことは、地面に額をめり込ませて土下座する。
「まだ、子どもなんです!」
「子どもじゃない。もう一人で生きていけるわ」
「本人もこう言うとるぞ」
「いいえ!子どもです。自分一人で生きてるようなつもりで調子こいてるくそガキなんです!」
「はあ!?あなたよりマシよ!大人のくせにろくに金も稼いでない旦那と、料理も作れない女房」
「……みことよ。子どもの好きなようにさせてやれ」
「ダメです!」
「……迷惑なのよ!もう私に関わらないで……」
運悪く男衆が通りかかった。白砂がボソボソ指示を出せば、男衆は子どもを店の奥に連れて行ってしまう。子どもは何も言わなかった。
「カカカ!みこと、この代金は後ほどの」
「…………」
「ではの」
白砂はもうみことを見ていなかったけど、みことはずっと土下座したままだった。