子どもができた。身に覚えはないが。
「まあ、茶でも飲みな」
「ぎょええええぇぇぇぇぇ!!!イヤだ。死にたくないぃぃ!!!」
かつに、やかましい、と頭をはたかれてしまった。だってこのババアが私相手に茶を出すなど、天地がひっくり返ってもありえない。借金が返せないなら命で償えということか。厳しい世の中だ。あからさまなトラップに引っかかる私ではないので、出された茶であろうと全部残して、この場を去ろうと試みる。
「今、動いたらはりつけにするからね」
「……怖すぎる」
私はどこの罪人だよ。けれど、本当にやる女だから、大人しくしておこう。かつが経営する、スナック……まあ、大人がエロスと共に酒を嗜む店は、そろそろ開店する時間なのだろうか。外がガヤガヤと五月蠅くなってきた。そうだ、客が入って忙しくなってきたら、ドサクサに紛れて逃げればよくないか!?
「私、今、力強い意思を秘めた瞳をしている。そう、きっとそうだわ!私ならできる!」
右頬に容赦のない平手打ちがとんできた。
「すんません。ずっとここにいます」
「さて」
「ひっ……」
「あんたは、借金が返せないわけだけれど」
「はい。面目次第もございません」
「今日のあたしは気分がいい。今から3つ選択肢を出すから、好きなのを選びな」
「……」
「一つ目、腎臓を売る」
「待て待て待て待て待て。一つ目からフルスロットルなんだが」
「二つ目、春を売る。店は紹介してやるよ」
「きつぅい!でも一つ目を聞いた後だから、だいぶいい選択肢に思える」
終わった。二つ目でこれかよ。多分かつが店を紹介してくれるなら、それほど非道いところではないはずだけど。いやいや、最後まで諦めてはいけません。三つ目がありますよ!
「三つ目、今朝あたしの家の前に行き倒れていた、このガキを引き取る」
いつの間にいたのやら。髪も服も皮膚も、見えている部分は全部ボロボロで痩せ細った子どもが、ボンヤリとした目でかつの背後に立っていた。あまりにも汚すぎて野良犬かと思った。……ん?
「かつさん、この子ども、ずっとなんかボソボソしゃべってる?」
「は?」
二人で子どもの声に耳を傾けた。ボソボソした音は、意味を持った言葉として聞こえだした。
「……し…………る」
「あれ?もうちょっとで聞こえそう」
「ころ…………る」
「……………………」
「ころしてやる」
はいーーー!!!事件ですよ!おまわりさん、ここです!
めちゃくちゃ怖い子どもだった。ころしてやるってエンドレスで言ってるぞ!?普段は何事にも動じないかつさんも、目を見開いている。というか、選択肢三つって言ってたくせに、実質一つじゃん。
「かつさん、二つ目の選択肢でお願いします。芸名も考えてあります。ダンゴムシ太夫にします」
「待ちな」
「これからもご贔屓に!」
「待ちな!話をまとめるんじゃない!」
いつもは余裕の笑みを浮かべて他人を掌で転がすかつが動転している。不意の、子どもの発言がよっぽどだったらしい。けれどなんやかんやで、拾ったかつさんが面倒を見ると思う。よかったな、子ども。そんな風に勝手に一人でまとめていると、勢いよく引き戸を引く音。
「お世話になっています、かつさん。うちのが迷惑かけてるみたいで」
「お、おお。大六!大六じゃないか!!!」
「大六ぅぅぅ!今よくないタイミングなんだわ!外に出てて!」
「そうはいかないだろ。かつさんにお金を借りているんだろう?」
「う、う、ぐぅぅ」
まさかの無職夫の登場。なぜ金を借りていることを知っているのだろう。隠していたのに。
「本当にすみません。お返ししたいのですが、今家にはお金がなくて……もう少し待っていただけないでしょうか」
「大六。気にするんじゃないよ。水くさいね。あたしとアンタの仲だろう?」
「すみません。ありがとうございます。こいつにはよく言って聞かせますんで」
「おうおう……それでさ、待ってやるかわりに、ちょいと頼まれてくれないかい?」
「はい。できることならなんでも」
かつが、にやりとしたのがわかった。
「この子ども、アンタの家で面倒見てやってくれないかい」
「っ。大六!まっ―――」
「はい。わかりました」
荒技すぎるだろ。子どもが我が家へやってくることになりました。