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「そういえば、今日はみことさんがいらっしゃる日でしたね」

「へえ、まだ続いてたんだ。あの小娘」


 吞気にお茶を啜りながら店の大旦那こと佐助は、朝とお茶をしている最中だった。机を挟んで向かい側に座る中年女性は、さして興味もなさそうに相づちを打つ。朝は三文字楼お抱えの薬屋である。ただしこの村にいる薬屋は、全てお天道様の下を堂々と歩けないようなことをしており朝も例に漏れていない。金を積めば融通がきくため、危険な薬の調合や外道な要望も二つ返事でこなしてくれる。また、ここでは非常に珍しく腕は確かだったため重宝していた。この商売をし続ける限りお世話になるだろう。


「あの男はダメだったよ」


 朝は、明日の天気の話でもするかのように、サラリと告げた。2日前に店の裏手で体中痣だらけで転がされていた男のことだ。三文字楼の客でもあったが、しつこい値切りと酒癖が悪くよく覚えている。1週間前に店内で暴れたために、男衆に「お話」をしてくるように言ってそれから姿を見ていなかった。しかし2日前に当てつけよろしく、店の裏手に転がされてはたまったもんじゃない。店の評判にも関わるし、仕方なく朝を呼んだのだ。依頼したのは治療ではなかったが。


「それで、なんだったの」

「ヤクだね。ヤク中だった」


 まあ、予想通りというか。フウンと答えて再び茶を飲む。朝は、懐から小さく折り畳んだ紙をスッと佐助に差し出した。佐助はそれと交換で、ジャラリと金の詰まった片手に乗るくらいの巾着を朝に渡す。朝は、中身を確かめてからしまい込む。ここは死と隣り合わせの場所だから、特に珍しいことではない。ただ、あの男自身がヤクの販売に携わっていたため、少々気がかりなことがある。


「また悪いこと考えてるね」

「ん?」

「面倒くさいことはごめんだよ。あたしはただの薬屋だからね」

「はいはい」


 生返事で返された。この男とのつき合いは結構長いから、そのうち厄介な案件が舞い込んでくるだろうとため息をつく。佐助はいつもニコニコしていて人当たりが良く、一見優男風に見えるけれどそれだけでは生きていけない村だ。腹の内は一切見せないがそこには深淵が広がっているだろう。興味本位で覗いてしまえば、地獄を見ることになるのだ。自分だってこんな男とは早々に縁を切りたいが、金払いは誰よりもいいし、珍しい薬も回してくれているため生活のためだと割り切るしかない。出された茶にも菓子にも手をつけず、朝は用は済んだとばかりに帰ろうとする。佐助が出した物を朝が口に入れないことはいつものことだから、佐助も特にすすめない。その時


ベベン


 朝は上から聞こえる琵琶の音に、思わず立ち止まる。こんな場所でこれほどの腕を持っている者に出会えるとは思ってもみなかったのだ。


「いい腕だね。まだまだ荒さはあるけど、筋がいい。どこの先生?」

「誰だろうね」

「ニヤついてるってことは、ろくな人間じゃないってことか」

「ぶはっ、アハハハハハハ!」


 こんな男でも、大口開けて気持ちよく笑うことがあるんだと驚く。そんなに見当違いのことを言ったのだろうか。いつものようなニヤつき方なら腹も立つが、今日はさっぱり笑われたから以外に悪い気はしなかった。と考えて、やはり上から聞こえる琵琶は本当にいい音だと思ったから、もう少しだけ聞いていこうと朝は再び座り直した。

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