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最終話 エピローグ

 ムーングロウの街の中央に位置する、小高い塔。


 街を見渡せる最上階の一室で書き物をしていた女性は、扉をノックする音に手を止めた。


「どうぞ、お入りください」


 部屋に入ってきたのは、黒がかった茶色の髪に同じく茶色の瞳の、若い兵士。


 右腕を白い三角巾で吊ってはいるが、負傷を感じさせない足取りでつかつかと歩いてくると、机の前に直立した。


「エリック上等兵、スカラブレイの街からただいま戻りました」


 兵士はそう言って、略式の敬礼を行った。


 机に座っていた女性は、セミロングの茶色い髪を片手で払うと、ヘーゼルの瞳で兵士を見上げた。


「お疲れ様でした。街の様子は、どうでしたか?」


「ケイス代表は、相変わらず忙しくしておられますな。あちこちの魔族の領地を訪れては、色々な話をしているようです」


「なるほど。それが、本来のシーカーの在り方というわけですね。彼はきっと、良い指導者になるでしょう」


「まあ、真面目すぎるきらいはありますがね」


「あなたが不真面目すぎるだけでしょう?」


 グレースはエリックを上目で見ると、いたずらっぽく微笑んだ。


 エリックは咳払いをすると、少し真顔になった。


「少佐。ご実家の方には、もう戻れないことになりましたが、これでよろしかったのですか? あなた程の、王国軍の中枢にある名家のご息女が……」


 グレースは肩をすくめると、通信兵をその名前で呼んだ。


「心配してくれてありがとう、エリック。でもそれを選んだのは、お父様たちですし。それに軍人ならばたとえ親子でも、敵味方に分かれて戦うこともありましょう。私の実家に行く機会を失ったことが、残念でしたか?」


 エリックは、大仰に両手を振った。


「とんでもない。男にとって一番の恐怖は、恋人の父親に会うことですよ」


「あら。意気地のないこと」


 グレースはエリックと笑い合いながら、窓から広がる青空を見た。


「ヒューゴとルーシー、うまくやってるかしら」


 エリックも、同じ空を仰ぎ見た。


「心配ないですよ。彼ら、最高のシンクロニシティです」






 少年は、断崖に立っていた。


 海鳥が数羽、編隊を組んで西の空へと飛んでいく。

 強い向かい風が、少年の茶色い髪を後方へとなびかせながら通り過ぎて行った。


「海って、何となく怖いわよね。広くて、深くて」


 後ろからかけられた女性の声に、少年は振り返った。


「クゥシンさん」


 今日は、トレードマークの深紅のローブをまとっている。


「何考えてるの、ウィル君」


 ウィルは、再び海の向こうを見た。


「……僕、『島』に、王国に渡ろうと思うんです」


「どうして? 今の私たちは、王国のおたずね者の境遇だけれど」


「この『大陸』には、今新しい風が吹いてます。けれど王国は、そうじゃない。むしろ、転生を隠ぺいし抹消しようとする王国こそ、その歪みが大きいように思えるんです」


「転生を、隠ぺいか。王国に捕まったら、私も消されるかしら」


 ウィルは、唇をぎゅっと引き結んだ。


「クゥシンさんは、自分で自分の身を守ることができます。けれど、そのことで弾圧されている弱い人が、王国にはきっといると思うんです。そんな人たちを、僕は守りたい。何もできないかも、知れないけれど」


 クゥシンは、少し寂しい気持ちになった。


 そうか。

 彼には、この世界を少しでも善いものにするという、大事な約束があるのね。


 やっぱり私の入る余地、ないなあ。


 クゥシンはウィルの隣に立つと、目を閉じて海の風を大きく吸い込んだ。


「じゃあ、私も一緒に渡っちゃおうかな。海を越えて」


「え?」


「実は私もね、王国にちょっと野暮用があるのよ。それに、お金も稼がなくちゃならないし」


 ウィルは、きょとんとした。


「お金、ですか」


「王国の首都なら、それはそれは大きな街なんでしょう? 私、お金稼ぐ自信あるなあ」


 クゥシンはローブをひるがえして、くるりと一回転した。

 少年の目に、クゥシンの大きな胸がまぶしく映る。


「ちょっと、まさか。仕事、選んでくださいよ?」


 顔を赤らめながら、慌てるウィル。

 クゥシンは、にっこりと笑った。


「あらあ、心配してくれるんだ。じゃあそばで守ってね、二刀流の剣士さん」


 ウィルは困ったように頭をかきながら、遠い水平線の向こうを透かし見た。


 そして額に、そっと手を触れてみる。


 潮風に吹かれて、傷痕が、胸の奥が、少しうずいた。






 車のクラクションと、遠くから聞こえる雑踏のざわめき。

 薄く目を開けると、穏やかな陽光が広がってゆく。


 そうか、もう朝か。


 男はベッドから体を起こすとゆっくりと窓のそばへ歩いていき、レースのカーテンを開け放って外を見た。


 眼下に街が広がっていた。

 スーツ姿の人々が、足早に行き交っている。


 どうやらここは、マンションの一室であるらしい。


「今日は、仕事だったかな」


 彼は短いあごひげをなでながら、ぼんやりと考えた。

 何だか、長い夢を見ていたような気がする。


 かちゃり。

 背後のドアが開いた。


 がちゃん、と何かが落ちる音。


「目、覚めたんだ」


 振り向いた彼は、黙って立ち尽くしている若い女性を見た。


 ストレートの、長く美しい金髪。

 顔立ちはやや異なっているが、その印象は全く変わらない。


「……おはよう、隊長さん」


 ライトブラウンの瞳がゆらゆらと波打ち、光の雫がこぼれ落ちそうになる。

 彼女は顔を見られまいと、慌てて後ろを向いた。


 ヒューゴの頭の中で、少しずつ記憶の霧が晴れてゆく。


 俺は、異神とともに消滅して。


 ユークロニア。俺の元の世界。


 そして、彼女がここにいる。


「ルーシー。どうして」


 彼女は後ろを向いたまま床にしゃがみ込むと、割れたコップを拾い集める。

 そして手を止めると、小さくつぶやいた。


「ごめんね、隊長さん。私、ついてきちゃった」


「君も、転生遺伝子を」


 ルーシーがうなずく。


「いけないって、分かっていたんだけれど。ほら、私って天才じゃない? 何かの役に立つかな、なあんて……」


 ヒューゴは彼女の背に回るとゆっくりと立たせ、背後から抱きしめた。

 ルーシーが、びくっと身を震わせる。


「おっと、意外な展開。もしかして私、許された?」


 ヒューゴは、何も言わない。

 ルーシーが、恐る恐るたずねる。


「……怒ってる?」


 背後から、シンプルな返事が返ってきた。


「あきれてる」


 二人は目を閉じたまま、しばらくそうしていた。

 お互いの体温を、生きている喜びを、感じるように。


「でも、隊長さんの体をこの世界の『クレイドル』から盗み出すの、大変だったんだから。あとで彼女に、お礼言っといてよね」


「彼女?」


「会ったらきっと驚くわよ。いずれ、ね」


「ふうん?」


「それに、この世界でもやること、いっぱいあるんでしょ。私、がんばっちゃうから」


 ルーシーはヒューゴの手の甲にキスをすると、後ろを振り向いた。


 次元を超えて、初めて見つめ合う。


 と、ルーシーが、いきなりぷっと噴き出した。


「エミリーちゃんが言ってたとおりね、こっちでもあご髭はやしてるんだ。でも、少し東洋人色が濃くなってるけれど、今の隊長さんの顔も、結構いけてるわよ」


 ルーシーはヒューゴの首に自分から両手を回すと、唇を重ねた。


 そうしてぱっと離れると、顔を赤らめるルーシー。

 しかし彼女の視線は、決してヒューゴからそれることはない。


「久しぶりだから、コーヒーいれてほしいな。この家、たいていのものはそろってるわよ」


 ヒューゴは苦笑した。


「転生した早々、人使いが荒いな。じゃあ君は……」


 ルーシーは後ろ手を組むと、にっこりと笑った。


「もち、ブラックで」




 了

作者の諏訪野です。


次元診療録。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


書いているうちに、ヒューゴとルーシー、そして彼らを取り巻く人々の中にいつまでも浸っていたい、という衝動に何度もかられました(創作家あるあるですね)。

それほど好きだったこの物語ですが、やはり物語には終わりが必要です。

エンディングがあるからこそ精いっぱい書く、エミリーちゃんの言うとおりですね。


ほんの数分間のわずかなチャンスでこの物語を見つけてくださったあなたとの偶然の出会いにも、最終回がちょうどクリスマス・イブに重なったという偶然にも、驚くとともに本当に感謝しています。

あなたのメモリーに少しでも足跡を残せたなら、作者にとってこれに勝る喜びはありません。


すでに次回作のプロットには取り掛かっていますが、絶対にエタらせたくない! ので、また完成してからの投稿になると思います。

(3月目標…… ぼそっ)

もしこの物語があなたの好みにかなうようでしたら、次回作もきっとお楽しみいただけると思います。

楽しみにお待ちいただければ幸いです。


それでは、皆様に良きクリスマスと新年が訪れますように!



令和二年 十二月ニ四日  諏訪野 滋



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