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第三話 作戦会議

 早朝に開始された上陸作戦の初日は、すでに夜を迎えていた。


「皆、そろっているか?」


 ヒューゴは、天幕が張られた広い塹壕の一角へと入っていった。

 そこには六人の兵士たちが、中央に起こされた焚き火の周りに、円を描くように集まっていた。


 その中の一人、昼の戦いにおいてルーシーを矢の雨の中から連れ出した黒人の兵士が、ヒューゴの方へ進み出て王国式の敬礼を返す。


「ギルバートと治癒師殿、それにオリヴァー以外は。オリヴァーの事は、残念でした、隊長」


 黒人の副長マシューは表情を殺してそう言うと、思い直したようにきびきびと点呼を始めた。


「マシュー・ケージ副長より報告。エリック・フォーサイス、デビッド・マクミラン、アイリス・グレイ、ハリソン・ダール、ウィル・ワイルド。以上、小官含め六名の集合を確認。欠席者、ギルバート・エリクソン、ルーシー・ハーディング治癒師殿の二名。戦死一名、オリヴァ―・グランド。以上、報告終わります」


 ヒューゴは分隊員一人一人の顔を確認すると、


「皆、ご苦労だった。座ってくれ」


 と着座を促し、自分も焚火のそばにあぐらをかいて座り込んだ。


 ヒューゴは、少しの間瞑目した。


 海岸際の塹壕の中には、波の音のざわめきが、遠く低く伝わってくる。

 砂浜に引いた毛布越しに、夜の冷気が感じられた。


 オリヴァー。

 自分の率いる分隊での、初めての死者。


 残念だとは思っても、申し訳ないとは、思ってはいけない。

 分隊長になるずっと以前からの、仕事に対するヒューゴなりの戒めであった。


 しかし俺は、本当に最善を尽くしたのか?






 考えを振り払うように、ヒューゴは目を開いた。


「まさか、向こうに魔導士がいるとはな。エリック、大隊本部からの伝達は何かあったか?」


「いえ、何も。交信魔法の不協和干渉が強く、意味のある言葉として感じ取りにくくなっています。敵の妨害かどうかは分かりませんが」


 兜を脱いだ通信兵のエリックが、そう報告した。

 黒がかった茶色の髪に、やはり茶色の瞳の優男。


 通信兵同士は、共振する個別の通信魔法をお互いにあらかじめ決めておくことで、魔法的な連絡を可能にしている。

 ただし、振動を伝える大気や大地などの物質の状態、敵のカウンター魔法によるジャマー、通信兵同士の位置把握の程度など、交信に必要な条件はそれなりにシビアである。


 そこへ、ショートボブの銀髪に水色の瞳が印象的な女性兵が、不吉な意見を淡々と述べた。


「あるいは、本隊ごとやられたのかも。海上のしけのせいで、上陸部隊はことごとくバラバラになったから。補給がままならないまま各個撃破されるのは、うまくない」


 年齢は二十歳になるかならないかだろうか。

 百七十センチ程度の身長の、すらりとした女性である。


 兜の代わりに、白い鉢巻きの中央に鋼板を付けた、いわゆる鉢金を巻いている。

 スタデッドレザーと呼ばれる鋲打ち革鎧の上に軍用ベストを重ね着した標準装備だが、ブーツは一般兵用の長いものではなく、くるぶしまで露出した短いものを履いている。

 その軽装は、見る者に突撃兵であることを連想させた。


 その女兵士の怜悧で美しい表情には、話した内容の深刻さとは裏腹に、特に何の感情も見て取れない。


「想像でものを言うのはよくない、アイリス。もとより俺たちは独立分隊だ、現場で判断するのが本筋だろう」


 女兵士の言葉に答えたのは、百九十センチほどの長身の、二十代前半と思しき青年だった。

 長い白髪を総髪にし、どこか禁欲的な雰囲気を漂わせている。

 筋骨隆々としたギルバートとは異なり、細身の体の内に、瞬間的な爆発力を感じさせた。


 鎖かたびらの上に部分的に装甲パーツを装着した、いわゆるコンポジットアーマーを着込んでいる。

 鉄製のガントレットに、ギザギザの両刃がついた百六十センチはあろうかという大剣、フランベルジュ。


 ヒューゴの分隊においてギルバートと並ぶ重攻兵、ハリソン・ダールである。


「確かにあなたの言うとおりだわ、ハリソン。交信困難である理由については十二通りほど考えられるけど、今はそれを議論しても無意味ね」


 アイリスと呼ばれた女突撃兵のその言葉を、しかしはったりだと思うものはいなかった。

 この分隊が編成されて三か月の間に、彼女は分隊の戦力・編成・戦術などについて的確に分析し、それを全員に指摘してきていた。


 彼女、本当は何歳なのだろうか?

 年齢を問えば、アイリスはためらわずに答えてくれるだろう。


 ヒューゴは漠然とそう考えたが、深入りするつもりはなかった。


「しかし状況が厳しいのは確かです、ヒューゴさ……隊長。オリヴァーさんがいなくなって、ギルバートさんもあの傷じゃ……」


 控え目に、しかししっかりとした口調でそう言ったのは、茶色い髪に黒い瞳の少年兵だった。


 まだ十五歳くらいではないだろうか。

 兵士にしては表情が豊かであるのは、やはりその年齢のなせる業なのだろう。

 その顔には、かすかに緊張の色が浮かんでいる。


 彼もアイリスと同じく、突撃兵仕様の短いブーツを履いている。

 やはり標準装備のスタデッドレザーと軍用ベストを着ているが、腰の背に二本のロングソードを互い違いに差しているのが、異様といえば異様であった。


 ヒューゴはその少年兵に、優しい目で答えた。


「ギルバートについては心配ない、ウィル。新しく着任したあの治癒師殿が、治してくださった。数日で、バトルハンマーだろうがハルバードだろうが、元通りに振るえるようになるだろうさ」


「え?」


 その言葉に、ウィルと呼ばれた少年兵のみならずヒューゴ以外の全員が、一様に驚きの表情を浮かべた。


「ギルバートの左腕が、動くのですか? 遠目にも、ほとんどちぎれかけているように見えましたが」


 クルーカットの金髪の射手デビッドが、思わず腰を浮かせていた。

 アイリスと同様に、普段はめったに感情を表に出さない男である。


 ちぎれかけた腕を、治癒魔法が治した?

 そんな話は聞いたことがない。


「分隊長、冗談きついですね。あのお嬢さん、まだアカデミーを卒業したばかりでしょう? それなのに、そんな教授や助教でもできないようなことを……」


 通信兵のエリックも首を振りながら言った。

 この優男の癖である。


「いや、本当だ。あの治癒師殿は、ああ見えて凄腕だぞ。エリック、お前も怪我をしたら、もうお嬢さんなどとは呼べなくなるだろうな」


 ヒューゴはにやりと笑って言った。


 白髪総髪の重攻兵ハリソンも、驚きを口にした。


「私は治癒師を実際に見たのは生まれて初めてですが、治癒魔法というものはおおよそ、傷をふさぐ程度の応急処置的なものと聞いていました。今回の作戦において治癒師を分隊に組み込む、と隊長が我々に話したとき、正直私はその有効性に疑問を持っていました。しかし、実際にはそのような力があるとなれば、これは……」


 応急処置的なもの。

 ルーシー自身も、そう思っていたはずだ。






 やや沈思黙考した後、マシュー副長が口を開いた。


「隊長。ギルバートが復帰できれば、かろうじて任務の続行は可能かもしれません」


「そうだな。今一度、確認しておこうか」


 ヒューゴは立ち上がると、改めて一同を見回した。


「今回の上陸作戦に、我が王国は八千名の兵士を投入した。我々の受け持ちの海岸においては、これを完全に制圧したとはいいがたい。しかし俺たち第七独立分隊は、この砂浜に釘付けになっているわけにはいかない」


 ヒューゴは、自分のバックパックから一枚の地図を取り出した。


「この『大陸』は、知ってのとおり大きな五芒星状の形をしている。我々が上陸したのは、南西の岬の先端、ここだ。ここから北東に北上していくと、やがて森につきあたる。その森を抜けると」


 ヒューゴはいったん言葉を切ると、ゆっくりと続けた。


「人間の、街がある」


 分隊員たちが、お互いに見かわし合う。


「分隊長、それは出発前のブリーフィングで聞きましたが」


 通信兵のエリックが、やはり首を振りながら言った。


「一つ、質問を許可していただきたい。これだけゴブリンやオーガ、果てはドラゴンやデーモンなんかがはびこる『大陸』で、人間の街が成立してるってのは、どう考えてもおかしくないですか?」


 ヒューゴはうなずいた。

 もちろん、普通じゃない。


 そこへ銀髪ショートボブのアイリスが、静かに口を挟んだ。


「その理由については六つの仮説が立てられるけれど、いずれも判断材料が不足している。けれど、あえて最も可能性が高い理由を挙げるとすれば」


 アイリスは、やはり感情を顔に表すことなく続けた。


「人間を家畜化しているから、かしらね」


「そんな……」


 ウィル少年兵が、絶句した。


 ヒューゴは思った。

 恐らくアイリスの予想は、大きく外れてはいないだろう。

 街の人間がそれに気づいているかどうかは、別として。


 そして俺の、忌々しい任務。

 畜生。

 奴らと俺に、何の違いがある?


「俺たちの任務は、そいつを確かめに行くことだ。明日の早朝、出発する」


 ヒューゴは短く言うと、マシュー副長に後をゆずった。


「作戦を説明する。前方の崖上の敵陣地は他の部隊に任せ、俺たちは南から迂回して、奥地の森を目指す。オリヴァーを殺ったあの魔導士には、いずれ必ず高い代価を払わせる」


 マシュー副長は、低い声でそう宣言した。


 作戦を提示された分隊員たちは、その表情から素早く疑念の色を消し去った。

 歴戦の彼らは、瞬間の逡巡が生死を分けることをよく知っていた。


「イエッサー」


 分隊員たちは敬礼を返すと、短い休息をとるために、塹壕の奥へと一人ずつ消えていった。






 ややあって、その場に残っていたマシュー副長が口を開いた。


「隊長、何を考えておいでですか?」


 消えかけた焚き火の前で指を組んでうつむいていたヒューゴは、背の高いマシューを見上げた。

 黒い肌のためにひときわ印象的な白いマシューの眼が、ヒューゴを気づかわしげに見つめている。

 ふいにヒューゴは、すべてを語ってしまいたい衝動にかられた。


「マット、俺は」


 自分を愛称で呼んだヒューゴの言葉を、マシューは優しくさえぎった。


「あなたの本当の任務が何なのか、私にはわかりません。おそらく聞いても、私には理解できないでしょう。なんとなく、そう思うのです」


「だったら、どうして俺に従う。自分の命がかかっているんだぞ」


 マシューは、控えめな微笑を返した。


「分隊が編成されてまだ三か月ですが、俺たちは皆、あなたを信頼しています。あなたは、なんというか、善性の人だ」


「何故、そんなことが言える?」


「私は軍隊に召集される前は、教師をしていました。人を見る目は、これでも確かなつもりです」


「そうか、教師を」


 ややあってヒューゴは、つぶやくように言った。


「マット。俺はしょせん、私欲で動いているに過ぎない。君たちの信頼に値する人間なんかじゃあ、ないんだ」


「私欲、大いに結構じゃありませんか。むしろ正義とか大儀とか、そんなうさん臭いものこそ糞くらえですよ。おっと、これは教師が使ってよい言葉とは言えませんね」


 笑ってそう言うと、マシューは敬礼した。


「隊長。この作戦がひと段落したら、あなたの欲ってやつを、ぜひ我々にも教えて欲しいものですな。それまでこいつは、隊員みんなで賭けのネタにさせていただきますので」


 マシューはそう言って踵を返すと、自分の寝床と定めたらしき、塹壕の暗がりへと立ち去って行った。


 その後ろ姿を見送りながら、ヒューゴは思った。


 目の前にいるものを救う。

 それが、医師というものだろう?

 患者を救って、世界は見捨てるのか?


 まだ赤く熱を持っている炭が、ヒューゴの前でぱちんとはぜた。






 真紅のローブに身をまとったその魔導士は、崖下に点々と光る野営の火を楽しげに眺めていた。


「白地に赤の三本線。治癒師か。これは、とんだお宝が飛び込んできたものね」


 深くかぶったフードの下から漏れてきたのは、若い女の声。


「それにしても治癒師って、どうしてわざわざ目印になるようなものをつけているのかしら。狙ってくれって言ってるようなもんじゃない。私は人助けが大好きです、って自己顕示欲の現れかしらね」


 切れ長の瞳が、きらりと光る。


「……ムカつく」


 低くそう言うと、魔導士はローブをひるがえし、背後の森の中へと消えて行った。


皆さん、こんにちは。分隊で副長を拝命しています、マシューです。

ヒューゴ隊長ですか? 真面目で、責任感が強い方ですよ。

でも教師をしていた経験から言わせてもらえば、少し心配なタイプですね。

自分の中で、悩みを抱えこんでしまうというか。

隊長みたいな方には、ちょっとポンコツな女性が意外とお似合いだと思うんですが、どうでしょうか?

え? 治癒師殿の事かって? そんな風に言ったようにきこえましたか?

それでは、第四話「治癒魔法の力」で。

次回を読んで頂ければ、私が今お話ししたこと、少しお分かりいただけると思いますよ。


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