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第二六話 二人だけの舞踏会

「ちょっと、クリスティンちゃん! お肉、焦げてる!」


「え、わあ!」


 森の中の野営地に、焚き火を中心として分隊員たちが集まってきていた。


「大丈夫だ。外側がかりっと焼けている方が、肉のうまみが逃げないと聞くぞ」


 マシュー副長が、しょげ返ったクリスティンをなだめた。


「じゃあ副長殿には、その消し炭をかじっていただくことになりますな」


 エリックが、笑いながら混ぜ返す。

 渋い顔で、目の前の焦げた肉を見つめるマシュー。


「副長。いらないのなら、私が頂きます。私、味というものが、あまりよく分からなくて」


 アイリスが、いつもの無表情で言った。


「アイリス。お前さん、転生したときに味覚だけ忘れてきちまったんじゃないのか? だったらこの世界で、美味いものをしっかり学んでいかないとな」


 巨漢のギルバートが、まだ無事だった肉をほおばりながら笑う。


「ふむ。努力しよう」


 アイリスは黒い物体を一口放り込むと、複雑な表情を作った。


 ヒューゴは、そんな分隊員たちの会話を聞きながら、不思議な気分を味わっていた。


 全く、こいつらときたら。

 転生なんて突拍子もない現実すら、話の種にしている。


 ヒューゴは焚き火を見つめながら、甘いコーヒーをすすった。


 案外、そういうものかもしれないな。


 転生も自然の摂理の一つとして、あるがままに受け入れる。

 そうして少しずつ次元同士が混ざり合い、平坦さを増し、やがてそれぞれの世界が理解し合う。

 異なった絵の具同士がゆっくりと混ざりあって、いつしか別の色となるように。


 だから。

 転生を恣意的に利用することは、歪みや格差、軋轢を生み出す。

 それは、止めなければならない。






「みんな、食べながら聞いてくれ」


 ヒューゴは、状況をかいつまんで説明した。


「王国が僕たちを切り捨てた、ってことですか?」


「そうだ、ウィル。王国にとって転生ってものは、大いに都合が悪いらしい」


 ヒューゴは、分隊員たちに動揺が広がることを覚悟していたが、


「ふーん。まあ、出てってくれってんなら、戻る義理もありませんがね。振られたんなら、すっぱりと新しい恋を見つけるまでです」


 エリックのいつもの軽口に、隊員たちがどっと笑った。


「……男って、本当に馬鹿」


 ルーシーだけは、ついていけないといった風に顔をしかめている。


 予想外の楽観的な反応に肩透かしを食らっていたヒューゴに、マシューが尋ねた。


「それで、グレース少佐はなんと?」


 隊員たちが、再びヒューゴに注目する。


 ヒューゴは気を取り直すと、指を組んで全員の顔を見回した。


「交渉できない以上、シーカーは倒すしかない。奴らを倒して、『クレイドル』に安置されている『コクーン』や、実験に利用されている魔物たちを証拠として見せれば、停戦は可能かもしれない、というのが少佐の意見だが。どう思う、クリスティン?」


 クリスティンは、自分の中で意見をまとめようとしながら、懸命に話した。


「少なくとも私たち獣人の種族は、シーカーがいなくなれば、あなたたちとの戦いをやめると思います。もともと、魔族たちはシーカーに臣従していたわけではありません。『島』の侵略から身を守るために、お互いに同盟関係を結んでいただけなのです。それを調整する立場のシーカーが、裏で私たちを利用していたという事実は、見過ごされることはないでしょう。ただ、『島』の人間たちとの戦争をやめるかどうかは、別の話ですが」


 エリックが、首を振りながら言った。


「まあとにかく、シーカーを倒さないことには、この『大陸』での俺達の居場所はない、ということですね」


「そういうことだ」


 ヒューゴは、ちらりとウィルを見た。

 その視線に気付いたウィルが、笑顔で返す。


「でもよかったですね、ヒューゴさん。『クレイドル』を破壊する、っていうヒューゴさんの任務と、結局方向性としては同じになりましたから」


「そうだな。お前たちには、結局苦労を掛ける事になるが」


 ルーシーを除いたウィルたち全員は、今でもヒューゴの任務が「クレイドル」を破壊することだと信じている。


 彼の本来の任務がユークロニアへの治癒魔法の奪取であることは、彼もルーシーも誰にも口外していなかった。


 しかし、今やヒューゴははっきりと、シーカーの打倒を決意していた。


 俺はシーカーを、いやドノヴァンを、必ず倒す。

 奴を倒して、転生の悪用を食い止める。


 俺は、この世界の住人なんだ。

 俺を信じてくれているこの世界の人たちを、裏切るわけにはいかない。






 と、それまで黙っていたアイリスが口を開いた。


「それでは、隊長。我々はスカラブレイの街に突入する、ということになりますが。あれは、街というよりも要塞です。八メートルの高さの城壁で完全に囲まれていますし、門も正門の一つしかありません。守備兵は二千を越えているのに対し、我々の軍は精兵とはいえ三百程度。何より、シーカーの三人が手ごわい」


 宙をにらんでいたギルバートが、やおら立ち上がった。


「よし。隊長、俺が作戦を提案させていただきます。まず正門を破壊して、我々の分隊が侵入。シーカーを全滅させて、『クレイドル』を破壊する。もちろん俺は、デュカキスのおっさんの首をいただきますがね。これで、どうでしょう」


 それを聞いたデビッドが、あきれたように言った。


「お前、それは作戦なのか?」


 アイリスが、薄く笑った。


「いえ、ギルバートにしては、よく考えたと思います。結局は、出たとこ勝負でしょう。我々の分隊員の組み合わせが、恐らく鍵になります」


 赤毛の重攻兵は、複雑な顔をした。


「ちぇっ。ギルバートにしては、は余計だぜ」


「あと、ルーシーにはかなりの負担をかけることになると思うけれど」


 アイリスは、すいとルーシーに視線を移した。


 え、私? と、ルーシーは自分を指さして、


「もち、大丈夫。たくさん食べて、ライフ・フォースを限界まで溜め込んじゃうから」


 そう言うとルーシーは、熱く焼けた肉を美味しそうにかじった。


「ルーシーさん、いいですねえ。それだけ食べて、どうやったらそのスタイルが維持できるんですか?」


 クリスティンがルーシーのすらりとした脚を見ながら、うらやましそうに言った。


「何言ってるのよ。クリスティンちゃんはもっと食べないと、ハリソンさんにいつまでたっても届かないわよ」


 分隊員たちの冷やかしの声に、クリスティンは顔を赤くしてうつむいてしまった。






「……隊長さん。お待たせ」


 食事の時とは打って変わってうなだれながら、ルーシーがヒューゴの天幕に入ってきた。


「ルーシー、呼び出してごめん……おい、どうした?」


「何でもない。ちょっと思い出して、自己嫌悪に陥ってるだけ」


「何を」


「私、娘さんに、お父さんとキスしているところ、見られちまったよ……」


「……それについては俺も、申し訳ないとしか言いようがないな……」


 落ち込む二人。


「いや、それは置いておいて。頼みがあるんだ」


「ん。何かな」


「例のユークロニア転生DNAと、記憶継承パスワードRNAを、俺に組み込んでくれないか」


 ルーシーは、はっと顔を上げた。


「隊長さん、それって。まさか死ぬ覚悟なんて、してないよね?」


 ヒューゴは苦笑しながら、手を軽く左右に振った。


「心配するな、ルーシー。保険だよ、保険。俺たちはシーカーを倒して、この『大陸』に本当の自治を取り戻すさ。だが、万が一の時には、ユークロニアに戻れる道を残しておきたい」


「戻って、どうするの?」


「転生を利用しようとする組織と、戦う。俺やドノヴァンみたいに、転生で自分の道を誤る奴を作りださないために」


 ルーシーは、ぶんぶんと首を振った。


「隊長さんは、あのドノヴァンとはちがうよ。隊長さんは、エミリーちゃんのために」


「分かってる。だがな、結局俺はエミリーを生き返らせたいという自分の欲のために、転生を利用しようとした」


「それは……」


「エミリーの言うとおりだ。転生というものに頼ることによって、今の自分をないがしろにしたり、失ってはいけないものを粗末にしたりする。今の人間は、まだ未熟だ。転生という技術、あるいは概念それ自体も、制御することはできない。俺は転生は否定しない。だが、転生を利用して人を不幸にするやつを、許すわけにはいかない」


 ヒューゴの言葉には、これまでの自分に対する後悔が、あるいは含まれていたのかもしれない。


「世界と、たった一人で戦うの?」


 ヒューゴは、微笑を浮かべながら首を振った。


「俺は、たとえ異世界に転生しても、もう孤独じゃない」


 ヒューゴは、ルーシーの手を握った。

 暖かい、生命の実感。


 彼女はヒューゴの手を強く握り返すと、うつむいた。


「隊長さん。死んじゃ、やだ」


「心配するな。一度きりの人生だからな、そう簡単にくたばるわけにはいかない。せっかく、エミリーのお墨付きももらったんだし」


 ルーシーは照れながら、怒ったように言った。


「ちょ、調子に乗らないでよね。私、時間をかけてお付き合いしていくタイプだし」


「お前、付き合った経験あるのか? この前寝ぼけて、初めてだとか言ってたが」


 ルーシーは、顔を真っ赤にした。


「うっさいわね! とにかく私は、隊長さんとずっと一緒にいたいだけなの!」


 ヒューゴは、そういうルーシーをやさしく見つめた。


「じゃあルーシー、頼む。塩基配列は、覚えてる?」


「もちよ。隊長さんがそこまで決めたのなら、気は進まないけれど、やるわ」


 ルーシーはヒューゴに寄り添うと、胸に手を当てて集中する。

 ほんの数瞬で、その作業はあっけなく完了した。


 これでもう。

 隊長さんは、いつかこの世界からいなくなる。






「ありがとう、ルーシー。ついでと言っちゃあ何だが、もう一つ頼みがあるんだが」


 ルーシーは、ばばっとマントを胸の前でかき合わせた。


「え、それはまだ、心の準備が。もう、男の人っていったん許しちゃうと、すぐエスカレートするんだから」


 ヒューゴは、こみ上げてくる頭痛をこらえた。


「何考えてる、馬鹿。お前、その妄想癖治さないと、いつか命とりだぞ」


 ルーシーは、いくぶん拍子抜けの表情をした。


「なんだ、違うんだ。じゃあ、何?」


 ヒューゴは、ルーシーの手を取って立たせた。

 そのまま、天幕の外に連れ出す。


 ヒューゴの天幕の周囲はちょっとした広場になっており、木々にふちどられた暗い夜空には、無数の星が瞬いていた。


 ヒューゴは彼女を広場の中央に連れて行くと、頭を下げて頼んだ。


「俺と、踊ってくれないか」


 ルーシーは目を丸くした。


「私、男の人と踊ったこと、ないよ?」


「俺も、女の子と踊ったことなんかないさ。だけど何だか、そんな気分なんだ」


 ルーシーは微笑すると、考え込む仕草をした。


「うーん。じゃあ、アカデミーのダンスパーティで練習したやつ、歌おうか? その時は結局パートナー、見つかんなかったんだけどね」


「いいね。それ、いこう」


 二人は向き合うと、恥ずかしさに目を合わせられないまま、ぎこちなく一礼した。

 互いに手を回すと、身を寄せ合う。


 ルーシーが、低くつぶやくように歌い出した。


「ようこそ舞踏会へ 私の手を取ったあなたに ありがとうを言わせて」


 目を閉じて、ゆっくりと回りだす。

 感じたままの、即興のハーモニー。


「始まりは偶然 約束は永遠 遠くから響く祭りの歌声が ふたりの吐息を隠してくれる」


 伸ばし合い触れ合ったお互いの指先は、ターンしながらも決して離れることがない。


「円舞からひそかに抜け出して 星降りしきる丘の上で ステップ合わせ舞い上がる」


 ルーシーの目から流れた涙が、星の光で無数の宝石に変わる。


「輪廻を越えて続く 果てなきリズム 落ち葉のシーツの下で 鼓動伝えながら 二人は……」


 時の止まった森の広場で、「大陸」の夜は、陽炎のように優しく揺れていた。


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