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第二三話 旅人

「私、死ぬ間際の記憶が残っているんです」


 エミリーは水色のケープをかきよせながら、ぽつりぽつりと語り出した。


「あの日、自転車で中学校から帰る途中で、車と事故っちゃって。ああごめんなさい、分かりませんよね。とにかく私、怪我をしたんです。私の元の世界、つまりユークロニアでは、大きな怪我をすると、普通は救急隊という治療班がやってくるんですよ。だけどその時は、違った」


 ルーシーは、コーヒーがすっかり冷めきっていることにも気付かず、黙って聞いている。


「私の事故を待ち構えていたかのように、別の車がやってきて。それから、どこかへ連れていかれたようでした。ようでした、というのは、私がその車の中で死んじゃって、その後の記憶がないからなんですが」


「……そうだったんだ。ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」


 エミリーは手を振って、あははと笑った。


「いえ、お気になさらず。人間、死ぬときはそんなもんです。で、死ぬ間際に、私を連れ去った人たちの会話が聞こえてきたんですね」


「どんな?」


「幸い体の損傷は大きくない、これならコクーンとしての保存が可能だ、って。その時はもちろん意味が分からなかったんですが、こちらの世界で転生の事を学んだら、その意味が分かりました」


 コクーン。

 転生者を受け入れることができる、仮死状態の依り代。


「そうか。エミリーちゃんがまたユークロニアに戻ってこれるように、身体を保存しておく、ってことなのね」


 エミリーは、窓ごしに遠くを見つめながらうなずいた。


「そうです。彼らは、私が遺伝的にスペシャルであり、父と同じくこの世界に転生することを、あらかじめ知っていたんですね」


「そうなんだ、遺伝するんだ……」


「そして、私の肉体を保存しておく目的は、人質しかありません」


 エミリーは眉をひそめると、宙をにらんだ。


「じゃあ、隊長さ……あなたのお父さんは、ユークロニアに治癒師を連れてくることと引き換えに、あなたの身体を保存してもらう、という取引をしたのね」


 ルーシーは、ぐっと唇をかんだ。

 卑怯なこと、やってくれるじゃない。


「きっと、そうだと思います。でも私を保存しているのは、たぶん非合法の組織です。ユークロニアでは、仮死状態になった者は、合法的に集められて処分されてしまいますから」


 処分。

 王国もそんなことをやっていると、グレースさんが言ってたっけ。


「表向きは同種移殖のための臓器確保、という名目ですが、実際は異世界転生者を侵入させないためです。あ、あと、父の事は隊長さんのままでいいですよ」


 ルーシーが、前を向いたままでつぶやいた。


「うん、わかった……そっか。隊長さんは、あなたとユークロニアで元通りに暮らしたいから……」


 ルーシーがそうつぶやくや否や、エミリーが急に立ち上がった。

 その身体は、怒りに震えている。


「昔から馬鹿だとは思っていましたけれど、父がここまで馬鹿だったとは思いませんでした」


 再会を喜ぶと思っていたエミリーの予想外の反応に、ルーシーは驚いた。


「そんな、エミリーちゃん。隊長さんは、ユークロニアから転生してまで、あなたを助けに来てくれたんでしょ!?」


 エミリーはあきれたようにルーシーを見ると、大きなため息をついた。


「ルーシー姉。あ、ねえ、って呼ばせていただいて構いませんよね? まったく、父も父なら、ルーシー姉もルーシー姉です」


「え、ちょっと待って」


「とにかく私、父と話さなくてはなりませんね。かー。ようやく会えたと思ったら、あんのやろー」


 豹変し激高したエミリーに、さすがのルーシーもたじたじとなった。


「私、用事を済ませたら、すぐに会いに行きます。それまで父には、私と会ったことは秘密にしておいてくださいね。何をしでかすか、分かりませんから」


「用事って?」


「ウルフファングって人に、事情を報告しとかないと。あなたの隊長さんを、殺したくてうずうずしている人です」


「ウルフファング……あ、ローガさんの事?」


 ルーシーは、ローガとドノヴァンが戦った時の会話を思い出していた。

 確かドノヴァンは、ローガの事をウルフファングと呼んでいた。


「あれ? ウルフファングのこと、知っているんですか?」


 ルーシーは複雑な表情でうなずいた。


「うん。一応、命の恩人」


「へー、すごい奇遇。ローガって、彼がよく使う俗名ですね。ウルフとファング、狼と牙。だから、狼牙」


「あ、なるほど。エミリーちゃん、ローガさんの仲間なの?」


 エミリーは、とんでもないというように両手を振った。


「いえ。お互いに情報交換はしていますけれど、基本的に私、個人業者です。彼は、フリーの魔導士ですね。フリーというか、フリーターですが」


 彼女は肩をすくめると、思い出したように自分の荷物を手早くまとめた。


「じゃあとりあえず、私行きますね。また、すぐに会えると思いますよ。治療お疲れ様でした、ルーシー姉」


 エミリーはそう言うと水色のケープをひるがえして、商家の外へと出て行った。


 ルーシーは、あまりの情報量の多さと衝撃に、再び床に座り込んだ。


「あー。治療より、疲れた」


 そして顔を真っ赤にすると、思い出したように頭を抱えた。


「おいおい。私、娘さんに、あなたのお父さんが好きだって言っちゃったよ……」






 巨大な戦槌が、破壊された家屋の石壁を砕く。


「よし。これで倒壊の危険は、一応なくなったな」


 赤毛の重攻兵ギルバートは、そばの岩に腰掛けると一息ついた。


「だいぶ片付いたようだな、ギルバート」


 街路の向こうから、白いエプロンを付けたアイリスが歩いてきた。


「昼食を持ってきた。補給がほとんど途絶えているから、大したものはないが」


 アイリスは、パンとシチューの乗ったトレイをギルバートに手渡した。


「……お前さん、そんな格好していると、意外に家庭的に見えるな」


 アイリスのいつもの無表情に、わずかに寂し気な感情がよぎったように、ギルバートには見えた。


「ご期待に沿えず申し訳ないが、私は料理というものが全くできない。あまり、興味がないというのか」


 ギルバートはシチューをすくいながら、アイリスにたずねた。


「お前さん、転生したのは一度や二度じゃない、って言ってたよな」


「ああ。それがどうした?」


「いまだに信じられないんだが。誰も自分の事を知らないようなところへ次々に移っちまうというのは、どういう気分なんだ?」


「気分。私は決してその時の気分で、転生しているわけではないのだが」


「そういう意味じゃなくてな。その、寂しくなったりとか、しないのか?」


 そう言ってからギルバートは、後悔したように、一心不乱にシチューをかき込む。


 アイリスは一瞬きょとんとすると、薄く笑いながら、ギルバードの横にするりと座った。

 ギルバートは素直に驚くと、大きな腰を少しずらす。


「まったく、おせっかいな男だな。まあ、お前は馬鹿だから、何を話しても害にはならないだろう」


 アイリスの悪意のない皮肉に、ギルバートは屈託のない笑顔を返した。


「お前さんの貴重な打ち明け話が聞けるなら、馬鹿も悪くないな」


「ふん、いいだろう。私の元の世界は、知的生命体のすべての意識、あるいは経験が、データ化され共有されている。ゆえに、個人という概念がかなり薄い。もちろん肉体を含むすべての物質を捨てたわけではなく、必要に応じて肉体に意識を移したり、それこそ街を建設して普通に生活したりもするが、まあそれは、ある種のシミュレーションとしての意味合いが大きい」


「……それが、転生とどうつながる?」


「私、いや、我々かな。我々が転生するのは、単なる興味。自分たちのデータベースをひたすら大きくしたい、ただそれだけだ。他の世界を支配したいとか、転生して永遠に生きたいとか、そういうのはどうでもいいのさ。だが知識欲ってのは、考え方によってはあらゆる欲の中で、最もたちが悪いものかもしれない」


「データを集める。それが、お前さんの任務か」


 アイリスは、空を見上げた。

 見つめているのは、空の、遥か向こう。


 風が、ショートボブの銀髪を波立たせる。


「私もそう思ってたんだけれどね。この分隊にいると、なぜか調子が狂うんだよ。でたらめな奴らが多くて、行動パターンの予測がつかないからかな」


 そういって、アイリスは笑った。

 アイリス自身も気づかない、シミュレーションではない、原初の笑い。


「まったく興味深いよ、お前たちは。いつか別れの時が来るんだろうけれど、今この瞬間も含めて、記憶というものは、決して消えないんだ。ギルバート、お前だってそうだ。たとえ記憶が転生しなくても、お前の記憶がこの宇宙から消滅してしまうわけではない。自分で認識できないだけで、実は遥かな深淵に全てプールされているんだよ。私たちは昔から知り合いだったし、これからもずっとそうなのさ」


 アイリスはすうっと腕を伸ばすと、ギルバートの頬に手を添えた。


「皆、ただの旅人。だから、決して悲しむことはない」


 ギルバートは、確かに預言を受けていた。


 俺は、今まで平凡に生きてきた。


 実家を手伝って、徴兵されて。

 兵役が終わったら、家業を継いで。

 結婚して、子孫を残して。

 そして、静かに死ぬ。


 そう思って何も疑わずに、ここまできた。


 しかし今、決して忘れたくない記憶がある。


 第七独立分隊。


「アイリス。お前さんは今まで、ずっとそうやって生きてきたのか」


「これからも未来永劫、そうだろう。私はどこにでも行けるし、いつだってお前たちのそばにいる」


 ギルバートは、自分の中に光が満ちるのを感じた。


「俺は……死ぬまで、皆を守り続けたい」


 ギルバートは、自分の拳を見つめた。

 自分が、自分だけのものではない気がした。

 世界との、一体感。


 ギルバートの独白を聞いたアイリスは、ついと立ち上がると、いつもの涼やかな目線で彼を見下ろした。

 形の良い唇を曲げて、意地の悪い微笑を浮かべる。


「どうした、ギルバート? いつものお前らしくもない弱音じゃないか。黒騎士デュカキスに押されっぱなしだったから、臆したのか?」


 ギルバートは我に返ると、口角泡を飛ばして抗議した。


「馬鹿を言うな。あと十合打ち合えれば、奴を斬れた」


「馬鹿はお前だろう。重攻兵が、軽々しく死ぬなどと口にするな。死ぬ瞬間まで、生きろ」


 アイリスの言葉に、ギルバートはぶるんと頭を一つ振ると、不敵に笑った。


 アイリス、お前さん。

 データがどうとか、意地はっちゃあいるが。

 つまるところ、俺たちの仲間さ。

 どんな世界にいようとな。

 

「まったくだ、俺らしくもなかったな。慣れない頭を使うと、肩がこるぜ。ちょっくら、ハンマー振ってくる」


 そう言うとギルバートは、がれきの方へと歩み去っていった。


 彼を見送ったアイリスは、腰に手を当てて苦笑した。


「ルーシーが言ってたな。男ってみんな子供みたい、と。なるほど、まったく世話の焼けることだな」


 そして再び空を見上げると、風の歌に耳を澄ませた。


デビッドだ。皆、小説読んでるかい?

人が人を好きになる、ということは、難しいものだ。

おおかたは、そいつに理由がない、ということに端を発しているからだと思う。

動機の分析なんて、しょせんただの後付けでしかないからな。

それでは第二四話、「塩基配列」で。

願わくば、その想いに未来あれかし、だ。


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