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第一八話 転生者たち

 まだ煙が棚引いている空に、ようやく夜が訪れようとしている。


 分隊員たちは、三々五々に森の野営地に集合してきていた。


 マシュー副長が行う、いつもの点呼。

 そこには、ハリソン・ダールの名前が欠けていた。


 焚き火を中心に円陣を組んで座ると、隊員のそれぞれが、昼間の出来事を報告し合う。


「ハリソンさんを責めないでください。あの時は、ああするしかなかった」


 ウィルが事の子細を、懸命に説明する。


「分かっているさ、俺だってそうする。しかし、グレース少佐には報告しないわけにはいかないぜ。味方を殺して脱走したのには、違いない」


 傷だらけのギルバートが、憂鬱そうに言った。

 彼はシーカーの将デュカキスと打ち合った末、痛み分けに終わっていた。


「味方、ですか。でも一体、味方とか敵とかって、僕にはもう何が何だか。皆さんは、どうなんですか?」


 ウィルの問いに答えられる者は、誰もいなかった。


「分からないわ。でも少なくとも、クリスティンは敵じゃない」


 ルーシーは、隣にいる人狼の少女クリスティンをかばうように、立ち上がった。


「大丈夫よ、ルーシー。この分隊には、彼女を敵視する者はいない。魔物を最初から受け入れることができる、変わり者の集団ね。実に、興味深いわ」


 アイリスが無表情に言う。

 彼女を除く全員の顔に、お前が言うなと書いてあった。


 優男のエリックが、首を振りながらヒューゴに尋ねた。


「しかしこれからどうします、隊長? 第二海兵大隊は、崩壊したムーングロウの街でいったん体勢を立て直した後、海岸線に退却するとのことですが」


 ヒューゴは、深呼吸した。

 ここが潮時だろう。


「皆、聞いてくれ」


 ルーシーが、ぴくりと緊張した。


「今回の上陸作戦が失敗に終わったのであれば、お前たちが戦闘を続ける理由はない。大隊と合流し、本国に撤退する。どうもこうもない、それが唯一の選択肢だ」


 エリックが、ヒューゴの発言を耳ざとく聞きとがめた。


「隊長、聞き捨てなりませんね。お前たちって、どういう意味です?」


 ヒューゴは少し遠い目をして、ぽつりと言った。


「俺にはまだ、この『大陸』でやらなければならないことがある」


 続けようとしたヒューゴを、アイリスが制した。


「隊長。情報を開示することを決心されたのであれば、私から話しても良いですね?」


 どうして君が、と一瞬ヒューゴは思ったが、やがて納得した。


 彼女も、転生者なのだろう。

 ユークロニアンではないにしても。


 ヒューゴはアイリスに任せることにして、黙ってうなずいた。

 それを確認したアイリスは、うわさ話でもするように、軽い調子ですらすらと分隊員たちに告げた。


「隊長個人の使命を要約すると、シーカーが保存していると考えられる、異世界転生者を受け入れるための依り代『コクーン』を全滅させるために、その安置所『クレイドル』を破壊する、ということになるわね」


「……」


 マシューが、他の隊員の気持ちを代弁した。


「あー、アイリス。もう少し順を追って話してくれると、助かるのだが」


 アイリスは、初めて気づいたとでもいうように口を押えた。


「これは大変失礼しました、副長。それでは、改めて説明させていただきます。隊長、ある部分については私の想像になりますので、異なるところがあれば訂正してください」


「……分かった」






 アイリスは咳ばらいを一つすると、静かな口調で話し始めた。


「まず、隊長の使命を理解してもらうためには、転生、という事象を知ってもらう必要がある」


 いきなり投げかけられた「転生」という言葉に、ヒューゴとルーシーを除いた一同は、あっけにとられてアイリスを見つめている。


 それを意にも介さず、彼女は言葉を続けた。


「では。まず大前提として、私たちは死ぬと、別の肉体に生まれ変わる。このことを、転生と呼ぶ。ここまではいい?」


「……よくはないが、続けてくれ」


 ギルバートが、投げやり気味に言った。


「続けるわ。転生は、通常は同じ世界の中でのみ繰り返される。転生先は、その世界における、記憶情報のない肉体。大多数は胎児、まれに仮死状態の肉体」


「おっと。じゃあ俺は、前世で絶世の美女だった可能性が、わずかに存在?」


 ここはひとつおとぎ話に乗ってやるか、と腹をくくったのだろう。

 身を乗り出したエリックが、くだらない期待感を口にした。


「基本的に、性別はランダムね。だが、お前は恐らく前世の記憶などないだろう?」


「そりゃあ、そうだろう。世界がそんな奴らであふれてたら、大ごとだぜ」


 アイリスは、無表情のままでエリックにうなずいた。


「ほとんどの者では、転生前の記憶は残らない。誰か前世の記憶がある人、いる?」


 数瞬の沈黙の後。

 ヒューゴと、言った当の本人のアイリスだけが、手を上げた。

 隊員たちが、どよめく。


「まあ、隠す必要もないから。死亡時にある特定の因子がある者は、転生時に新しい肉体に記憶情報を持ち込むことができる。だけど、その因子を持つものは、非常にまれ」


「嘘だろ。記憶を引き継いで、生まれ変わる……」


 普段感情を表さないデビッドも、驚愕の色を隠せない。


「さて、話は変わるわ。私たちの宇宙には、次元を超えて複数の異なる世界が存在している。これが、異世界」


 「転生」の次は、「異世界」。

 話しているのがアイリスでなければ、もはや夢物語だとしか思えない。


「死亡、あるいは仮死状態となった時に、異世界に転生する因子があると、異世界に転生する。これが、異世界転生と呼ばれるものよ。単純ね。だけどその因子が存在するのは、記憶情報を継承するための因子と同じく、非常にまれ」


 異世界転生。

 そんなものが、実在するのか。


「まあ、記憶情報の継承因子がない場合は、自分が転生したかどうかも覚えていないから、どこに転生しようがあまり意味はないわ。異世界に転生できて、なおかつ記憶を持ち込める。その二つの因子が同時にあって、初めて恐るべき意味を持つ。けれど、そんな存在は本当にごくわずか。だから、彼らはスペシャルと呼ばれる」


「この世界内で記憶をもって生まれ変わるだけでも、充分すごすぎるが。それで、隊長とアイリスは、この世界の中での転生者?」


「異世界からよ。だから、スペシャルね」


 さらっと言うアイリス。


「お前のその落ち着きぶりが、すでにスペシャルだぜ」


 首を振りながら、エリックがつぶやいた。






「じゃあ、最初の話に戻りますが。アイリスさん、そのシーカーが保存してるという、何とかというものは?」


 ウィルが、何とか話に食らいつこうとする。


「コクーン。まゆって意味ね。仮死状態にした人間の事を、こう呼ぶ」


「じゃあ、シーカーのやってることっていうのは」


「仮死状態の人間を出来るだけ多く保存して、異世界からの転生者を増やそうとしている。記憶がない転生者は役に立たないから処分されるが、まれにスペシャルが出現する。それが、奴らの目的」


「処分……」


「実験体としての用途がほとんどでしょうね。実験に関しては、何も人間に限ったことではない。魔物たちも、かなりの数で肉体改造をされている。この前私が戦闘したタイタンも、その一例」


「そんな、ひどいです」


 クリスティンが、口元を覆う。


「スペシャルを仲間にすることで、異世界の技術や知識を獲得する。シーカーはそうすることによって、この世界を異世界より優位に立たせようとしている。彼らが、自分たちこそがこの世界を守る者だと主張しているのは、決して誤りではない」


 ルーシーは、初めてドノヴァンと遭遇した時のことを思い出していた。


「……そっか。だから隊長さん、スカウトされたんだ」


 隊員たちが、一斉にヒューゴに注目する。

 ヒューゴは、焚き火の炎を見つめながらうなずいた。


「俺はシーカーの一人、ドノヴァンという道化師と接触した。奴も俺と同じく、ユークロニアと呼ばれている、俺が元いた世界からの転生者だった。奴は、ユークロニアの知識を持つものを、シーカーに引き入れようとしているらしい」


「ユークロニア。それが、ヒューゴさんのいた世界なんですね」


 ウィルが、まだ信じられないというようにつぶやいた。


 ヒューゴは立ち上がると、一歩前に踏み出した。


「アイリス、ありがとう。ここからは、俺に説明させてくれ」


 ルーシーは、少しうれしくなった。

 やっと、いつもの隊長さんが戻ってきてる。






「俺はユークロニアにいた時から、死後この世界に転生することをすでに知っていた。しかも、記憶を持って。つまりユークロニアでは、スペシャルであるかどうかが死ぬ前に識別できるんだ。これは、ユークロニアにおいてもごく最近の知見だが」


 時間軸については、どうやら異世界間でおおむねマッチングしているらしいというのが、ユークロニアの研究機関での見解だった。


「俺が所属していたユークロニアの機関は、異世界転生者を研究していた。まれにユークロニアに転生してくる、この世界からのスペシャルを。その結果、この世界において、異世界転生者を増やそうと試みている組織が存在することがわかった」


「それが、シーカーなんですね」


「そうだ。ユークロニアの機関は、シーカーを、そしてコクーンを安置している施設『クレイドル』を壊滅するという任務を、俺に与えた。自分たちの世界の技術や知識を、異世界に流すわけにはいかないからな。そして、俺は死んだ。正確には、仮死状態になったんだが」


「そうして、この世界に……」


 ヒューゴはうなずいた。


「俺は、一年前の上陸作戦で死にかけた、王国の軍曹の身体に転生した。これは、単に運が良かっただけだ。シーカーの保存しているコクーンに転生する可能性も、多分にあった」


「どこかの母親の、おなかの中だったかもしれませんよ?」


 エリックが疑問を呈した。

 数の少ない仮死状態者よりも、それよりはるかに多い胎児に、より転生する確率が高いはずではないか。


「記憶を持って転生する場合は、元の個体と条件が近い個体が選ばれるということがわかっている。おそらく、転生の際に同調しやすいんだろう。だから仮死状態の人間には、成人の、何らかの技能を持ったスペシャルが転生する確率が高い。シーカーが『クレイドル』を建造した理由も、これだ。ユークロニアの俺も、今の俺とそこまで異なっていないと思ってもらっていい」


 これは、ルーシーには以前に話した内容だった。


「じゃあ、アイリスも?」


「私は、胎児からこの世界にいるわ。両親も、普通に王国で生活している」


「でもお前、生まれた時にはすでに異世界の記憶があったんだろ? 良く子供として生活できたな」


 エリックは、彼を見下して皮肉を返す銀髪の幼女を想像して、ぶるっと身を震わせた。


「私の転生歴は、一度や二度じゃない。人間の子供がどのような思考パターンで行動するか、ある程度はすでに学習済みだ。それに私は、いつでも子供のように純粋だよ」


 アイリスは、やはり無表情に言った。

 エリックは今の言葉が冗談かどうか、判断に迷った。






 少しの沈黙の後に話し始めたのは、やはりエリックだった。


「じゃあ隊長は、自分の元の世界のために、この世界が強くなるのを防ぐ目的で、シーカーと戦うってんですね? しかし、死んでも任務に縛られているなんて、愛国心が、いや愛世界心が、少し強すぎはしませんか? 隊長、死んだら元の世界に戻れるんですか?」


「いや。転生先の身体には、お前らが見ているこの身体という意味だが、異世界転生に必要な因子と記憶継承に必要な因子のそのどちらも、恐らく存在していない。だから、今俺が死んだら、この世界の赤ん坊として転生することになるだろう。もちろん何も覚えていない、まっさらなままで」


 ヒューゴはさりげなく、今、という言葉を混ぜた。


 それを聞いたエリックは、肩をすくめた。


「じゃあシーカーの主張するように、この世界を守るためなら、むしろ奴らを倒さないほうがいいんじゃないですか? 隊長はもう、この世界の住人だ。どうしてそこまで元の世界に肩入れするんです?」


 ドノヴァンも、同じことを言っていた。

 この世界が俺たちの終のすみかだ、と。


 ヒューゴは、言葉に詰まった。


 その表情から何かを察したのか、ルーシーが会話に割って入った。


「でもさ。生き物を容赦なく仮死状態にしたり、実験に使うとかって、ひどくない? シーカーは『大陸』の人間と魔物たちをまとめてる、ってイッチェル議長さんが言ってたけれど、そんなひどいことして、みんな納得するかな? そこのところはどうなの、クリスティンちゃん?」


 いきなり話を振られてびっくりしたクリスティンは、あわてて答えた。


「えと、あの、実験の話は、今初めて聞きました。でも言われてみれば、徴兵された街の人たちは、二度と戻ってこなかったです。ずっと遠い戦場に配置されたからだって聞かされていましたけれど、もしかしてそれって」


 ヒューゴは暗い目をしてうなずいた。


「実験について知っているのは、恐らくごく一部なんだろう。転生については、もちろん知らされていないはずだ」


「じゃあやっぱり、奴らと戦う理由はあるわ。そんなこと、いつまでも放っとけない」


 ルーシーは、不安げにうつむいているクリスティンの肩をそっと抱いた。






 議論は、尽きそうになかった。


 朝から様々なことが続きすぎて、全員が混乱していた。

 状況と気持ちを整理する時間が、分隊には必要だった。


 ヒューゴは両手を上げて、隊員たちを制した。


「皆、今まで隠していてすまなかった。今話した通り、シーカーと戦うというのは、すべて俺の個人的な事情だ。お前らは軍人だ、上の命令に従うべきだ。グレース少佐なら、適切な判断を下してくれる」


 ヒューゴも、他の隊員たちも、綿のように疲れていた。


「とりあえず、今日は休もう。俺は明日、グレース少佐に面会してくる。お前たちは街で、残存兵の救護と撤収の準備にあたってくれ。ルーシー、独りでも治癒魔法は使えるか?」


 ルーシーが、唇に人差し指を当てながら答えた。


「うーん、後で復習に付き合ってほしいかも。でもその前に」


 彼女は不意に立ち上がると、ふところから取り出したバンダナをぱんと広げて、きゅっと頭に巻いた。


「まずは、ご飯にしましょ。さすがの私も、お腹がすいたら頭が働かないわ。クリスティンちゃん、少佐さんから小麦粉もらったから、魚のムニエル教えたげるね」


 クリスティンの顔が、ぱっと輝いた。


「ありがとうございます! 私、ぜったいに料理が上手にならなければいけないんです!」


 大切なことを思い出した二人は、さっそくかまどをくみ上げ始めた。


 分隊員たちは救われたように安堵のため息をつくと、それぞれが夕げの支度を始めた。


重攻兵のギルバートだ。

アイリスの話、俺には何が何やらさっぱりだぜ。

隊長もアイリスも、異世界とやらの出身だとか。

まあ、どこからだろうと別に問題はないがな。

大切なのはこれから、だろ?

それじゃ、第一九話「距離」で会おうぜ。

距離感、って大事だよな。

ん? 俺には似合わないって?

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