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第一五話 シンクロニシティ

 まだ星が瞬く、深夜。


 ムーングロウを一望できる丘の頂上に、カウボーイスタイルの道化師が立っていた。

 背後に足音。

 金属音を鳴らし、漆黒の騎士が隣に並んで街を見下ろす。


「もうすぐ夜明けだ。そろそろ頃合いか、ドノヴァン」


 黒いフルプレートに身を包んだ騎士、デュカキスがたずねた。


「ええ、結構でしょう。デュカキス殿にお手伝いいただけるとは、恐悦至極」


 道化師の言葉には、相変わらず人をからかうような調子が混じっている。


「この戦術を使うのは、今回が初めてだったな」


「そう。『大陸』で初めての、魔法攻撃による街のせん滅」


 まばらにまたたく街の灯りを、デュカキスは目を細めて眺めながらつぶやいた。


「住民を避難させたのは、さすがにイッチェル議長だ。できれば救出したいが?」


「彼は街に残っています。運が良ければ、生き残れるでしょう」


 ドノヴァンには、そのことについて気にかけている様子は全くなかった。


 デュカキスはため息をつくと、元来た道を下り始める。


「俺は、街の周囲を固めておく。お前のやることは、正直、見ていて気分がいいものではないのでな」


 黒い後ろ姿がやがて見えなくなると、暗闇に向けてドノヴァンは嘲笑を送った。


「俺は最高の気分だけどねえ。まあ時代遅れの旦那には、刺激が強すぎるかもな」


 ドノヴァンは後方に合図を送った。

 茶色のローブ姿が四人、前に進み出る。


「十年以上探して、ようやく集めたあんた達だ。期待してるぜ」


 四人はドノヴァンに礼を返すと、一斉にフードを後ろに払った。

 男二人、女二人。

 どの顔も青ざめているが、瞳はぎらぎらとオレンジ色に輝いている。


「『タンク』は、充分に運んできてるかい?」


 ローブ姿の一人がうなずくと、後方にうず高く積まれた長方形の木箱を指し示した。

 ドノヴァンは、満足の笑みで答えた。


「それじゃあ、夜明けとともにパーティ開始だ」






「少佐、起きてください」


 簡易ベッドで仮眠していたグレースは、当直の衛兵の声で目覚めた。


 ごおおおん。

 塔の外壁に、地響きが伝わる。


 飛び起きた彼女は下着姿であることも気にせず、窓に駆け寄り街の様子を探った。

 朝もやに包まれた街のあちこちに、無数の火柱が上がっている。


「攻城兵器か? 一体どこから持ち込んだ?」


「いえ、ファイアーボールのようです。信じられないことに」


「火球の魔法? 馬鹿な。一人の魔導士が使えるファイアーボールは、一日でせいぜい三発が限界のはず。魔導士を何十人も集めることなど、できるはずがない」


 グレースは階段を上がって塔の頂上に出ると、周囲を見渡した。

 太陽はまだその姿を完全には見せていないが、東の空はすでに明るい。


 西にある丘の頂上から、こちらに向かって無数の火球が降り注いでいるのを、グレースは見た。

 確かに、魔法だ。

 間違いない。


「私の剣と鎧を。兵士たちには、速やかに街の外に出るように伝えよ。これでは、蒸し焼きにされる」


 従者にそう言うと、彼女は塔の階段を駆け下り始めた。


「街の中に誘い込まれるとは……ぬかったな」






「治癒魔法で、ライフ・フォースを回復させることはできない」


 両の瞳に炎を映しながら、ドノヴァンはつぶやいた。

 四人の魔導士たちは、間断なく火球の呪文を唱え続けている。


「だから、魔法の長時間の連続使用は困難だと、考えられていた。これまでは」


 眼下の街は、その大半が灰になろうとしている。


「それならば、治癒魔法以外でライフ・フォースを補充すればいい」


 よく観察すれば、それぞれの魔導士の首筋の右側に、二本の太いチューブが接続されているのが見て取れたかもしれない。


 鮮紅色と暗赤色の、二本のチューブ。

 動脈と、静脈。


 それらは、彼らが運び込んできた例の木箱の中へと続いている。


「簡易的な血液透析、ってところか。ライフ・フォースを失った血液を、新鮮な血液と入れ替える。こうすれば消耗の激しいファイアーボールも、連射し放題って訳さ」


 長方形の箱の中に入っていたのは、人間だった。

 首には、やはり二本のチューブを装着されて。






 ヒューゴたちも、街の方から聞こえてくる轟音と流れてくる尋常ではない煙に、慌ててはね起きた。

 ムーングロウの街が燃えている。


「全員、臨戦態勢だ! エリック、大隊からの連絡は?」


「……西の丘から、魔法で攻撃されていると。詳細は不明ですが」


 耳に手を当て集中しながら、エリックが魔法的に伝達された波動を拾おうとしている。


「魔法? 投射魔法が数発撃たれたところで、街が落ちるはずはないが……」


「隊長。何らかの方法で敵の魔導士の能力が強化されている可能性が、最も高いと考えます」


 そばに控えていたアイリスが、わずかな動揺も示さずに言った。


「強化。まさか」


「治癒魔法による強化ではないでしょう。魔法で魔法はブーストできない。おそらく、我々の想像を超えた技術で」


「シンクロニシティ……」


 小さくつぶやいたヒューゴの言葉を、アイリスは聞き逃さなかった。


「隊長、その言葉をどこでお知りになりましたか? 別のスペシャルと接触を?」


 今度はヒューゴが驚く番だった。


「君こそ、何故」


 アイリスはヒューゴから視線を外すと、赤く染まる街の空を見た。


「隊長、今はお話しする時間がありません。いずれ時が来れば。それより、急ぎましょう」


 我に返ったヒューゴの決断は、早かった。


「隊を二つに分ける。マシューとギルバート、アイリスの三人は、街の門に先行してくれ。敵は、街を脱出しようとする兵を待ち伏せしているはずだ。そいつらを排除し、友軍の退路を開く」


 名前を呼ばれた時には、三人はもう装備を終えていた。

 疾風のように、森の外へ駆けだす。


「ウィルとハリソンは、西の丘へ。ただし、丘には登るな。丘から降りてくるものがあれば、そいつは敵だ、排除しろ。俺とルーシーも、後から行く」


 丘には登るな?

 ウィルにはその意図するところがわからなかったが、疑問を持つこともなかった。

 ヒューゴさんには、何か策がある。


「わかりました。丘からは、誰も逃がしません」


「気をつけろよ、ウィル。敵の攻撃は、魔法がらみだ。あのクゥシンとかいう女魔導士がいるかもしれん」


「同じ相手に、二度遅れは取りません」


 ウィルが鋭い視線で、西の方角を見据える。

 もはやそこには、少年の面影はみえない。

 ヒューゴは場違いだと思いつつも、わずかに寂しさを感じた。


「任せた、ウィル。ハリソンも、頼む」


 号令一下、二人も脱兎のごとく西の方角へと走り去った。


「隊長。俺とエリックは何を?」


 デビッドが、サレット兜のあごひもを締めながらたずねる。


 ヒューゴは、ルーシーの方を振り返った。


「ルーシー、デビッドの眼の強化を頼む。水晶体と網膜、視神経、脳の外側膝状体、視覚野に至るまでの、一連の視覚路については覚えているか?」


「もちよ。外眼筋と内眼筋の強化も、必要でしょ?」


 そうだった、忘れてたな。

 解剖学の知識は、もう俺より上か。


「デビッド。強化の後、エリックと二人で速やかに街の塔に向かえ。あとは、わかるな?」


 二人の会話を聞いていたデビットは、その単語のはしばしから、自分の役割を正確に理解していた。


「ラジャー。魔導士を狙い撃つ」


「エリックは、本隊と適宜連絡を取りながら、デビッドの補佐を頼む」


 ルーシーが、あわてて言った。


「ちょっと待って、隊長さん。この地図だと、街の塔から西の丘まで、千八百メートルはあるじゃない。仮に敵が見えたとしても、矢が届くわけないわ」


「腕まで強化している時間はない。それにデビッドなら、届く」


 デビッドもルーシーの肩を叩いた。


「大丈夫だ、治癒師殿。眼だけでいい、すぐに頼む」


「う、うん。じゃあ、座って」


「あと、本も頼む」


 ふ、不倫。


「もう。集中できないじゃない」


 ルーシーは赤面しながら、デビットの眼に両手をかざし始めた。






 ムーングロウの街は、火の海だった。


 外へと通じる大門を開いて外へ逃れ出ようとした数少ない兵士たちは、そこにリザードマンの軍勢が待ち構えているのを見た。


 リザードマン。


 二足歩行のトカゲ、というよりワニに近い。

 曲刀であるシミター、円形のラウンドシールドで完全武装しており、そのレザーアーマーは黒一色に塗装されていた。

 知能はさまざまと言われているが、目の前の彼らは、統率が取れていてすきがない。


「武器を捨てて、投降しろ。俺たちは、降伏する者たちを皆殺しにしたりはしない。魔物を皆殺しにするお前たちと違ってな」


 リザードマンたちの先頭に立っているのは、漆黒の騎士デュカキス。

 士気が低下し崩壊寸前の王国軍において、彼の宣言を聞いてもあえて戦おうとするものはいなかった。


 ただ一人を除いて。


「サンダーブレード!」


 前衛のリザードマンの一人が、門の向こうから飛び出てきた雷光に貫かれ、煙を上げながらどうと倒れる。

 不意を突かれたデュカキスは、背につるした巨大なバトルアックスに手をかけた。


 王国の魔導士か。


「俺の大切な仲間を。ただで返すわけには、いかん」


 普段は鷹揚な漆黒の騎士が、怒りをあらわにしている。


「それはこちらのセリフです、暗黒騎士殿」


 門の奥から姿を現したのは、王国の女騎士。

 グレース少佐、その人だった。


 チェインメイルに、両手持ちの長剣バスタードソード。

 セミロングの茶色の髪が炎を照り返して、赤銅色に輝いている。


「魔法騎士か、中途半端な。接近戦では、魔法は意味をなさん」


 グレースはバスタードソードを正眼に構えると、微笑した。


「私があなたの前にわざわざ姿を現した意味を、お考え下さい」


 デュカキスは、少し感心したように言った。


「剣でも負けない、と。兵を守ろうとするお前の心意気だけは、買おう」


 デュカキスは背に構えたバトルアックスの柄に手をかけたまま、グレースへとまっすぐに突進した。


 速い。


 グレースは、両手持ちのバスタードソードを、自分の首筋に当てて構える。

 刃をずらす。

 左。


 金属音とともに、グレースの左の頸部に火花が散った。

 グレースの首を狙って高速で打ち込まれた大斧が、長剣で見事に止められている。


 デュカキスは、感嘆の声を上げた。


「またしても、俺の居合を。先日に続いて二回もかわされるとは、驚きだな。それも、どちらもレディときた」


 恐るべき、剛力。

 グレースの額に汗が浮かぶ。


「首を狙ってくるのはわかっていましたが、左右どちらから来るのかは、わかりませんでした。勘です」


「勘に命を懸けることができるのか。面白い」


 デュカキスとつばぜり合ったグレースの周りを、数匹のリザードマンがざあっと囲む。

 赤い房の付いた兜をかぶった、ひときわ体格の大きなリザードマンが、デュカキスに声をかけた。


「司令、動かずにお願いします。とどめは我々が」


 デュカキスはグレースに、悪びれもせずに言った。


「卑怯などとは、思わんぞ。俺はこれ以上、仲間を失いたくない」


 グレースは、背の高いデュカキスを下からにらみながら答えた。


「損害を最小限に抑える。指揮官として、当然の判断でしょう」


「ご理解、感謝する」


 グレースは動けなかった。

 剣を引けば、その瞬間切られる。


 じわじわと囲みを狭めたリザードマンたちが、曲刀を振りかぶった瞬間。


 一人の装甲兵が、疾風のようにリザードマンたちの間に割って入った。

 鉄製サレット兜の下に見える、黒い顔と白い瞳。

 マシュー副長だった。


 マシューは、驚いているグレースの背に密着するとつぶやいた。


「魔装具『メタルブラック』、励起」


 一見すると何の変哲もない彼の鋲打ち革鎧が、金色に輝く。


「ストロングシェル!」


 マシューとグレースを中心に空間が歪曲し、球状の空間の表面に、鉛色に鈍く光る金属製の殻が構成された。


「魔装具!」


 瞬間的な圧力に抗しきれず、押し込まれるように、デュカキスがずずっと下がる。

 と、金属球の表面に格子状の亀裂が入ったかと思うと、爆裂音と共に破片が四方八方に飛び散った。

 デュカキスとリザードマンの副長はとっさに武器を構えて耐えたが、その他のリザードマンの大多数は、ことごとく深手を負っていた。


 グレースが髪を振り乱しながら、背後のマシューを振り返る。


「あなたは、第七独立分隊の副長ですね。街からの退却のタイミングを逃しました。私の勘も、大したことはありませんね」


「ここは我々が防ぎます。少佐殿は、退路の確保を」


「わかりました、お願いします」


 グレースはその場から離れると、門の外に群がる魔物の軍勢に、再び雷撃の魔法を放った。


「させん!」


 デュカキスはグレースに追いすがろうとしたが、頭上から振り下ろされたウォーハンマーに行く手をふさがれた。

 バトルアックスの柄が、かろうじてそれを受け止める。


 二つの武器が、びりびりと震えた。


「待ちな、おっさん。本当はこういうのが好きなんだろ?」


 長大なウォーハンマーを素早く手元に引き戻しながら、赤毛の重攻兵ギルバートがにやりと笑った。


「なめるなよ、若造。そんな軽い打ち込みで、俺を押し切れると思っているのか」


 デュカキスも笑みを浮かべると、バトルアックスをいったん背に戻す。

 居合の構えだ。


「挨拶でマジになられちゃあ、困るねえ」


 同時に飛び込むと、旋風のように舞う二人。


 五合。

 十合。


 槌の頭と斧の刃先が打ち合い、火花が散る。

 汗が蒸気となって、吐息と入り混じる。


「やるではないか、若造。これが最初で最後となるのが心残りだ!」


「俺の方こそ残念だよ。おっさんがもう十ほど若ければ、いい勝負になったのになあ!」


 二人の戦いは、いつ果てるとも知れなかった。


お久しぶりです、ウィルです。

魔法の連射なんていう敵の予想外の攻撃に、驚いています。

ハリソンさんと二人で早く止めないと。

次回、第一六話「白金のネックレス」。

大切なものはいつも目の前にありますよ、ハリソンさん。


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