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第7話 冒険者

 冒険者組合への紹介状を書いてくれるというマビ。

 ただ、まだ冒険者になると決めたわけではない私は、いくつか気になっていたことを聞いてみる。


「冒険者とは、具体的にはどのようなことをする職業なのですか?」

「え? あー、そういえば言ってなかったかもね。冒険者って言うのはね……」


 マビの話によれば、魔物の領域で何らかの仕事をする人で、国や貴族の兵士ではない人のことを冒険者と呼ぶらしい。ちなみに違法な山賊などを除く。

 国の兵士や村の番兵などを動かすほどの大事ではないが、それでも立ち入り禁止となっている魔物の領域でやって欲しいことがある。その場合に動かせる便利屋というのが、現在の冒険者の実態らしい。


 元々は冒険者の名が示す通り国が募集した魔物の領域の調査員という名目だったらしいのだが、商人やら村長やらが移動中の護衛や薬効の高い植物の採取、番兵を脅かす魔物の討伐などを頼み始めたのが現在の依頼で稼ぐ形の始まりだ。

 近場の魔物の領域を調べ尽くした今では、調査ではなくそちらの依頼の方が主な仕事になっている。今でも制度上は未確認の遺跡を見つけたりすれば褒賞があるし、遺跡を見たがる学者の護衛なども仕事としてあるらしいのだが、数は少ないそうだ。


 また、冒険者は平民がお金で行使できる、ある種“自由な”武力として限定的に認められてはいるものの、力を付けて上位に行けば行くほど高い報酬と引き換えにしがらみも増えていく。逆に下位は気楽なものだが、そちらはそちらで金銭的な苦労があるようだ。


「それでね、上級冒険者はこうして実力者に紹介状預けることができてね、7級から始まるところを5級から始められるんだよ。二人は実力だけ見れば私なんかより強そうだけどね……」

「一番下が7級で、一番上が1級ですか?」

「そうだね。7,6級が下級、5,4級が中級、3級から上が上級で、私は一応3級で、上級冒険者なんだよ。その中の一番下だけどね」


 上級だけ3つ階級があるなと変なところが気になったが、マビ曰く1級は普通上級に含まないのだという。冒険者から出世したのは確かだが、もう既に冒険者という枠組みに居ないらしい。

 それもそのはずで、1級冒険者は国から直々に指名を受けて動くのだそうだ。便利屋ではなく事実上、対魔物用に国家が保有する戦力として数えられる。枠組みの中で育ってしまった以上冒険者を続けてはいるが、市民が持っていい力の範疇を超えているという国の判断だ。そのため、冒険者を管理する冒険者組合を通しての依頼など一件も来ない。依頼料が高過ぎて。


 そんな話で冒険者の詳しい事情も一段落。制度上冒険者がどのような存在なのかはよく分かった。


 私に冒険者の説明をしながら、やや粗い紙に見たこともない文字を書いていたマビは、書面の中ほどでその手を止める。

 そして気まずそうにこちらに視線を向けた。


「あー、えっと、ごめん。二人の名前聞いて無かったよね」

「ああ……そういえばそうでしたね」


 私は咄嗟にアヤメと名乗りかけて、少し黙る。

 自分の名前は“今風”ではないだろうし、時代に合った自然な偽名など思いつかないのは仕方がない。そっちはもうどうしようもないので諦めるしかない。


 しかし、一つだけ問題があった。

 私は通訳の魔法を一旦閉じると、今までずっと隣で控えていたミラーに向き直る。


「ドクター、どうかしましたか?」

「いえ、あなたの名前、どうしましょうか」


 そう。マビは二人と言っていた。つまりその紹介状とやらは、私には読めないが二人分である前提の文章になっているという事である。

 今呼んでいるミラーという名前は、カードの起動の言葉であって正式な名前ではない。月見と雪見もカードの言葉ではないのと同様に、彼女にも名前があってもいいのではないだろうかと考えたのである。すごく、今更なのだが。


 ミラーは私の問い掛けに一瞬驚いたような顔をしてから、ふっと微笑んだ。


「どうか、ドクターのお好きな様に」

「むぅ……私のネーミングセンスを信頼していいんですか?」


 自慢じゃないが、私はペットにペットと名付けた過去のある女だ。

 流石にあんまりだと本人から言われ、その反省を生かしてつけられた名前が雪見と月見である。白と黒の対照的な二人だが、名付けてから月だって白っぽいよなと何度も思っている。


 いや、今回は本人が私に名付けろと言っているのだからその辺りは気にしないことにしよう。

 こういうのは安直な方がいいと思う。雪見も月見も捻り過ぎたのだ。しかしペットほどの安直さであってはならない……。

 ミラーだからカガミ……はペット並みにそのままだし……ミラ……もそのままだし……ダメだ。もう思いつかない。ミラもそんなに悪くないかなぁ。


 私はしばらくうんうんと唸っていたのだが、これ以上マビを待たせるわけにもいかない。一()ず仮決定としよう。


「……では、これから当面の間、あなたはミロです」

「はい。分かりました」

「私もこれからアヤを名乗るので、ドクターと呼ぶことのないように」


 私にとってもこれは、アヤメの名を捨てるチャンスである。九重の爺が付けたのか誰が付けたのか分からないが、もう思い出せない本当の両親が名付けてくれた“本名”はもっと別の名前だったはずなのである。


 私はもう一度翻訳の魔法を使用して、マビに私達二人の新たな名前を告げる。彼女に言われて指定された場所に不慣れなサインを書き記すと、マビはしっかりとその書面に封をするのだった。



 ***



 村と街を繋ぐ道をひたすらに歩く。

 紹介状を書いて貰いマビと別れた私たちは、一通りあの農村を見学させてもらった。そして決して広くはない農村を見終えてから、一番近い冒険者組合のある場所、城壁都市フジャラを目指している。


 既に日は落ちているが、道は煌々と明るい。私が魔法で照らしているのだ。地味な役回りながら、久し振りの活躍の機会に大はしゃぎのライトのカードは、その名の通りに光り輝いて宙に光の帯を残している。

 光源が一つの割りに明るいのは、その光の軌道そのものが光を放っているからである。時折様々な色に変色するので、まるで宙を泳ぐネオン管のようだ。あの、赤い光の夜道は怖いので白に固定してもらえませんか? 緑もちょっと……。


 都会っ子の私にとって、街灯のない道、しかも小石をどけて踏み固めただけの(わだち)でしかないこんな道を歩くのは初めての経験である。私のいた時代の日本でも、田舎の農道は似たような雰囲気だったのかもしれないが、都市部に住んでいた引きこもりなので生憎そんなものに接した経験はない。

 もう既に幽霊が怖い年ではないが、暗いところはあまり得意ではないのだ。


 真っ暗な春の夜は恐ろしいが、それでもどこからか優し気な風が吹いていた。生温いと表現すると途端に恐ろし気になるので、ずっと優しいままの君でいて欲しい。


「それにしてもアヤさん、あの話どうするつもりですか?」

「あの話……?」


 何が出て来ても大丈夫なように、しっかりと腕を抱き締めていたミロがすぐ隣で急に話し出す。突然耳元で話しかけられ、そしてそれが自分と同じ声なので、ちょっと心臓が跳ね……ない。ピクリとも動かないな、これ。

 私は抱き締めていた腕をわずかに緩め、この夜道をちっとも怖がっていない自分と同じ顔を見上げた。


「さっきのマビさんの話です。冒険者は集団を作って……」

「ああ、最低3人集めた方がいいってあれですか」


 ミロの話を聞いて、そういえばと思い出す。決して忘れていたわけではないが、暗い道ばかりに気を取られていた。


 最低3人とは、あの紹介状を貰い受けた後も冒険者としての細かなレクチャーを受けていた私たちが、マビから最後に聞いた言葉のことである。


 まず、冒険者はパーティとも呼ばれる集団を作って依頼を受けることがほとんどらしい。

 もちろん一人でできる依頼もあるが、大抵は組合が集団で受けることを推奨する形となっている。生存率の上昇や、万が一死者が出た場合の連絡手段、そして限りある依頼が取り合いになることを避けるなど、組合側からしてみれば色々な狙いのある措置なのだそうだ。


 依頼を受けられる最低人数は依頼によって区々(まちまち)だが、一人や二人と言うのは数が少ないらしい。

 毎日のように来て、尚且つ稼ぎになる依頼は大抵三人か五人が最低人数となっている。そうでなくとも単純に危険を回避するために、冒険者は特定の人物と固まるのだそうだ。


 マビは話の中で魔物以外の危険も沢山あるのだと言っていた。不審な依頼人や、不埒な冒険者、魔物の領域に無断で立ち入る盗賊など。

 そんな理由もあって、できれば私達も信頼できる人をもう一人見つけた方がいいという話をしていた。それが最低3人の話。

 中級くらいだと冒険者の中にも、まだまだあくどい方法で良い思いをしようと考える連中が多いのだそうだ。上級になって来ると妙なのが弾き出されているので、特定の面子で組まなくても良くなってくるようだが。尤も、上位でもそんな変なことしているのは、どうしても事情のある人だけで少数派であるとも言っていた。


 そんなありがたいアドバイスのを聞いた私達は、それでも特に対策は思いつかなかった。話は納得したしこちらも拒否する理由はないのだが、そう簡単に人を信頼などできるはずもない。

 何よりこちらは冒険者になると決めたわけではないのだ。存外これから向かう土地の居心地が悪くて早々に立ち去る可能性も否定しきれない。信頼できる真面目な冒険者に変な迷惑をかけるわけにもいかないのだ。


「確かにマビさんの言う通り、二人では些か戦力不足だと思います。魔物は結構強いようですし」

「でもそんなことを言われても、街に着くまではどうしようも……」


 ないと言いかけて、ふとあることに気付く。

 私達なんて元々、一人が二人になっているようなものだ。ミラーとは私の分身を作り出して攪乱することを目的とした、言ってみればファントムの強化版のような魔法。囮であり攻撃手段でもある。

 そこにちょっと細工をして疑似的な人格やらなにやらを加えてはいるものの、基本的には月見や雪見と同じだ。彼らもミラーに近い知性を持っているし、そもそもカードはすべてそれなりに感情や意識を持つように作った。唯一違うのは人型を取れるか否か。


 それが一人として数えられているのだから、後は簡単だ。

 もう一人作ってしまえばいいのである。



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