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第4話 初戦闘

 ややクマの集団側に傾きながらも、膠着状態に陥っている戦場に小さな影が駆け込んだ。

 一見何の役にも立たなそうな小さな小動物は大柄のクマの足元に忍び込むと、影の中にぬるりとその体を沈ませた。見えるのは怪しく輝く赤い瞳だけである。


 私はそれを見送ると木の陰からその姿を晒し、一つのカードを使用した。


「ファイヤ!」


 燃え盛る炎を示すそのカードは、自身に宿るその力を開放する。

 私の目の前で火球が生み出されると、それは一直線にクマに向かって飛んで行った。そしてその茶色の体に直撃すると、爆音を響かせて破裂する。


 通し番号2番のカードは火炎のカードだ。

 ちょっとした料理から、洗濯物の乾燥まで手広くやってくれる優れ物である。まぁそのまま一枚で攻撃にも一応使える。


 普通の人間なら軽く吹き飛ぶような魔法を受けたクマは、その長い首でぎょろりとこちらを睨む。複数体いるオオカミは苦戦中だった彼らに任せて、この大物だけ相手に……と思っていたのだが、そうはいかなかった。

 戦っていた人間の内の誰かが何かを叫ぶ。その瞬間にオオカミの群れが私に向かって跳びかかり、


 そして、空中でその動きを止めた。


 影のような黒い帯が地面から飛び出て彼らの体を突き刺しているのである。

 普通だったら死ぬだろうという量の血を巻き散らしながらも、何とか脱出しようと(もが)くオオカミたち。


 これは先程影に隠れた月見の魔法だ。

 独自に魔法が使える月見と雪見は、こうして私の援護をするために割と最近(私主観)作ったカードだ。見ての通り制圧に適しているので、こちらで注目を集めてから不意打ちするのが主な役割になっている。


 乱暴なやり方で拘束された動物たちを見て、ミラーがぽつりと疑問を呟く。


「もしかして魔法、あまり効かないのでしょうか」

「さて、どうでしょうね。生物にこうして使った経験がないので、何とも……」


 そんな観察をする余裕な私たちを前で、攻撃してきたオオカミのついでとばかりに拘束されていたクマが強く地面を蹴った。

 重量に耐え切れなかった影の刃はぱきりと音を立てて影が折れ、クマに刺さっていた部分が消えて行く。


 クマは自由になった直後に、私の元へと駆け出した。

 その表情は憤怒に燃えていて、とても痛いだとか逃げ出そうという意思を一切感じないものだ。先程も言ったようにあまり対峙した経験がないので判断に困るのだが、野生の動物とはこういうものなのだろうか。


 しかし、はるか頭上へ振り上げられたその剛腕を見て、一つ確信したことがある。


「サンダー! これ、思ってたより余裕じゃないですね!」


 私は四足で駆ける異常な速度を前にして、苦し紛れに魔法を使うと木の陰へと逃げ込む。

 バチンと雷撃が弾ける音と共にクマも怯む様子を見せたが、それも一瞬の事だった。すぐに前傾姿勢に戻ると、痛みを与えた者へ復讐するために足を動かす。


 しかし流石に雷撃を受けたのは多少問題だったのか、その動きは少しぎこちなくなっているようにも見える。

 私が逃げ込んだ木が長い腕でなぎ倒されるのと、私が次の魔法を使ったのはほぼ同時だった。


「ファントム!」


 蜃気楼の絵が描かれたそのカードを使用すると、私の視界に何人もの自分が映る。

 9番の幻影のカードだ。効果は一時的に自分の身を隠し、幻を見せること。見せる幻は多少手を加えられるので色々な使い道があるのだが、とにかく自分の幻を見せて敵をかく乱させることが多い。


 私は魔法を発動した直後に慌ててその場から逃げ出すと、クマは何度か幻を爪で引き裂いた後、鼻がいいのかこちらをぎろりと睨む。まだ効果があってもよさそうな状況だが、完全にバレてしまったらしい。


 しかし警戒しているのか、その歩みは止まっていた。

 図体の割りに俊敏で鼻も利くと中々の強敵だが、それでもあらゆる魔法を回避できるような速度ではない。警戒しているのか何なのかは分からないが、私を襲うのを止めた時点で間抜け確定なのだ。


 私は二枚のカードを掴んで魔法を発動する。

 一枚は大地を砕く落雷のカード。先程も使って、あまり効果が見られなかったものだ。

 そしてもう一枚のカードには天使の絵が描かれていた。


「エンゼル・サンダー!」


 二枚のカードの魔力が混じり、突如としてクマの頭上から閃光が落ちた。

 至近距離でその光が落雷だという事に気付いた者はどれだけいただろうか。使った自分でさえもこれが“神の怒り”なのだと言われれば信じてしまいそうな激しい閃光と轟音。

 それが直下にいたクマを襲った。


 エンゼルとデビルは少々特殊なカードだ。

 通し番号はそれぞれ10と11。カードの魔法はこちらで操作すれば多少の融通は利くものの、それでもカードの内部の魔力に頼って発動する関係上、効果の上限はどうしても出て来てしまう。それを解消するために作った、カードの強化用のカードなのだ。そのため単体で使ってもあまり意味はない。尤も、こうして同時に使うと、単純な威力の増強に留まることはそう多くはないのだが。


 自然と強く瞑っていた目を恐る恐る開ければ、そこに残っていたのは全身が炭化してしまっているクマの肉体だけであった。

 一目見れば絶命していることが分かるそれを見て、私は逃げてきた道を引き返す。クマによって倒された木を見てぞっとしたりもしながら歩いていると、こちらではオオカミの頭が綺麗に落とされて地面に落ちていた。頭蓋丸出しのその姿はなんだか何かの儀式のようにも見えるが、そうではないことを私は知っている。どうやらこちらは月見とミラーが処理してくれていたようだ。


 意外な強敵との闘いに若干辟易している私が姿を見せると、ミラーを捕まえて何かを話していた人間の集団がこちらを一斉に振り向いた。

 そして大げさな手振りで何事かを口々に告げる。


「ミラー、通訳とかできますか?」

「出来るならこんなに困ってはいませんね」


 しかし残念なことに彼らの言葉は一切何も聞き取れないのだ。

 彼らは英語でも中国語でも、ましては日本語でもない言語を使っている。尤も、これがそれらの言語だという可能性は否定できないのだが。

 社会情勢と言語教育事情を知らない上に、あれから5000年も経過しているのだ。古墳時代の日本語を日本語だと聞き分けられる自信がある者はどこにいるだろうか。5000年後というのは、それ以上の年月が経過しているのである。


 向こうも、私達二人が知らない言語で会話しているのを聞いて困惑している様子だ。もしかすると鏡像のように瓜二つの私たちを見て不思議に思っているのかもしれないが、何分言葉が通じないので本当のところは分からない。


 しかし、言葉が通じていないという状況を前にしても、私は特に焦ってはいなかった。外国人と話した経験はほぼないし、ボディランゲージが異常に得意と言う訳でもない。


 それでもなぜどうにかなるだろうという自信がるのかと言えば、何を隠そうペットに言葉を教えた経験はあるのだ。

 私は腰から一冊の本を取り出すと、大昔に友達が欲しくて作った“犬と会話できる魔法”を使う。私を光の帯がくるりと取り囲むと、それは体の中へと溶け込んでいった。


 すると耳に入る言葉とは別に、脳裏に話している内容が浮かんでくる。これは誰かが、もっと言えば何かが、言語として伝えようとした“意思の形”である。


 私はぱたんと本を閉じて、何事かを話していた集団に向き直る。ちなみに魔法自体は成功しているはずだが、大勢に一気に話されると混線して何が何やら分からないので、実際にはまだ何も分かっていない。


「あー、その、これで言葉が通じていますか?」


 犬とも話せる魔法なので、未来人とはいえ人間と会話するのに問題はないと思うが、一応確認のためにそんな言葉から始める。

 私の“声”を聞き取った彼らは、驚きの表情を見せた。ついさっきまで言葉が通じていなかった人に、魔法で話しかけられたのだから当然だろうか。その辺りの常識がないので何とも判断が付かない。


「あ、うん! 分かるよ! 助けてくれてどうもありがとう!」


 魔法で話しかけたことが理由なのかは分からないが、さっきまでバラバラにはなしていた彼らから、代表者のように一人が一歩前に出て私達に礼を述べる。


 その人物は、少女と言ってもいいような容姿の女性だった。

 いや、未来人的に女性を女性と呼んでいいのかは分からないし、実はこの格好で男という可能性もなくはないが、少なくとも体つきは私の主観では女性である。


 年齢は十代後半から、いくら童顔でも二十代前半くらいまでには見える。小柄な私と比べると身長は高いし、剣士として戦っているせいか肩も足も筋肉質だ。

 服装は胸当てや小手など最低限の防御だけをするような革鎧に、桜色の布の服。動きやすさを重視しているように見えるが、あんな生物がいる世界では革鎧でも布の服でも十分な防御力を誇っているのかもしれない。ただの予想だが。

 この人が代表者になった理由はよく分からないが、もしかするとこちらが女性だということで、同い年くらいの彼女が応対するという気遣いの表れなのかもしれない。


 私は彼女の言葉に鷹揚(おうよう)に頷いて見せる。


「別に大したことではありません。それよりあなた達、こんな場所で何をしていたのですか?」


 そして、とりあえず当たり障りのない質問をするのだった。



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