第2話 現状把握
21枚全てのカードに魔力を籠め直すと、カード達は私の帰還を喜ぶようにはしゃぎ回る。
最後に月見と雪見にもカードに戻ってもらい、多少魔力を入れてメンテナンスをする。彼らは他のカードと違って自分で魔力を生み出して動く仕組みにはなってはいるが、それでも形あるものは徐々に壊れていくことから逃れられない。
無理をしていたのだと一発で分かる消耗具合を見て、私は少し眉を顰める。未だに何とか動いてはいるものの、記憶から細かな部分を思い出して直すのは難しそうだ。
それを見たミラーは腰から四冊の大きな本を取り出して、私の前に積み上げた。それは(私の主観の)記憶に新しい本だ。様々な理由でカード化できなかった魔法や、カードの仕組みなどが書かれている。
「ありがとうございます。見た感じ大分古ぼけてるけど、まだ読めますね」
私は本を開いて月見と雪見の破損個所を直しながら、一番気になっていたことをミラーに問う。
「それで、今はあれから何年後なんですか? 見た所十年くらいは経っていてもおかしくない感じですけど。この森以外は」
「ああ、それはこれで……痛っ!」
ミラーがカードの山から一枚、星のカードを引き抜く。抜かれたカードはミラーの手を嫌うように逃げ出すと、おでこに尖った角を突き立てた。出血こそしていないがそこそこ痛そうだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「え、ええ……問題ありません。私に使われるの嫌みたいですね……気持ちは分かりますけど」
ミラーから逃れた星のカードは、ひらりと私の手に舞い降りる。どうやら私が直々に使えと言いたいらしい。
カード達はそれぞれ感情のようなもの持っているので、私以外に対してはたまにこういうことがある。とはいえスターが自分の意志で人を攻撃したことなど記憶の中では一度もなかったはずだ。
「あなた、そんなこと気にする性格でしたか……?」
月見と雪見のとりあえずの応急処置を終えた私は、不思議に思いながらも星の描かれたカードを手に立ち上がる。
そしてカード内部の魔力を動かしながら頭上へと放り投げた。
「スター!」
起動のキーワードに反応して、一枚のカードが効力を発揮する。
薄暗い森の中で私を取り囲むように半球状の図面が映し出される。数多の点と無数の目盛りが描かれたそれを見て、私はほんの少し首を傾げた。
通し番号16番、スターのカードに秘められた力は大したことはない。
ただただ星の巡りを見るためだけのカードである。現在の星図はもちろん、過去や未来の星さえも見ることができる優れものだ。
そんな私がただ調べものをしなくても済むようになるだけの魔法だったのだが、正常に使う事ができるということはこの魔法が正確に必要な情報を把握しているという事である。つまりは現在の日時と現在地を教えてもらうことができるという事に他ならない。
そしてカードから教えてもらった目盛りを見て、私は疑問を覚える。
「……これ、位置情報がずれてるとか星が長い事観測できていないとかじゃありませんよね?」
「そうではありません。実際に見てみては?」
一緒に星図の中にいるミラーが私の疑問に答えてくれた。
答えてくれたが、信じることはできなかったので実際に見てみるという提案を実行する。ここは空が見えない程の森で、僅かに漏れる木漏れ日から推察するに真昼間だが、私が天体観測をするには晴れてさえいれば十分なのだ。曇っていても最終手段があるが、目立つので滅多にやらない。
「フライト」
久しぶりの魔法の使用に沸き立つカードたちの中から、私は鳥の描かれたカードを指で弾く。
すると星の重力から解き放たれるように私の体がふわりと宙へ浮き上がる。そのまま背の高い木の一番上までやって来ると、私の移動に従って空を舞うカードの輪の中からもう一枚カードを使用した。
「ダークネス」
黒いカーテンの描かれたカードは、私の魔力に反応してさんさんと降り注ぐ太陽光を遮る。
私の周辺だけが夜のように真っ暗になってしまった。太陽の光だけを遮っているので星はよく見える。急激な光量の変化に目を慣らしながら、私は魔法の星図と実際の現在の星の位置を比べていった。
高さの変化に反応して少し目盛りが動いた魔法の星図は、闇の帳によって姿を現した星々の位置にピタリと合わさっていた。
「全員で私の事騙そうとしている訳じゃないですよね……?」
あまりの信じられない値に、思わずそんなことを疑い出す。
ダークネスとスターのカードが協力すれば、この状況はあっさりと作り出せるが、それにはカード全員の同意がなければ不可能だろう。
自分まで疑われて怒ったのか月見が帽子の上に降り立って、一声鳴いた。
彼の体重で少し沈んだ視線の先には、日時を示す目盛りが堂々と現実味のない数値を示していた。その隣には経度と緯度から算出された現在位置まで日本語で書かれている。
「西暦7013年、5月23日……日本、新潟県沖上空……」
私が死んだのは西暦2017年。
一人のアフリカ系アメリカ人が任期満了でアメリカ大統領の座から降り、次の大統領が就任。世界中で抗議デモが起こり、世界の終末を示す時計という何だかよく分からない概念を持った時を刻まない不良品が30秒くらい動いた年の七月の事だった。夕立の来そうな空模様の割りに風のない日だったのを覚えている。
ここから導き出される事はつまり、私は死後5000年もの時を超えてしまったという事実である。
私は発動中の二枚を回収して、ミラーが待つ場所まで戻って来る。
最後にフライトのカードをデッキに戻すと、体の重みから解放されていた両足が仕事に戻る。私は記憶と比べると古ぼけた様に感じる本を一冊手に取った。
「……五千年って、実感湧かない数字ですね」
「そうかもしれませんね。私は長い事使用できないカードとして封印されていたので詳しく知りませんが、あまりに長い時間です。何度か人間の文明も滅んだようですし」
「この本だって年代からは考えられない程新しく……さらっと今とんでもないこと口走りませんでした?」
腰のベルトに取り付けられたホルダーにカードと本を収納していると、ミラーが聞き捨てならないことを言い始める。
文明が滅んだって何? それは江戸幕府が滅んだとかそういうレベルの話?
私が呆けた顔でミラーを見れば、本当に詳しくないのだという前置きをしてから詳細を語り始めた。
「まずは……順番に話すと、私達はあの戦いの後はハナビに協力していました。彼女、私のことは一度もまともに扱えなかったのですが」
「それは……まぁ私が託しましたからね。そうなるのが自然でしょう」
ハナビにミラーが扱えなかったというのも分かる話だ。
ミラーは通し番号22番、最後のカードだ。一番魔力を消費するし、まともに使うと扱いが難しい。当初の予定よりもハイスペックになってしまった、一種の失敗作でもある。
そもそも私のカードはとにかく素早く簡単に魔法を使えるようにと考えて作ったものではあるが、それ以上に魔法を簡略化してしまう道具に頼っていた彼女らには難解な物だったことだろう。
私が納得して頷くと、ミラーは話を続けた。
「それで結局布野家が組織を破ったのですが、最後の戦いで魔法が大々的に報道されてしまいました」
「!」
私はそれを聞いて大きく驚き、そしてその影響について考える。
魔法は秘匿すべき存在として、一般人の目に触れないようにされている。見られたとしても組織の力でもみ消せる範囲にとどめるのは、魔術師としての絶対的な制約だった。
組織は警察や大手のマスコミなどに滅法強かったし、政治にすら色々と口を出していた連中だ。目撃者を減らす努力さえすれば割と何とでもなった。それは九重家が誘拐など目立つことをしていることからも明白だろう。
しかし、組織が力を失う事件を全国の人間に知られれば、生き残った布野家はそれをどうにかできるだろうか。
私は出来ないと思う。そもそもあの家は元から武闘派で、頭のいい人間も戦略と兵器の案ばかり練っているような連中だった。世間や世論など操ったことなどないはずなのだ。
そして私の予想通り、魔法という存在はそう時間を待たずに世界中で、広まって行ってしまったらしい。
「それからは各国が挙って魔法研究をし始めました。まぁ非公式に魔法を研究している国家は当時からいくつかあったんですが、そんな組織を持っていない国も当然あるわけで……」
「なるほど。手元にないならある所から奪うのが定石ですね。世界で唯一あると分かっているのが日本の布野家と……」
あまり良くない想像をしてしまった頭で、つい別のことを考える。気を紛らわすときの私の癖である。
他国の魔法研究機関か。少し興味がある。日本だって組織側が政治に口を挟むくらいの関係ではあったが、別に政治家が組織を運営していたわけではない。相互に影響し合っていたのは事実だが、国の所有物ではないのだ。
国主導で行っていた魔法研究とは、どれだけ先進的な魔法技術だったのだろうか。……まぁその情勢を鑑みればおそらくは、軍事使用を目的とした秘密兵器の開発だったのだろうけれど。
「その辺りから私は誰にも使えないカードとして眠っていたので詳しくないのですが、魔法を使った、もしくは目的とした戦争、紛争、虐殺、人体実験……色々あったみたいです」
「それは……色々あり過ぎじゃありませんか?」
「魔法を使えば簡単に地形が描き変わりますからね。小さな国を土地まるごと潰すなんて、戦争とも言えない戦いが続きました」
ミラーの言葉を聞いてそれもそうかと納得する。
確かに個人ではなく軍隊として魔法を使用すれば、海の底に町を沈めるなど造作もないだろう。永続的とはいかなくとも、都市の機能を崩壊させるだけでいいなら余裕と言ってもいい範疇だ。
私個人行っていた研究の範囲でもこうなのだから、国家事業として魔法を研究すれば、敵国を文字通り地図から消して自分の領土を増やすなど不可能とは言い切れない。
「そんな長い戦いの中で勝者は一人もおらず、結果としてすべての国家という枠組みが崩壊しました」
「……それもまた、あり得る話ですね。そもそも個人の持っている力が魔法の分強くなっているのですから、近代的な国を挙げての総力戦など最初から共倒れと虐殺以外の結果は出ないように思えます」
私はそんな話をしながら、そっと自分が住んでいた世界に、そしてそこに生きていた人間に思いを馳せるのだった。