第37話 耐久試験
ジナの仕立て屋では、ミロとジナが待っていた。二人の様子はどことなく楽し気で、来訪者を今か今かと待ち受けているようにも見える。
そんなジナを見て、ジンが思い切り顔を顰めたのが少し面白かった。何か彼女に嫌な思い出でもあるのだろうか。
「あらン? アヤちゃん、こんなに連れてきてくれたのン?」
「ええ、多い方がそちらには都合がいいでしょう?」
「そうね……商売的にはね」
そろそろ初夏という事もあり、昼前に向かって暑くなる時間。そんな中外で待っていたジナは至って涼しそうな顔をしているが、よく見れば汗だくだ。そんなに暑いなら中に入っていればいいのに……あ、そういえばこの時代って冷房あるのだろうか。私は汗をかかないからあまり関係ないのだけれど。
ジナは報酬に釣られてやって来た冒険者の面々に軽く挨拶をし、ミロがセットしていた一枚の布を指し示した。
「皆にはあの布を斬ってもらうわよン? ちなみにあれは試作品だから真っすぐ斬らなくても別にいいし、刃物は持参できるなら何でも使ってねン?」
そこにあったのは、両端を万力に固定された一枚の布だった。
向こう側が透けそうなほどに白いその布は、縦に20㎝ほどの帯状だ。魔術師が見れば何らかの陣が仕込んであるのが見えたかもしれない。少なくとも私は見える。何せ設計した本人だから。
これが私が設計して、ジナにゴルダ組合長が売った品の完成品。布の段階から魔法陣を織り込んだ“霊布”である。
元々霊糸の織物を霊布と呼んでいたのだが、固有の新しい名前はまだ考えていない。開発中の呼称は魔法布とかそんな適当なやつだ。重ね重ね言うが、私はネーミングセンスがない。
計算上では、元々織っただけで防刃になる霊布に比べて強度は更に数倍、魔力を流し直せばもっと切れなくなる優れものである。まぁ、魔法の計算などあまり当てになるものではないのだが、私が実物を検品した所そう狂ってはいないという結論になった。
ちなみに、霊布の他にも魔法布が並んでいる。今回はその他の布も試してもらう。
左から霊布と霊糸で作った完全版、シルクの布に霊糸で陣を刺繍した廉価版、普通の布と霊糸の安物、普通の布と絹糸のお守り程度の物を用意した。
どの程度の冒険者がどの程度の布を斬れるのかという強度のテストなのだ。私は完成品が想定通りになっているのかしれればそれで十分なのだが、他の物もジナが売る時の指標の一つにはなるだろう。
それぞれの布の説明をしていたミロは、最後に一枚の布を示した。
「この廉価版を真っ二つに斬れたら報酬は3倍差し上げます。ぜひ何度でも挑戦して下さい」
「おぉ!? マジで? それ普通のシルクだろ? 余裕じゃんか」
ミロの言葉を聞いて冒険者達が沸き立つ。
最大報酬30カペラと聞いて一応やっては来たものの、霊布を裁断するなど不可能だと考えていたのだろう。廉価版を切れればいいと聞いてやる気になってくれたようだ。
そしてそんな騒ぎを聞いて、ジナの予想通り遠巻きに眺める人たちも増えて来ていた。
イベントの様な感覚なのだろうか。娯楽が少ないこの時代、華々しい活躍に事欠かない上級冒険者達が外で騒いでいればそれだけで人は集まるのだとか。
一人ミロの説明を聞いて黙っていたジンは、記録用に本とペンを用意する私を見下ろし、軽薄な笑みを見せる。
「つまりあれか。これはただの販促ってわけだ。最近はセールスにも手を出したのか?」
「いえ、私は単純に強度の記録が出来ればそれでいいのです。それがどのような実験の形態でも。開発したのは私なので、何か言いたければ斬ってからどうぞ」
「ふん、馬鹿にし過ぎだ。確かにお前は普通じゃねーが、それでも霊布程度は俺でも斬れる」
まぁ今回は、私が馬鹿にされているというよりも、状況だけ見れば向こうが馬鹿にされているように見えるだろう。
……では、一つ賭けをしようか。
「……斬れなかったらどうしますか」
「あ?」
「もしも私の作品が斬れなかったら、馬鹿にしてごめんなさいと私に平伏することにしませんか? もちろん、無事に一刀の下にあなたが斬り裂くことが出来れば私が頭を下げます。あなたはお金よりこっちの方がやる気を出すでしょう」
「……いいぜ。やってやろうじゃねーか」
私が参加者の名前と記録を書き込む欄を作り終えると同時に、彼はそう言って布の方へと歩いていく。
そんなやり取りを見ていた者はそう多くはない。精々マビが呆れた様に笑い、そしてファラが少しだけ心配そうにしていたくらいだ。お互い頭など下げたくはないのだから、どっちが勝っても負けても不満が残る結果にはなるだろう。無駄なやり取りだと自分でも思う。
ただ、ほんの少しだけ思ってしまうのだ。
彼が、私など推し量ることもできないような剣技を持った彼が、私に平伏してくれたらどれだけ気持ちがいいだろうかと。
……まぁその逆も、多少は考えなくもないのだけれど。
ギャラリーが解散するよりも前にという事なのか、ジナは早速冒険者達に順番を決めさせて列を作っていく。
意外にもジンは最後だ。霊布を切るのに必要な技量と私の自信を考慮し、完全版を斬るのはこの場に自分以外いないと考えているのだろう。そして、私の自信の程を見極めようとしているのだ。
「よっし、行くぜー……!」
最初の挑戦者は、ジンのパーティメンバーの一人だ。ミロの話に興奮していた一人でもある。上級冒険者でも一人当たり10カペラは正当な報酬、30カペラはそこそこの大金なのだ。
彼は多少魔法も使えるが、剣の腕も悪くはない。戦士組合で2級の腕前……まぁ、魔術師組合と違って戦士組合の2級って実は大したことないんだけどね。そもそも1級がピンキリであり、2級はそれ以下だから。
この中では一二を争うくらいには、霊糸切りに向いていないと言える。なぜかって? シルクなら余裕だろとか言っちゃうくらいの知識と経験しかないからだ。
実は、霊糸切りに必要なのは身体強化の魔法だ。
この時代の戦士はほぼ全員、無意識的に身体強化の魔法を使っている。どういう訳か分からないが、この魔法だけ異様な普及率なのだ。普通の商人ですら荷物運びに使っている者が居るほど。
5000年前にはそんな者一人もいなかったのに、この普及率。この時代の人間が明らかに、過去に何らかの遺伝子的な“改良”が加えられた子孫達である証拠の一つだ。人間種の改良についてはまだ考察できるが、今は割愛しよう。
とにかくこの身体強化という魔法、実は才能さえあれば簡単であり、古い言い方をすれば“気”というやつなのである。魔力を自分の体に血流のように流し、硬質化だったり筋力の増加ができる。上手く使えば大木を素手で殴って砕ける。
そしてその魔法の延長線上に、自分の持っている武器の強化という魔法がある。要は武器を自分の体の一部だと認識して魔力を流しているだけなのだが、普通にやれば多少頑丈になる程度の効果しかない。それが大事なんだろうけれど、剣なんて使ったことがないので実感はない。
そこに更に“斬る”という強い意志を加えると、霊的な接続さえも断ち切る魔法になり得る。
もちろん魔法的な知識なしにそこに到達するには、並み以上の才能ととてつもない研鑽が必要だろう。というか、私ですらそんな方法で魔法何て使えない。魔力を形にした方が早いし、練習するまでもないのだ。
しかし、居るのだ。この時代には。それが可能な連中が。しかも沢山。
そしてそれこそが、霊糸切りの極意である。
つまりその極致に至らなければ、シルクだろうが何だろうが横に一本霊糸が入っていただけでその一本が斬れないのである。
一番手の男が、まずは一番右の布、つまりはお守り程度に守護陣を織り込んだだけの布に剣を振り下ろす。
ミロとジナにただの布だと説明されていた冒険者は、そんなもの剣の重みですら切れてしまうかも知れないと思っていた。
「え……」
だからその結果に息を飲む。
冒険者の男は間の抜けた顔で布を見詰めるばかりだ。
力いっぱいにすりおろされた剣は確かに布にその刃を立て、切り裂いた。
しかし、刃は布の中ほどでピタリと止まってしまっていたのだった。
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