第21話 新衣装
帽子で顔を隠した私は、何を言うでもなくただ俯く。
そんな私を見て近くにいる誰かがふっと笑ったような気がした。マビだったのか、ジナだったのか、それとも後ろの二人なのかは分からない。
ただ、笑われたのだというのに不思議と怒りは湧いてこなかった。あるのは何だかくすぐったいような胸のざわつきだけ。
「さて、服を選ぶんだったわね。この部屋から好きな服貰っていっていいわよン。当面の着替えがないと不便でしょ?」
「え、でも……」
「あんな話聞いて放ってなんておけないわよ。ただの試作品だから、サイズだけは直させてね」
ジナはそんな事を言って私達三人の背中を押す。何かを言い返す前に体重差で負けた私達は、人形の中に取り残された。
「良かったの? そりゃ、ここにあるの試作品は試作品だろうけど……」
「いいのよ、いいの。それより、服選ぶの慣れてなさそうだったら手伝ってあげなさい?」
「まぁそれはそうするけど……ついでに私も一着」
「それはダメよン」
少し遠くからそんな小さな会話が聞こえて、何だか恥ずかしくなる。
それと同時に、嘘で同情を買うなんて碌なことではないと思ってしまうのだが。
私達は布の海の中の人形の森を進んで行く。
いくつかの部屋に分かれていた一階に比べ、二階は所々に柱が立っているだけでかなり広い。そこに所狭しと並べられた服たちは、男性用から子供用まで様々だ。
そしていくつもの服の間を通り抜け、私はそれに出会った。
日焼けを避けるためにかなり薄暗いこの部屋で、輝いているようにすら見える。
純白のドレスだ。小物として同じ色のボンネットや日傘も一緒になっている。ロリータファッションと呼ばれるその服は、色取り取りの服の中で独特な存在感を放っていた。
「かわ……」
「可愛いの見つけた?」
思わず可愛いと言いそうになって、いつの間にか後ろをついてきていたらしいマビの登場に慌てて振り向く。
「い、いえ、別に……」
「これかー。似合うと思うよ? サイズも良さそうだし、直さなくても試着くらいは出来そう」
何だかマビが既にそれを貰う前提で話をするめているが、ちょっと待って欲しい。
確かに多少惹かれたのは確かなのだが、それはそれ。服が可愛いのであって、私に似合うとは思っていないのだ。
奇抜過ぎて気後れするというのもある。あと普通に汚しそうだし。冒険者の普段着という設定を忘れたのですかあなた。
私は咳ばらいを一つして、遠慮する旨を彼女に伝えようとする。
その後ろできらりと目を光らせた者達がいるとも知らずに。
「あの、流石にそれは……」
「アヤさんこういう服に合うと思いますよ。これも何かの縁ですし、一度着てみてはいかがでしょうか」
「そうです。お姉ちゃんはこういった機会でもなければ碌におしゃれもしないので、折角なので」
そんな背中越しに聞こえる言葉に、私はぎろりと振り向く。
ミロは多少気まずそうに視線を逸らしたが、ファラに関しては本気で言っていますと言わんばかりに私を見ていた。こいつら……。
二人には私の感情が多少は伝わっているはずなのだが、どうやら私への気持ちではなく“自分の欲求”として私にこの服を着せたいらしい。もしくは要らぬ気遣い、お節介というやつだ。基本的には私に忠実な様に設定しているが、疑似人格なので歯向かう時もたまにある。
主としてやられっぱなしというのも問題だ。そういう事なら私にも考えがある。
「……試着という事なら、ミロが着ても同じではありませんか? 私に似合うならミロにも似合うでしょう。試作品で一着しかないようなのでここは妹に譲ります」
「いえいえ、アヤさんが着てみたいと思ったのですから、どうぞ。それに私達は服ありますし」
「私にこの白い服を着て血だらけになれと?」
「そこは無茶しなければいいだけの話です」
「“物持ちの良さ”が取り柄なのですからあなたがここで着るのが一番の解決法だと思いませんか? いつもそうだったでしょう」
「そういえばそうです。ミロの負け」
「え!? ファラあなた、こちら側だったのではないのですか!?」
そんな私達のやり取りを見て、マビはそっと笑っていた。
***
日もすっかり沈んだ頃、仕立て屋のジナに丁寧にお礼を言った私達は暗い街中を歩いていた。
日が沈めばお金のない民家は火を落とす。ランプの油も暖炉の薪も無料ではないので早々に寝てしまうのだ。そのため明るいのは神殿や酒場、ちょっとした商家の屋敷などばかり。道にある光は、照明というよりは道の存在を示すためだけに置かれている篝火のみだ。
そんな暗い道で、私達は新しくなった服を気にしながら歩いていた。
ミロが着ているのは、さっき私が思わず立ち止まってしまった白い洋服。
純白のそれは夜道でも良く目立つ。私の外見に似合うかどうかはともかく、服は可愛い。実はミロは外見を自由に変えられるので、髪や目の色でも変えればもう少しマシに見えるかもしれない。
今日は生憎の曇り空で月明りすらも薄いので、付属品の日傘はフラフラと揺れるだけだが。
私はあまり変わっていない。元の服に近いデザインを見立ててもらったのだ。
ただ流石に全く同じと言う訳ではないし、色も全体的に赤っぽくなっている。あとはコートではなくマントになったくらいかな?
本やカードを仕舞うホルダーの関係で大きく衣装を変えられなかったのだ。別にそのことについては不満はない。防御魔法も宿に帰ってから仕込もうと思う。
ファラは和装だ。
この時代に和装なんてあったのかという感じだが、かなり動きやすそうにアレンジされている。振袖のような袖と模様、そしてリボンのように結ばれた帯だけが和風で、他はほぼ洋服だ。構造も着物の形ではない。
ただ、この時代的にこの服がどういう扱いなのかは分からない。私には和風に見えるが、日本という国がなくなって久しいこの時代にそんな概念はもちろんないと思う。こんな格好している人を街で見たことがないので、それなりに奇抜なのは確かだ。
履き慣れない靴を気にしながら、私は暗い夜道を進んで行く。
街のどこからでも見えるはずの城壁すらも見えない。多少迷いながら道を歩いていると、ファラが何も言わずにちらりと後ろを振り返る。
それはとても自然な動作で、道端にいた猫でも視線で追ったようにも見えるが、別に猫がいたわけではない。
私は何となくその行動の意味を予想して、先回りで彼女の行動を制しておく。
「不審者は襲ってきてからで構いませんよ」
「今の所その様子はありません。監視しているだけのようです」
私の言葉にファラが囁くように答える。
しかしその返事は私が想定していたものとは少し違った。
「む……そう言われるとどうにかしたくなりますね」
「撒きますか? それとも脅かしますか?」
「……撒きましょうか。これだけ暗ければ幻術もよく効くでしょう」
私はそう言うと、既にどちらを進んでいいのか分からない道を左に曲がる。……あ、見覚えのある建物だ。道こっちであってたよ。
監視者の視界から外れた直後に、ふわりとファラの周りで魔力が渦巻いた。
身を隠すという単純な魔法である。私がよく使うのは幻術の応用で、ファントムのカードを使う。組織が秘密主義だったこともあって比較的出番は多かった。
幻という存在故に人に見られることに敏感なファラは、キョロキョロと視線を巡らせてから大きく頷いた。どうやら自分の魔法の出来に満足したらしい。
「大丈夫です」
「それにしても監視とはまた……何をするつもりだったのでしょうか」
「今良い服着てますからね。物取りだと思います。実際財布の中身そこそこありますし」
「もしかすると露出魔かもしれませんよ?」
「この時代にもその手の変態っていますかね……」
私達はそんな他愛もない会話をしながら、何とか日付が変わる前に宿にたどり着くことが出来た。一応宿を見張られている可能性を考慮して、魔法を解いたのはドアを閉めてからだ。
……帳場の係員に大いに驚かれたのは言うまでもない。