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第14話 初依頼

 冒険者の仕事で最も多いのは、薬草や食物の収集である。

 薬も食べ物も街で常に消費し続けられている物であり、その仕事が突然無くなることは基本的にはない。大きな料理屋がなくなったり、薬師が仕事を止めたりしない限りは常に一定量の依頼が来るのだ。

 これらの収集依頼の難易度は区々(まちまち)だが、常に必要になっているようなありふれた物は個別の依頼ではなく全員からの“買取”という形で組合が窓口を設けているので、あまりお金にならない。それでも糊口(ここう)の資くらいにはなるので、低位の冒険者はそれを日々の生活の足しにしている。


 意外に多いのは商人の護衛だ。

 この国では都市間の物流をほとんど商人に頼っている。軍需品などは兵士が運んでいるようだが、平民相手の食料などはすべて商人の役割だ。そんな世の中なので行商人はそれなりに戦えるし、商業の許可証以外にも冒険者として登録証を持っている人もいる。

 しかしそれでも、山賊や魔物の脅威から完全に逃れられるわけではない。特に大事な商品や、多くの金銭を運ぶ時は冒険者から護衛を雇うのである。


 護衛を雇うほどの物を運んでいる商人という事は、それだけ儲けている雇い主という事だ。つまり報酬も期待できるという事でもある。

 ただ、こんなおいしい話には欠点もある。依頼の数の割りに稼げるのだが、失敗すると商人のネットワークで瞬く間に噂が広がってブラックリスト入りし、次に護衛に来たら突然別の冒険者にお願いしたいとか言われるらしい。失敗できない依頼なのだ。


 逆に少ないのは遺跡の調査だ。

 ミロの話では数回文明が崩壊しているので、この時代ではあらゆる場所に遺跡が残っている。

 それでも近場の遺跡についてはとりあえずの発掘や調査が終了しているので、今時そんな依頼は来ないのだ。時折あっても異様に遠い土地らしく、日数で勘定すると安い依頼になってしまう。冒険者なのに冒険しないとは……。


 他にも危険性の高い魔物の討伐から、行方不明者の捜索まで幅広い依頼のある冒険者だが、私が冒険者の登録証を貰って最初に受けた……というよりも受けさせられた依頼はその内のどれでもなかった。


 依頼主は冒険者組合。

 その内容は負傷者の救護係である。


 私は若干西に傾き始めた太陽を見上げながら、鳥の声に耳を傾ける。


「暇ですね……」


 私たち三人の初仕事は、主に冒険者が設営したキャンプでただ待っていることだった。

 複数の冒険者が共同で使っているらしいそのキャンプは、いくつかテントがあるだけの殺風景な場所だ。既に最後の一組が森の中へ入って行って久しいが、出て行った者の中で要救護者は未だに出ていないようである。


 私はフライトのカードで空中に寝転びながら、空を見上げる。長閑な昼下がりだ。眠気はないが昼寝にはもってこいだろう。


「スカートの中見えていますよ」

「二人に見せて何か不都合がありますか?」


 ミロだかファラだか分からないが、視界の外からそんな注意が飛んでくる。別にそんなことは気にしない。お腹にぴょんと飛び乗った月見も私に同意するように小さく鳴いた。

 そんな彼の顔を指先でくすぐっていると、がさりとどこかから音が響いた。風に乗って耳に入ると同時に、私のコートのポケットから白い毛玉がぴょこんと飛び降りる。


「今日のお昼でしょうか」

「美味しくなさそうです」


 私が物音の正体を見ると同時に雪見が駆け出し、視界が一瞬光で埋め尽くされる。

 次の瞬間、森から姿を現した巨大な蛙達は光の武具にその身を貫かれていた。剣や槍、斧など様々な刃がイボの多い皮膚に穴を空けていた。


 私は冒険者組合で昨日のおじさん達が教えてくれたり、今朝一緒に歩いていた冒険者が教えてくれた情報をメモした本を開く。手元にある4冊の中の1冊は半分以上白紙のページなので、新しい知識のメモ用紙として使っているのだ。

 雑多に書きなぐった情報の中から、一番目の前の魔物に類似しているものを選ぶ。


「あれは達磨蛙ですね。素材はほぼ売り物にならず、微毒だが皮が有毒のため食用にも適さない……少なくとも調理知識のない私達じゃ食べられませんね、残念」

「ちなみに強さは?」

「雑魚中の雑魚。子供でも刃物を持てば勝てるが、意外にしぶとく毒液を吐き出すので失明の危険性あり。手を洗わないと下痢になる……」

「魔物の領域でも弱い魔物っているんですね。どうやって生き残っているのでしょうか」


 私がメモを読み上げている間に、雪見が張り切って蛙達を虐殺していく。雑食性と書かれているので、おそらくだがキャンプの残飯でも漁りに来たのだろう。

 私達は一応キャンプの防衛という役割も担っているので、取るに足らない相手でもしっかりちゃっかり倒しておくとしよう。雪見が。


 この辺りには他にはどんな魔物がいたのだったかなと、自分の字を読み返し始めたその時だった。

 総毛立つのを感じて宙を蹴ると、その直後に何かが私の真下を通り過ぎる。その何かは地面とその先にあったテント一張を、あっという間に炎の中へと閉じ込めた。

 炎上したテントを見て、私は思わず感心する。あれだけの威力があると、普通に兵器として使えるな。


 私は一瞬にして焼け焦げた地面を辿って、その“発射地点”に視線を向ける。

 一直線上の低木などを焼き散らしてその姿を現したのは、異形の蛸だった。まず異様に大きい。足を伸ばせば私の身長の三倍は優にあるだろう。

 八本の脚をぬるぬると動かして歩くその体の上には、レンズのような透明の球体が乗っている。木や草に擬態しようとした地味な体の色の割りに、水のレンズは良く目立つ。あの狙撃精度なら擬態など必要ないという事なのだろうか。


 私は開いていた本を数ページ送り、その魔物の名前を探した。


「えーっと、あれは水玉蛸。普段は木の上で生活していて、その擬態を見破るのは困難。知らず知らずの内に近付いて爪で首を引っ掻かれるとシャレにならない。興奮すると頭上に球体の水を出現させ、そこから燃える光線を発射する……」

「もしかすると、蛙を撃退している時に刺激してしまったのでしょうか」


 私の話を聞いてミロがそんな予想を立てると、いつの間にか帰って来ていた雪見は肯定するように小さく鳴いた。

 そうか、君の所為か……。うーむ、テントが一つ焼けてしまったが、魔物の所為なので許してくれるだろう。そんなことより大事な記述がある。


「あの魔物、毒がないので食べられるらしいですよ。それに爪は一個で硬貨8枚、合計64カペラで売れるそうです」

「おー、お買い得です」

「喧嘩の叩き売りじゃありませんか。ぜひ買いましょう」


 私は本を閉じて、代わりにカードをすべてばら撒く。

 カード達は5000年前と同様に二列になって私の周囲を取り囲んだ。あの頃と違って杖はないが多分大丈夫だろう。元々多少燃えたくらいじゃ死なない体なのだ。私を殺すなら魔法の武器で心臓を抉るとかしなきゃね。


 ずるずるとこちらに距離を詰める蛸を前に、私は最初の魔法を使用した。


「エンゼル・メタル」


 天使と金属のカードがその力を解き放ち、空から二本の剣が落ちてくる。

 それをミロとファラがそれぞれ拾い上げると、私達はにこりと微笑む。さて、せっかくやって来てくださった暇つぶしなのだから、最後まで遊んで宿代の足しにしてやろうではないか。



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