第11話 冒険者組合
この世界の宗教や礼拝の仕方を神官長から聞き出した私達を待っていたのは、既に南の空に高く昇っている太陽だった。思っていたよりも長い時間話し込んでしまったらしい。腹時計ですら時間の経過を知らせてくれないので、この体になってから時間の進みが早く感じてしまう。
私はあの奇妙な神殿を出て、改めて街並みを見物する。
朝から人が多い印象だったが、昼過ぎになっても様々な人が行き交っている。買い物をしているご婦人、見回り中らしい兵士、風景をキャンバスに描く画家……私の住んでいた都会に比べると、喧騒の中に人の声の割合が大きい。おそらく自動車やスピーカーの存在の違いだろう。どちらも一応あるにはあるのだが、こういった平民の生活の中に深く入り込んでいないのだ。
私はそんな生活を見学させてもらいながら、神殿で神官長に教えてもらった道を進んで行く。多分、進んで行っているのだと思う。もしかして通り過ぎた?
道を聞いて尚も迷子になっているような気もするが、笑い事ではない。この街、異様に道が複雑なのだ。その上建物が所狭しと並んでいるので見通しも悪い。
街のどこからでもちらりと見える城壁の位置を確認しながらぐるぐると同じような道をキョロキョロ歩いていると、ミロがおもむろに立ち止まってある一点を指した。
「もしかしてあれではありませんか?」
彼女の示す方向に視線を投げると、確かに神殿で聞いた特徴と一致する建物がある。
白い土壁に黒で塗られた木製の柱、深い緑色の屋根。そして私には読めない看板が掲げてある。
あそこが私達の第一の目的地、フジャラの冒険者組合なのだろう。
他に比べて多少大きくて目立つ建物だと言われていたのだが、土壁も木製の柱もこの都市では一般的な造りなので、全く目立っていない。強いて言えば看板の主張が激しいが、私には一切読めないので意味がないのだ。奇妙なデザインの神殿のインパクトがそれだけ大きかったという事もある。
しかし、案内されなければ絶対にそれと分からなかっただろうから、神官長には感謝しておこう。一応親切に教えてくれたのだし。
「行きましょうか。もし仮に間違いでも、普通の民家というわけではないでしょうから」
私は両開きになっている大きな扉に手をかける。ドアノブはないのでそのまま押し開けた。ドアの裏側には閂をかける金具があるので、どうやらこれで戸締りをしているらしい。
中は意外にも、と言っては何だが綺麗な所だった。
白い土壁は脂や血で汚れているという事はなく白いままだし、木製の床は掃除が行き届いていてゴミ一つない。入って左側の壁一面に木版が乱雑に吊られていたり、受付らしきカウンターの奥に物が散乱しているのを除けば居心地のよさそうな場所である。
何をするでもなく椅子に座っている武装した男たちからの視線を感じながら、私達は気弱そうな男性の座るカウンターまで歩みを進めた。
彼は何か書き物をしている所だったが、私が目の前に立つと作業を中断して視線を上げた。座っている位置からすると、ここの役人か何かだろう。
私は微妙に高いカウンター越しに、受付の男に声をかける。いや、高いなこれ。向こうは座って仕事してるのに、私の肩くらいの高さが……あ、カウンターの中高くなってる。ずるい。
「ここは冒険者組合であっていますか?」
「そうだね。お嬢ちゃんは、誰かの使いかな。依頼をしたいなら……」
「これ、紹介状。身分証発行してくれませんか?」
私が検問で封を切られ、そして新しくそこで上から封をされ直した紹介状を取り出すと、建物の中の音が突然消える。この場にいる誰もが聞き耳を立てているような、そんな空気だ。
そんなある種注目の的になっている受付の男は、固唾を飲んで紹介状を受け取る。そしてゆっくりと封を開けると少し驚いたような、ほっとしたような表情をした。
「ああ、マビさんの紹介……ね」
そうぽつりと呟くと、壁際の誰かが一つため息を吐いた気がした。
何の意味だと視線を送れば、こちらをじろじろと見ていた男達の視線とぶつかる。私と視線が交差したことは気にもせず、白けたような安堵したような顔で私達の観察を続けている。
何なのだろうか、あの人達。武装しているので冒険者だとは思うのだが。
「確認したよ。この契約書にサインしてね」
「……分かりました」
私がそんな視線を気にしている間に、受付の男は白くて木目のない綺麗な板を用意していた。
ホワイトボードかと思うほどに白いそれは、触ってみると確かに木だ。何やら読めない字で云々と書かれているが、契約書自体は大した内容ではないとマビが言っていたので、この世界に来てから二度目のサインを行う。……これで字はあっているのだったか。
ちらりと見えた紹介状をカンニングして筆をミロに渡す。ミロは私以上に自分の名前の綴りに悩みながらも、契約書にサインを記した。
紹介状に書かれている二人は、このサインだけで契約が完了したらしい。ライセンスは翌日発行になるので、今日はもう帰ってもいいとのことだ。
しかし、私達の中には一人契約が終わっていない……というよりも始まってすらいない人物がいた。
ファラは私達が明けた場所に歩み出ると、私達のサインをどこかにしまってきた受付の男に声をかけた。
「私はファラ。お姉ちゃんの護衛です」
「護衛……? というと、あなたも登録を希望で?」
「はい。まだ自分の名前が書けません」
ファラの言葉を聞いて受付の男は新しく木の板を取り出した。そしてそこに書かれている内容を読み上げていく。
どうやら契約書に書かれているのは、冒険者の規約のような物らしい。
要約すると殺されても自己責任ですとか、冒険者同士の喧嘩で被った被害は保証しませんとかそういう話だ。改めて聞くと明らかにこちらに不利な内容だが、お金をしっかり払ってくれる上に、契約金が無料ならばこんなものか。おそらく私達がサインした板にも同じことが書かれていたのだろう。
それを全部聞いてから同意するかという問い掛けに、ファラは頷き拇印を押した。どうやらサインができない人向けに拇印でもいいらしい。サインはと言えば受付の男が代筆している。私達もそれが良かった……。
これで終了かと思っていたのだが、話はまだ終わっていなかった。
「ファラさんは魔術師? それとも戦士かな?」
「……どういう意味ですか?」
受付の男はファラの契約書を裏返すと、そこに何かを書き込んでいく。
どうやら紹介状を貰えなかった人は自己紹介が必要なようだ。ファラの質問を受けて受付の男は笑みも見せずに答える。
「えっとね、得意なこととか教えてもらえると査定し易いから。昇級の基準にしたりね」
なるほど。ここで答えた特技の内容が査定に響くのか。意外に重要そうだ。
しかしなぜ私とミロは聞かれなかったのかと考えて、紹介状の存在を思い出す。おそらくはあれに書かれていたのだろう。
私はファラの右側から顔を出して口を挟む。
「それって後からでも変えられますか?」
「当然。魔術師なんかは新しく魔術を覚えたりするからね」
「……ちなみに私達の紹介状にはなんて書いてありましたか?」
「君かい? えっと名前……どっちだっけ」
私とミロがそれぞれ名前を名乗ると、受付の男はマビの書いた紹介状を読み上げる。
アヤ、つまりは私もミロも魔術師という紹介になっていた。私は幻術と強力な雷撃、ミロは影を操り斬撃を放つと書かれているらしい。私は確かにその通りだが、ミロに関しては完全に間違いだ。どうやら月見の魔術をミロのものだと勘違いされたらしい。
……騙したままだと何かありそうだから訂正を、とも少し考えたのだが、紹介したマビに迷惑がかかるといけない。むしろ査定に響くのだというのだから、有能アピールした方がいいのではないだろうか。
私はもっとできるぞと前置きしてから、受付の男に二人の技能を聞かせる。
「ファラもミロも簡単な魔法と、多少の剣術は出来ます。特にファラは幻術が得意です」
「……分かった。一応書いておくね」
受付の男は私の言葉を信じたのか信じていないのか分からない反応を見せてから、二人の契約書の裏面に何かを書いていく。
……どうしてこんなに受けが悪いのだろうか。もっと驚いたりしてくれてもいい気がするのだが。
もしかして剣術とかこの腕では無理だと思われてしまったのか? 私のコピーだから見た目は華奢だけれど、実際は人間じゃないのでかなり力強いよ? 私の大したことない身体能力なんてコピーする必要性皆無なので、その辺りは自重していない。
しかし、私には一つ切り札がある。
そりゃあもう戦場では必須かつ、この時代では足りていないことが明確に分かっている技能だ。私は自信満々に、精いっぱいの笑顔でその切り札を言い放つ。
「ちなみに私は、傷を癒す魔法が使えます」
そう言った後、明確に、自分の発言で空気が凍り付いたのを感じた。
目の前にいる受付の男も、壁際でこちらを観察していた男どもも、この場にいる私達以外の誰もが口を開けて私を凝視していた。
あれ、思っていた反応と違う……。
もっとこう「へぇ、それは凄いね」みたいな普通の賛辞を期待していたのだが、信じられないものを見るような目で見られている気がする。え、今朝会ったスリの少年には普通に感謝されたよ……?
そして凍り付いた空気を、ものの見事にぶち壊す声が私の背後から響いた。それはもう景気良く。機嫌良さそうに。
「ぶわっはっはっは! お前みたいなガキに回復魔法が使えるわきゃねーだろ!」