~あなたもそのうち出くわす話(駅の間の駅のこと)~
「駅の間の駅のこと(二)」
その日もやはり夏の盛りで、オマケに真昼間。
今回と同じく仕事の出先から電車を乗り継いで帰還する事に高木は商談もまとまりご機嫌だった。
しかもその日は偶然にも乗った車両には高木を含め3人しか乗っていない。
高木は好奇心で、車両間の開いたドアから前後の車両をみてみたが、これまたびっくりするほど人が乗っていない。
エアコンの効いた涼しい車両内。そのうえ人いきれもない。貸し切り状態だ。
外の気が狂ったような暑さから逃れて、その上、車両の外側は真っ暗。
心地よさのあまり、ついウトウト居眠りをした。
どこかの駅に停車してアナウンスが流れるたびに、
「あ、まだだな」
とは思ってはいた。
だが、一定のリズムのがたんごとんに深い眠りに誘われてしまう。
高木が次に目を覚ましたのは電車が急停車した時だった。
どぉんっがっこんぎぎぎ
嫌な音が鳴り響いて電車が前のめりになりそうな勢いで急ブレーキをかけた。
高木は眠りから半ば強制的に叩き起こされ座席に横倒しになった。
「うわぁすみません、すみません」
謝りながら身を起こして、高木はすぐ言葉を失う。
車内には自分以外誰もいないのだ。
車内の電気がチカ、チカと不規則に明滅して、薄暗い。
がりがり、がが、ピィと耳障りな音がして、車両内放送が流れた。
「――…大変申し訳ございません。“ガガッ…”緊急停止信号によりただい“ピィーッ”当電車は停止しております。“バリっ”
ご不便をおかけいたしますが“ごりごり”今しばらくお待ちくださいませ」
それは電波が悪かったり接触不良を起こした時の音によく似ていた。
「……気味悪いな」
ボソリと高木は呟くと立ち上がって少し思案した。
8車両あるうちの調度4両目にいる。もう一度後方車両と先頭車両を交互にみつめてみた。
すると、先頭車両の方面からひとり男が手を振って歩いてくる。
若い男だった。明らかにチャラい感じ。
「やーべ、マジ人いたし」
「やぁ…こんにちは…」
「ちゅっす」
軽いノリだ。
「……えっと…その、君以外にほかの乗客は?」
高木が訊ねると青年は
「しらねっす。俺寝てたんで。気づいたら俺の周りにも誰もいなくて。でもこっちに兄さん見えたんで来てみたって次第ー」
「あ……そう」
高木はがっかりした。状況が解らないんじゃ何の意味もない。だが青年は無視して話し続ける。
「マジやばくねえすか。つぅか緊急停止信号なんてェ、俺、地下鉄で初体験なんスけど」
「私もですよ」
「すぐ動くんかな」
高木は青年の言葉にため息で答えると
「……車掌のところへ行ってみようと思います」
と席を立った。
「じゃあ俺もいこー」
「別にどちらでもいいですけどね」
「いやなんかぁ、ホラゲとか映画とかで、こういう時って一人で行動するとぐっと生存率?低くなったりするじゃないっスかー。
別行動俺はオススメしねっすなぁー」
ホラーゲームや映画と一緒にしてもらっちゃ困ると腹の中で思ったが怒ったところで大人げない。
「怖いなら怖いって言っていいですよ」
とだけ呟いた。
「いやいやマジ怖いとかねえから!」
話しているうちに最後尾の車掌室が見えてきた。
と、車掌が中から出てくる。
「おわっビックリしたぁー!」
青年が肩を震わせて身を引いた。
「お客様、この度はお急ぎのところ大変申し訳ございません」
車掌が深々頭を下げた。
「一体何があったんです?」
至極冷静に高木が訊ねると、車掌が震える声で言った。
「いや、その」
言葉に詰まっている。だが高木は急かさないで待っていた。が、そうは問屋が卸さないといった調子で青年が大きな声で言った。
「いや、つーか、さっきの電車の雰囲気だと何かにぶつかったっしょ!?」
「!?」
高木はぎょっとして青年をみつめ、車掌の顔を見た。
案の定顔面蒼白で俯いて震えているではないか。
「ちょっ……本当に何があったんです」
「解らんのです!わからんので確認中なんですっ」
「ごまかさなくてよくね?今ぜってえ、人と接触した感じっしょ」
「ッ……」
車掌はぎゅっと目を瞑る。
「俺、地下鉄で緊急停止は初体験だけど、人身事故とかで緊急停止、1回どころの話じゃねえんだよね実は」
青年は腕を組んで首を傾けるとその格好で数秒思案すると、
「ねー、しゃしょーさんと兄さんさ、運転席の方行ってみようぜ」
と提案してきた。
高木と車掌は息をのむ。
「いやいや、びびってっけどさ二人ともー。つーかさあ、万が一だよ?ガチでなにか轢いたとかハネたとかで俺らしか
乗ってんのがいないとかってなったら、運転手さん孤独でマジでいたたまれなくね?」
「たしかに…」
青年の言葉は妙に説得力があった。
三人は話し合ってそこから運転席のある先頭車両まで移動することになった。
「駅の間の駅のこと(三)」へ続く