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デクワシ   作者: 犬神まみや
4/14

~あなたもそのうち出くわす話(くろす駅)~

「くろす駅(四)」

 「このまま、線路に沿って走ってても良いンですかねぇ!」

息を切らしながら岩居が叫ぶ。先を走りながら磯部は答えた。

「来た道なりに、帰らないとダメなんじゃないのか!?こういうのって!」

「だといいな…てか、あんな不気味なの初めて見ました、あれが幽霊とか妖怪って奴なんですか」

「俺が分かると思うか!?」

「うう、ですよね!」

必死にペダルを漕ぐ。

線路に沿ってはいるが、延々と鬱蒼(うっそう)とした草むらと重苦しい黒い並木道の景色は変わる気配がない。

さすがに磯部も恐怖心で叫ぶ。

「チクショウ! 誰かどうにかできんのかっ」

その時だ。

磯部の脳裏にふとある言葉がよぎった。


"真夜中や森の中で、何故か知ってる道や拓けてる道のはずなのに、迷ったり、同じところをぐるぐる繰り返し回ったりしてしまう感じがしたら、上着を裏返しに着てみて下さいよ。割と効果あるから"

一か八か試してみよう。

「止まるぞ!」

磯部は声を出して自転車に急ブレーキをかける。

「お前もやれ! 岩居!」

「えっ? えっ!」

戸惑う岩居を後目におもむろにジャケットを脱いで裏返しに着た。

「ちょ! 磯部さん! なんのおまじないですかそれ!」

「ホラッ職場に、三峰(みつみね)って変わったのがいるだろ! あいつに前に聴いことがあんだよ! 眉唾かもだが試してみる価値はある!」

それを横目に、怪訝(けげん)な顔をしながらも岩居もジャケットを脱ぎかけた。

……その時だ。

遠くから、ガタン、ゴトンと音が響く。

言わずともがな、正面から迫ってくる音の正体は、電車であった。

「なんだよあの電車ッ……!?」

磯部の言葉を遮るように岩居が

「わあっ」

……と歓喜の声を上げる。

「磯部さんあれ電気軌道110形ですよ!? デハだ!! デハの2100系統ですよ!!」

「ちょ…なにいってんだ! わかりやすく説明しろ!」

「今から70年くらい前にめっちゃ活躍してた、いわゆるチンチン電車ですよ! 凄い、…すごい! 走ってる!」

そうこうしてる間にも、前方からぼんやりした光を2つ放ちながら黒い塊は迫って来た。岩居はワァ、ワァと子供のように言いながら自転車から降り、放置すると電車の見える方向へ駆け寄っていった。鉄が熱される独特の匂い。電車がゆっくりと停車した。

「なんで…駅でもないとこで止まった…?」

磯部のつぶやきに

「昔のチンチン電車とかってね、乗りそうな人を見ると停車して乗せてくれたもんなんですって…! 親父から聴いたことあるんですよ…いやぁ本当だったんだなぁ!」


止まった電車の中には、かなりぎっしり人が乗っていた。

だが磯部にはそれがどんな人達なのかまるで確認できない。

車内の電気が薄暗いせいもあるのかもしれないが、じっくり観察しようとすると、人の形をしているのに関わらず服装も年代も性別もなにもかもぼやけてしまうのだ。顔ものっぺらぼうのようだ。


すると、先頭の…運転席であろう場所の窓がバタリと音を立てて勢いよく開く。帽子を被った運転手が顔を覗かせて言った。

「おぉい! 乗るのかね?」

その運転手を見た瞬間、岩居は辺りに響き渡るほど大声で叫ぶ。

「お、お父さん!?」

磯部は、エッと声を漏らした。

「おお、光司! お前か? ……そうか、そうか。久しぶりだなぁ」

「お父さん、どうしてここに!」

岩居は転がるように電車の窓の近くへ走った。

「今はここの運転手をやってるのさ。光司、どうするんだ? これに乗っていくのか?」

磯部は「待て」と声を出そうとしたが何故かそれがグッと喉の奥で()まってしまう。

「もちろん行きます! 憧れの2100系だぁ! 乗りますよ!」

――行くな、岩居

手を伸ばそうとする。

だがその手がとてつもなく重い。

岩居は大きな体を揺すりながら、驚くほど身軽に電車に乗り込む。それを確認した運転手は窓をバタリと閉めると

「しゅっぱぁつ、しんこぉう」

と高らかに声を上げた。

ガッシュ、と車輪が(まわ)る。

――……岩居、行くな、行くな!

磯部は唇を噛んだ。

――岩居、だって、お前の親父さん、お前が中学生の頃に亡くなってるって俺に話してただろうがッ…!

磯部はそう頭の中で叫ぶ。金縛りにあったことなど1度もないが、あったらこんな感じなのだろう、と言うくらい身体は硬直し全く動けない。


……そうこうしてるうちに、電車はガタン、ゴトンと進んだが、途中から何故かメラメラと電線に火がついて、電車に向かって走っていく。その上ぶわっと電車に火が燃え移る。炎に包まれたまま、電車はどんどん小さくなって行き、やがて闇の中に飲まれて行った……。


電車の灯りが全く見えなくなったところで複数人に(おさ)え込まれていたかのごとくピクリとも動けなかった磯部の身体が、突然、自由になった。

前のめりに膝から崩れ落ち、地面に座り込む。暫く恐怖と不安で汗と動悸(どうき)が止まらなかったが、ケロケロと夏らしい蛙の声が急に耳に入って来たところで、ハッとして立ち上がった。


震える手でしっかりハンドルを握ると慌てて自転車のペダルを漕ぐ。

がむしゃらに走る。

自然と叫び声が出た。

ワー! ワー!と叫びながら暫く立ち漕ぎをしていたら、急に目の前に真っ白い車止めが三つ現れた。

向かって1番左側の車止めに、自転車のタイヤが衝突する。

スピードを出していたので自転車からモロに空中に投げ出された。


ぐるりと回転している刹那、足の間から今来た道と橋と川と線路がみえた。


磯部は落下し、そのまま背中から地面にしたたか叩きつけられる。

衝撃で呼吸が出来ず、ウッとひとつ呻くと、彼はキツく目を閉じた。


「くろす駅(五)」へ続く

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