~あなたもそのうち出くわす話(駅の間の駅のこと)~
駅の間の駅のこと(7)
「ーー…次はァ孔雀町一丁目ー終点です…」
車内アナウンスに高木がそれを聞いてハッとし、安堵のため息をつく。
「あと3分…我慢すればッ」
三峰はその言葉を制して言った。
「……で? そのあとどうしたんです?」
「あ~、結局教えて貰えなかったよ、地下鉄で電車が止まったってのどこもニュースになってなかったし……。しかもそのチャラ男の電話が鳴ってさ、出て"はーい駅でました今から向かいまーす!"とかいって、話しながらどっか行っちゃったのよ。私、もうその日は怖くて電車乗れなくてさ。タクシーとバス乗り継いで帰ったよ……」
高木は渋い顔をする。
「ほんと、あの一連の出来事はなんだったの? あの駅は一体なんだったの? 三峰さん解る?」
うーんと唸りながら三峰は言った。
「まぁ…整理すると、まず、高木さんがみた駅は"埋められた駅"と言われてるモンかな、と。駅は基本向かいあわせの対が多いですが、何らかの事情で潰したんでしょうねェ」
「指さしを止められたのは?」
「本来指で相手や物を指すというのは"呪いの1種"て話もあるんですよ。今回のケースだと、高木さんの力よりも強い相手を指さした事で、高木さんはいわく付きの駅から呪い返しを受けてしまう事になる。…恐らく彼はそれを防いでくれたんでしょうねェ。ついでにいうと、邪悪なそういう念の集合体みたいなのを跳ね除ける眼を持たない人の目は、鏡の代わりになる。御札についてた鏡らしきものは、消えた駅への入口代わりにしたんだと思いますよ。だから、もしその鏡を使う前に高木さんが駅をその目にウッカリ映してしまったらどうなってたと思います?」
「…………!!」
高木が息を飲んだ瞬間に、電車が緩やかにブレーキがかかった。乗客全員がふわりと揺れる。
電車は無事に地下鉄武蔵国線孔雀町一丁目駅に到着した。
「ーー孔雀町一丁目、孔雀町一丁目……お出口進行方向、向かって左側です…お降りの際は お忘れ物ない様 お気をつけ下さい…なおこの電車は回送電車となります……ーー」
車内アナウンスが響く。
ゾロゾロ人が降りて行くごとに、ぎゅうぎゅう奥へ押し込まれていた2人の体が徐々に解放された。
電車から降りた所で高木が三峰に話しかける。
「じゃあ…、あれか、私あの彼に助けられたの?」
「総合的に考えると、そういうことになるかな、と。なにせ、"見るな、話すな"って高木さんに徹頭徹尾それを守らせてたんでしょ?」
「それも訳分からんのよ、なんなの?」
「聞いた事ありません?よく神話や伝承なんかに出てくる"見るなのタブー"。それこそ冥界下りとかに結びつくんですが、死者を"地下世界"…よーするに"あの世"に迎えに行って、再会し連れて帰ろうとする。けれど約束事の中に、地上に出るまで、喋っても後ろを振り返っても行けないというやつです」
「破るとどうなるの?」
恐る恐る高木は訊ねる。
三峰はズレたメガネを直しながら容赦なく言った。
「それを破ると大体呪われます」
高木が自分の身を抱いて震えた。
話しながら歩いていたら、改札口まで来ていた。外界に出るとびっくりするほど快晴だ。
三峰は空を見てから、ふむ、と1度頷くと
「高木さん、今日は直帰ですよね? 私、用事あるんでちょっと寄り道してから帰ります。道中お気を付けて」
と、言いながら頭を下げた。
「うぅ、怖いけど頑張って帰ります……」
見るからにしょぼくれた顔をして高木は項垂れる。
「大丈夫ですよ、真ッ昼間ですし。もうヤバイものには絡まれないと思いますよ、地下鉄も無事抜けられたんだから。チャラ男もいないんで安心して下さい」
それを聞いて高木はハッとする。
「あのチャラ男、結局何者だったのかなァ」
高木は足元にできた影を見ながら溜息をついた。
「説明もなんもしてくんなかったけど、助けてもらったのは本当だし……お礼言いそびれちゃったな」
「いいんですよ、それで。高木さんはそれ以上巻き込まれなくて済んだんですから。心の中で有難うと言っとけば」
そう?と釈然としない顔で高木は苦笑いし、
「それじゃまた明日会社でね」
と、手を振りながら人混みに消えていった。
………
三峰は高木の後ろ姿を見送ってから、駅の改札に向かって歩き出す。
と、
「ミッツー」
と声を掛けてくる者がある。
声の方を振り向くと、大理石風の壁によりかかって穴の空いたサマーセーター、ジーンズ、金髪、尖ったサングラス、幾つもピアスをあけた青年がにこやかに手を振っていた。
それは件のチャラ男であった。
「…… 火神君」
「チョッスー! ひっさしぶり〜、元気してたァ? 俺はぁ! 元気してたァ!」
「相変わらず軽いな」
三峰はメガネを直しながら冷たい目線を投げかけた。
「そーゆーミッツも相変わらずね! 久々の再会なんだからもっと笑顔で接してよぉーん」
と口を尖らせる。
「それよりお前、あの埋められた駅の案件……まさか高木さん巻き込んでたとは知らなかったぞ、話しとけよそう言うのは」
あー、とチャラ男こと火神は頭の後ろで腕を組む。
「まさかあの電車にあの人が乗ってるなんて、ガチガチのガチで計算違いだったの。ホントならあの人も他の人と一緒に"埋められた駅"に着く前の駅で降りてなきゃいけなかったのにさー。俺からしてみたらかんっぜんな不穏分子よ!? サービスで助けただけ褒めて欲しいよォン。大体さァ、あのおニーサンが巻き込まれ系 霊媒体質なんじゃないのォ」
火神はニッと笑う。
「そもそもミッツと仲良くしてる奴は大体そっか」
「お前も含めな。で、どうするんだ、これから行くんだな?」
「頼むよー。なーんかまた出てきちゃったぽいからね〜」
三峰は深い溜息をつき言った。
「さっき乗ってきた回送電車があるけど乗ってくか?」
火神は「エー」と声を上げニヤリと笑う。
「また運転士と車掌が奴等に取り込まれると困るからなー」
言いながらさっき立っていた大理石の壁の扉を開ける。
開けた先は狭い踊り場と降りの階段。
2人は人に気付かれない様に素早く扉の中に体を滑り込ませる。
「ヒュー!じゃーいっちょ、お盆に冥界下りと洒落こみますかァ!」
「バイブスアゲアゲでな」
メガネを直しながらボソリと言う三峰をみて、
「マージ!ヤーベ!ミッツサイコーじゃね!?」
と親指を立ててはしゃぐ火神。
その肩を、三峰はべしっと叩き、顎で「行け」と促した。
「ウィース!バイブスアゲアゲで除霊、行っちゃうよーん!」
腕まくりをしながら火神の言葉を皮切りに、2人は1歩階段を踏み出した。
駅の間の駅のこと(了)