~あなたもそのうち出くわす話(駅の間の駅のこと)~
駅の間の駅のこと(6)
その靄はぐにゃぐにゃと 歪に動いていており、時々ふわりと大小の手足が見える。それだけではなく老若男女の様々な顔が時折浮かんでは消える。これも巨大だったり妙に小さかったりと形や数を変えて出現するのだ。
耳を澄ますと
「てぃき、てぃき」
だの
「るうるうるりりいい」
だの意味不明な言葉でざわめいているのが聞き取れた。挙句びたびたと赤い汁を噴き出しあちこちに、撒き散らしている。
「さ、これ以上見てちゃあマズイ。逃げるよおにーさん! 生存率もバイブスもアゲてこ」
チャラ男はニッと笑って、高木の腕をぐっと握る。
「でね、なんで俺がおにーさんに、この話したかってーと、途中で大声出されたり振り返られたりしたら元も子もねーからなんだわ。……イイ? これから何があっても振り向かない、何があっても声を出さないって約束してくれる?」
高木は口を左手で押えたまま頷いた。
「おし、じゃあいこ。先に言っとくね。駅のホームへ上がれそうな、あの階段は使えない。実は上がった先の出入り口が全部塞がれてるンスよ。だからまずはこの梯子を下りるッス」
チャラ男が指さしたのはさっき上がってきたのとは反対側にある駅のホームから路線に降りる為の梯子だった。
「んで、あの50メートル先の非常口へ向かうんで。極力音も立てない様に気を付けて」
高木は無言で頷いた。
梯子を下りて、停車している電車と、掃除をしようと必死な件のふたりと、黒い靄を横目に、そっとチャラ男を先頭に高木は避難通路を歩く。
非常口に来てチャラ男が扉を開ける。
ガチャリ
ギィ
その音がトンネル内に響いた瞬間、
「るるるあああああああああいいいいいいい」
と黒い靄が叫んだ。
見付かった、終わりだと高木はその時本気で震えた。思わず振り返りそうになった時、チャラ男が高木の頭をドアの方へ戻す。
「見んなっつったべ!目つぶってて!」
高木の目に一瞬チャラ男の顔が見える。何故かニヤニヤとわらっていた。
「ぼるるるる!」
声がどんどん2人に迫る。
チャラ男が靄に向かって怒鳴った。
「ばーっかうっせ! このスライム野郎! ここはてめえが出てくる場所じゃねえんだよっ!」
「ぼぎゃあああああああああっ」
言われた言葉がわかるらしい。
靄の怒りをあらわにした絶叫を合図にして、
「入って!」
チャラ男は非常ドアを開ける。内側に向けて開けるタイプなのでなだれ込む様に2人は中に入る。チャラ男は間髪入れず高木を階段側に押し込むと、丁度外側に当たる部分のドアに何かを貼り付ける。
それはお札と小さな鏡らしきものだった。
迫りくる靄に
「これでも喰らえっ! お前ら全員地獄行き!」
と楽しげな笑顔の状態で、大声で言って両手を合わせ、握り、人差し指だけを立てて靄に向けた後、勢いよく扉を閉めた。
直後ドドドドドとノックともぶつかる音ともつかないような振動が狭い非常口のスペースに鳴り響く。
高木は恐怖の余り、震えながら階段の手すりに捕まっていたが、最後に、扉がドウンッという音と共にこちら側に突出したのを見て、腰を抜かした。
チャラ男はそんなのお構い無しで、小さなボトルスプレーをポケットから取りだし、ドアノブに向かって撒いている。高木はそれが何か聞きたかったがまだ喋っていいか分からなかったので押し黙っていた。
撒き終わると今度は高木の右腕を掴んで
「さー! 地上へ逃げるよォイ! まだベシャリナッシンでェー!」
と階段を登り始める。
喋らなくてよかったと高木は階段を駆け上がりながら思った。
非常用特有の折り返し階段を何回折り返したか、高木は記憶にない。
いくつか長い廊下も通った気がしたが、それも必死すぎて記憶は吹っ飛んでしまった。
「最後の階段! 頑張れおにーさん!」
12段の階段を登りきり、黒い大理石風の扉を開けると、そこは直ぐに外界と繋がっていた。それも駅の地下と地上を繋ぐ入口の柱だ。エレベーターの脇の壁の中にあの狭い階段があったのかと高木は驚きを隠せないでいたが、強い日差しに目が眩んだのと疲労から膝を地面に着いてそのままストンと正座の格好になった。
しかし、そんな彼のことはお構い無しに、間髪入れずチャラ男は自分の頭にスプレーを3度噴きかけて、次に高木の背中をバンバンバン!と3度叩き、今度はスプレーを高木に向けて噴霧する。
「季節外れだけど…えーと、難しくなくていっか! 鬼は外ー! ハイ鬼は外ねー! で、ハイ、おにーさん、喋っていいよー!」
その一連の流れがあまりにも早すぎて、混乱しながら高木は叫ぶ。
「ちょ…なん、なんなの!? ほんと! 説明して!?」
チャラ男はそう言われてニカッと笑う。
「うーん。面倒臭い!説明すんのやだ!」
高木は空いた口が塞がらなかった。
駅の間の駅のこと(7)へ続く