~あなたもそのうち出くわす話(駅の間の駅のこと)~
駅の間の駅のこと(5)
チャラ男の脅しが功を奏したのか、大澤田と渡辺は慌てて線路側に戻っていった。
その後姿をホームに立ちながら二人で眺める。
いくら地下とはいえ冷房の利いている場所ではないから酷く暑かった。
車内にいた方がマシだったかもと思いながら高木は汗を拭う。
と、チャラ男が口火を切った。
「おにーさんさ、さっき電車止まった時、ぶつかったの、なんだったかわかんないっしょ」
「……?」
唐突だったので何を言っているのか高木は理解に苦しむ。
「てか、此処の距離からなら場所変えれば見えるかも。ちょっと移動しよっか」
そう言うとチャラ男は、電車の先頭が見える方へ向かって歩き出す。奇妙だと思いつつも高木はチャラ男の後を追った。
先頭車両の見える所に辿り着く前に高木はまた奇妙なことに気づく。
「なっ……なぁっ」
「んーなんスかァ」
「向かいにさ…駅…ないんだな」
言いながら指をさした。
と、チャラ男は高木のその手の前に立って、物凄い形相で高木の腕をつかんで下ろした。
「ダメ! 呪われちゃう!」
「は!?」
「もおぉ、なんで今気づいちゃうかな。寧ろなんで気づくかな。ぼんやりしてそうなのに何気にしっかりしてんねお兄さん。……ハァ……あのね。お兄さん知らないから仕方ないけど、今俺らちょっちヤベエんだわ!」
「どういう……」
シッとチャラ男は自分の唇に人差し指をあてて、つかんだままの高木の腕を引いて
「今から証拠みせっから、でも声上げたくても我慢して! 悲鳴あげると俺らの生存率、ぐっと下がっちゃうからね!?」
と小声で……しかも真剣な顔で伝えた。
先頭車両の見える位置まで来ると、先立って歩いていたチャラ男が高木に目でその場所示す。
車両正面を見て高木は慌てて自分の口を塞いだ。
トンネル内を照らす独特な雰囲気の蛍光灯。その薄暗い灯りでも解る。
電車の正面は、ライトもガラス窓もすべて黒いヘドロのようなもので覆われていた。
何かと衝突して大量の液体が飛び散った事がそれで解る。
さっきの運転士と車掌が窓ガラスに飛散した液体だけでも落とそうとT字をした柄の長いスクイジーで必死に拭いているがギュルギュルっ、キュルッとゴムと窓ガラスが擦れる音だけが響いて一向に拭き取れる気配がない。
スクイジーがぬるりと濡れた線を窓ガラスに引いていくその時に高木は気付いてしまった。
黒いと思っていた液体が赤いということに。
――……あれは血なのか……?! じゃあやはり人か動物か轢いたか跳ねたかしたのか? それにしたってあんなに血って飛び散るものなのか?ぐるぐると高木の脳内を思考が巡る。しかし答えは出てこない。
すると、何も喋っていないのに、高木の声が聞こえたかのように(最も高木は気付いてなかったが)本当に小さな声でチャラ男が答える。
「いや、あれ人身事故とかじゃない。あいつらの足元見て」
言われて視線を落とす。
車輪の下に何かが挟まっている。
それは黒い靄の様に見えた。
駅の間の駅のこと(6)に続く