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デクワシ   作者: 犬神まみや
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~あなたもそのうち出くわす話(くろす駅)~

「くろす駅(一)」


 ある夏の日の話だ。

その夜も蒸し暑くて、水に湿ったアスファルトの匂いが強く周囲に立ち込めているそんな日である。

磯部(いそべ)岩居(いわい)は面倒な残業を終え、二人で自転車で帰宅途中だった。

周囲は真っ暗。しかも蒸し暑い。

「どうせなら爽やかな快晴の日に自転車に乗りたいよなァ。少し遠出してさ。こんな真夜中じゃなくて……」

磯部の独り言とも愚痴ともつかない言葉に、岩居は苦笑いで「全くですよ」と返した。二人はけだるげにペダルを漕ぐ。


 角を曲がって少しすると、すぐ踏切だ。車線の向こう側には小さな駅がある。

近代化著しいこの町で未だに無人駅だ。最も無人駅には便利な自動改札はすでに設置済み。

一駅向こうの街中の大きな駅の詰め所に繋がる緊急用電話も設置されている。トイレもきれいになってちゃんと多目的まで出来ていた。

ただ今では割と珍しい電話ボックスがぽつりとうら寂しい灯りを落としている。


磯部はそれを横目に踏切に踏み込もうとした。

「え」思わず声が漏れる。

……遮断機が降りていたのだ。

電車が来ることを警告する、あの不安を煽るようなカンカンは鳴っていない。ランプも点滅をしていない。

「ええ…なんですこれ」

岩居が駄々っ子のように声を上げた。一刻も早く妻子の待つ家路に付きたい彼にとって、とんだ障害物である。

「故障か……?」

磯部は遮断機の周辺を見回し、自転車を降りて遮断機を持ち上げようとする。

「どうです?」

「ダメだ」

今度は岩居も自転車から降りて一緒に遮断機を押し上げようとする。

大の男二人掛(ふたりがかり)でも、それはびくともしなかった。

「もし故障なら駅の人に連絡しないと」

磯部は遮断機から半身出して駅の方をのぞき込む。そう言った次の瞬間に彼の目の前がぱっと明るくなった。彼は顔をしかめて光の方向を見る。


電車だ。


「ええ、電車!? こんな時間に!?」

岩居が素っ頓狂な声をあげる。

「だとしたら踏切警報機だけが故障しているのかもしれない、駅員に知らせないと」

と磯部は自転車のハンドルに手をかけ方向転換しようとした。


その時。

ごとん、と電車が動きだす音が響いた。

がたん、ごとん

彼等の目の前をゆっくりと電車が通り過ぎていく。


……磯部は目を疑った。


電車の側面にある"行き先字幕"に終着駅が書かれていないのだ。本来なら"終点 駒川駅"と書かれていてもおかしくない。

その上、乗客がいる。灰色のくたびれたスーツのサラリーマン。暗いピンク色のスカートに白いカーディガンのOL、したたか酔っているであろう無精ひげでぼさぼさ髪の若い男性。

そこまではいい。そこまではまだ解る。

「何故ランドセルを背負った男の子がいるんだ」

目立つ黄色い帽子に折り目正しい制服を着ているところを見ると恐らく私立の小学校通いなのかもしれない。窓の外をみていた彼と磯部の目が合った。

……うつろである。


「ええ……嘘でしょう~、見間違いであって欲しい…こんな時間に小学生ってェ。あれ私立若羽(しりつわかばね)のですよ。乗り換えていかなきゃならないとこだけれど…それにしたってこんな時間にいるはず……」

「あんたもみたか」

磯部の言葉に岩居が顔をぐしゃりとゆがめていった。

「僕の目は節穴じゃないんですからぁ。字幕に行先もないし、気持ち悪いですよなんか」

挙句、電車の車両はたったの1車両。

それも奇妙だ。いくら人の利用の少ない路線とは言え、最低でも2車両以下で走るのはここ何十年も見たことが無かった。


二人は同時に腕時計に目をやる。時間は午前2時調度だった。

やはり有り得ない。


電車がゆっくりと行き過ぎると、音もなく遮断機が上がった。

岩居はウウウと唸って自転車に跨ると

「家には帰りたいんですがあの電車どうしても気になります……僕」と泣き声交じりで言う。

岩居が気にするのも無理はない。彼の父親は元々鉄道会社に勤めていたと磯部は聞いていた。それもあって彼もなかなかの鉄道オタクなのだ。こんなのを見てしまったら我慢できないのだろう。

そういう磯部もあの小学生のことが気になっていた。

無言で自転車に跨る。


「磯部さんさすがです、話がわかるなぁ!」


二人はペダルを思い切り踏みこみ、自転車を走らせ電車の後を追う事にした。

「くろす駅(二)」へ続く

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