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第九話 宣言

 気疲れして帰り着いた長屋にて。

 朝と同じく好奇の目を向ける住人達に、今度は伊織ははっきりと告げる。

 隠しておいてもろくなことはない。

 清之助の相手をして、改めてそう思った。


「この人は俺の依頼主の彩。訳あってしばらく俺の所で寝泊まりすることになるが、はっきり言ってあんたらが勘繰るようなことは何も無いから」

「そうは言ってもなぁ。痩せても枯れても伊織もいい年頃の男じゃねぇか。猫も一緒とはいえ心配だよ」

「勝手に人を枯らすな! ……って違う。いやいやいや、そういう問題じゃなくてな」

「彩ちゃん、うちに来るかい?寝起きする場所位なら何とでもなるよ」

「そうだよ。猫はともかく、伊織にゃ大した世話もできないだろうし」

「……決めつけるなっての」


 皆が意地悪ではなく心配してくれているのは、彩にも分かった。

 大人が懐かしむ”昔ながらのご近所付き合い”とは、こういうものなのかもしれない。

 矢継ぎ早の口撃にうんざりした様子の伊織に替わり、彩は勇気を出して口を開いた。


「あの」

「……彩?」

「皆さん、ありがとうございます。でも、大丈夫です。伊織も猫ちゃんも、すごく優しくしてくれてます。こちらでしばらくお世話になりますので、どうぞよろしくお願いします」


 そうして頭を下げる。


 すると一瞬の間があり、どよめきが起こった。


「いい子じゃないの、伊織」

「彩ちゃん、伊織を頼むね。馬鹿だけど、気はいい奴だからさ」

「頼み込んで嫁に来てもらえ、伊織」

「……あのなぁ」


 反論しかける伊織を、猫と共に引きずって部屋に入り、そして最後にもう一度頭を下げて戸を閉めた。

 目出たいだの安心だのいう声がしばらく続いていたが、それも程なく遠ざかっていく。


「……ったく。あいつら、俺を何だと思ってんだ」

「馬鹿だと言っておったぞ。聞こえなかったか?」

「……聞こえましたとも」


 背負った風呂敷を下ろすと、伊織は不貞腐れて仰向けに寝転んだ。

 その伊織を、遠慮がちに彩が覗き込む。


「あの……伊織」

「なんだ?」

「色んな人が言ってたけど、伊織、女の人が嫌いなんだよね? それなら、私、ここにいちゃ迷惑なんじゃない?」

「……!」


 慌てて伊織が跳ね起きる。

 猫が、堪らずといった感じで噴き出した。


「彩。伊織は女子が嫌いなのではない。女子が怖いだけじゃ」

「おいっ、誤解を生むような言い方をするな! 違うからな、彩」

「や、別にそんなに慌てなくても」

「いいや、よくない。俺があんな綽名で呼ばれるのは、全部師匠と猫のせいだ。小さい時から、いつも傍にいる女はこいつらだけだったからな。……俺の頭には、世の女は皆こんな風だと、すっかり刷り込まれてしまって」

「それでこの年になるまで女子に近寄ることもできず仕舞いじゃ、哀れな男よ」

「お前は黙ってろ」

「そういえば、伊織って何歳なの?」

「……二十一だ」


 昔の人は彩の元の世界の人間よりずっと早く結婚していたと聞く。

 そう考えると伊織はこの時代の”こじらせ男子”なのかもしれない。

 そう思う一方で。

 そんな言葉は覚えているのに、大事なことは思い出せていない自分がもどかしい。


「えっと、じゃあ猫ちゃんは?」

「ワシは妖じゃから人間の感覚とは異なるが。まぁ、五十くらいかのう」

「五十歳?!」


 見た目からして十歳くらいの子供かと思っていた。

 確かに喋り方は子供にしては風変りだったけれど。

 でも、漫画や小説の世界のようだと思えば、違和感は多少薄らいだ。


「そういう彩はいくつなんだよ」

「私、十七」

「ちょうどいいではないか、伊織」


 猫の言葉に伊織が咳込んだ。

 少し赤らんだ顔を隠すように、俯いたまま宣言する。


「と、とにかく! 明日は師匠の所に行く。……行きたくはないが、そうも言ってられないからな」

「初めから素直に泣きつけばよいものを」

「泣きつく訳じゃない。……ただ、実際に俺一人では手に負えなそうだと言うのがよく分かったし。それに、この状況をいつまでも報告しない方が、後で師匠に何を言われるか分からんしな」

「怖い人なの?」


 彩の問いかけに、二人は同時に全く異なる言葉を返す。


「素晴らしい御方じゃ」

「鬼だ、鬼」


 思わず、彩は笑ってしまった。

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