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第八話 清之助

「……すまん、駄目だな」


 しばらくして、伊織が口を開いた。


「つながる道が辿れない。今のままじゃ、たとえ憑代や対価を揃えたとしても無理だ」

「それって、やっぱり私の気持ちが足りないんだよね……上手く思い出せないから」

「そんなことは無い、俺の力不足だ」

「そうじゃ、彩は悪くない」

「だからと言って猫に言われると腹が立つんだが……まあ、言い返せないな。悪いが彩、もう少しこちらで辛抱してもらうことになりそうだ」

「謝るのは私の方だよ。迷惑掛けっ放しでごめんなさい」

「何も迷惑じゃない。気にするな」


 首を振って小さく笑った伊織は、そのまま大きく深呼吸すると、気持ちを切り替えるように空を見上げた。

 つられて彩も同じように顔を上げる。


 良く晴れた、雲ひとつない青空。


 -嫌だな-


 ふとそう思って。

 次にそう思ったことに驚いて、彩の鼓動が高鳴った。

 何かが思い出せそうな気がする。


 その時だった。


「伊織じゃないか。珍しいな、こんなところで」


 少し離れた所から突如聞こえてきた、若い男の声。

 一瞬掴みかけた記憶が、彩の手から遠のいていく。


 一方の伊織は声の主を確認もせず、彩を隠すように立ち位置を変えた。

 猫も顔を顰めて彩の横にぴたりと並んだ。


「彩。何があっても無視だ、無視」

「え?」

「さすがにあやつの女好きは伊達ではないわ。嗅覚が鋭いのう」

「え、え?」


 近づいてきた元凶が、伊織の肩に手を回す。


「なんだよ、聞こえないふりをするな」

「……(せい)、悪いが忙しいんでまたな」

「嘘をつくな、お前に忙しい時などあるものか。やぁ、猫嬢。そして……やや!」


 伊織の奥に立つ彩を見つけ、伊織を押しのけ回り込む。


「やあ!こんなに可愛いお嬢さんまでご一緒とは何たる奇跡。初めまして、私は緒方清之助と申します。もしやこの朴念仁があなたをつけ狙っているのでは?お困りでしたら私がお助けいたしましょう」


 清之助と名乗った青年は、流れるように自己紹介をすると、有無を言わさず彩の両手を握りしめた。

 慌てて間に割り込もうとする伊織だが、清之助に強く撥ね返される。

 この男は女が絡むと異常な力を発揮する。

 それを十二分に知っている伊織と猫は、同時に溜息をついた。


「面倒がまた増えたのう」

「おいっ、早くその手を放せ、清。彩に触るな」

「彩殿……あなたに似合う良い名だ。どうです、これからお茶でも」

「あの、私……」

「困ってんだろうが、阿呆」


 清之助の手を渾身の力で引きはがすと、伊織は自分の後ろに彩を隠した。


「天下の女嫌いが、何故そんな可愛いお嬢さんを連れている」

「彩は俺の依頼主だ。お前には手を出させん。いいからお前はとっとと道場に行け。稽古はどうした」

「それをいうなら伊織も同じことだ。師範がお前を探していたぞ」

「何度も言ってるだろう。俺はあそこの門下じゃ無い」

「だが、強い。悔しいがそれは事実だ。だから今日はお前が行け。その間、彩殿は俺が預かろう」

「……話にならん。彩、猫、相手にするな。すっかり気が削がれた、もう帰るぞ」

「つれないな。では彩殿、せめて道場までご一緒しませんか」

「とっとと一人で去れ」


 結局その後も、清之助は何かと彩に話しかけながらついてきた。

 何処から来たのか、どんな依頼なのか、歳は、住まいは-。


 彩より早く伊織が適当に嘘半分で返すため、彩はほぼ口を開かずに黙っていられた。

 そして清之助は、道場への分かれ道で心底残念そうに彩に手を振ると、漸く去っていった。


「何か……すごい人だね」

「始末の悪い遊び人だ。武家の次男坊のくせに、なまじ家に金があるからな」

「面倒な男に知られたのう。まあ、時間の問題ではあったろうが」

「猫ちゃんも全然話さなかったね、あの人と」

「阿保の相手は馬鹿一人で十分。まともに相手をしてはこちらが疲れるだけ損じゃ」

「……俺とあいつを一括りにするな」

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