第七話 必然
朝餉を済ませ、皆で昨日の場所を訪れた。
猫が揃えた小袖の着物を纏った彩は、一見すると何処にでもいる町娘である。
慣れぬ草履で時々つまづくことや、目新しい町の光景にいちいち目を丸くすることを除けば。
もしも昨日居合わせた誰かに見られたならば、伊織と猫は見世物屋として記憶にあるかもしれない。
だか、彩は間違いなく気づかれないだろうと思われた。
「やはりワシの見立てたとおり。彩によく似合う着物じゃ」
「そう、かな。……ありがとう。ごめんなさい、私お金も持ってないのに」
「伊織が請負うといったのじゃから、あやつに任せておけばよい」
「完全に、無理矢理お願いしちゃったよね。さっきも気まずかったし」
少し先で立ち止まり、空を見上げて考え込む伊織。
その背を見つめ、彩が気にしているのは長屋近辺でのひと騒動であった。
-長屋を抜け通りに出るまで、なるべく黙ってろ-
そう伊織から言い含められたため、彩は幾分急ぎ足の二人の後を、慣れぬ草履で必死で追いかけた。
だが結局その間、幾人の人に声を掛けられたか分からない。
-お、なんだ伊織。朝っぱらから女連れか-
-こりゃ驚いた、お前にもこんな日がくるとはねぇ。大雨でも降るんじゃないか-
-女嫌いはとうとう返上か?-
-お前にゃ勿体ねぇ位かわいい娘じゃねぇか-
-馬鹿言うな。ただの依頼主だよ-
あちこちから声がかかる度に不機嫌そうに答える伊織に、彩は申し訳なさと同時に、微かに切なくも感じていた。
昨日感じた伊織の優しさに期待しすぎたのだろうか。
もちろん、得体の知れない自分を放り出さぬだけで充分良い人なのだと分かるのだけれども。
猫は、先程の様子を思い返し俯く彩に、そっと体を寄せた。
「不肖な主殿で申し訳ないが、伊織は人一倍不器用な男での。お主のためにと馬鹿のくせに余計な気を回すから、尚更いらぬ気遣いをさせてしまうようじゃな。許せ、彩」
「私のため……?」
「うむ。あやつは馬鹿だが、性根は決して腐っておらぬ。それはワシが保証しよう」
独特の話し方のせいなのか、猫の言葉はいずれも自信に満ちて聞こえる。
不思議なもので、それだけで彩自身の気持ちにも変化が起きるくらいに。
「ありがとう。私、伊織と猫ちゃんに助けてもらって本当に良かったと思ってるよ。二人に会えなかったら、自分じゃどうしていいか絶対分からなかったもん。……偶然って、すごいね」
猫はそれを聞いて、目を細めた。
「ならばそれは偶然ではない。きっと、必然じゃ」
***
しばらく思い思いに近辺を歩き回ってみた末、伊織は彩に尋ねた。
「なあ、彩。この場所に来て、何か思い出すことだとか感じることはないか」
「う~ん……」
そこは橋のたもとで、すぐ脇には川原が広がっている。
「元の時代でも同じように川の傍を歩いてた、ということはないのかのう」
「それは無い、と思う」
少なくとも、自分の暮らす生活圏に川があった記憶はない。
思い出せていない可能性もあるが、これは間違いない気がする。
「そうか。でもきっと何か接点があるんじゃないかと思うんだけどな」
「……」
「彩、試しに元の世界のことを強く考えてみてくれ。全部思い出せなくていい」
「? ……うん、分かった」
彩の返事を聞いて、伊織は刀に手をかけ目を閉じた。
すると、伊織の纏う空気が微かに変わった。
慌てて彩も、必死に元の世界のことを考える。
戻りたいのかどうかではなく、自分は戻らなければならないのだから。
しかしそう強く思えば思う程、浮かぶのは親や友達ではなく、家や学校や塾といった風景ばかりだった。




