お爺ちゃんとキャラクタークリエイト
最後の娘が嫁いで行ってから早15年。
妻と二人でどのように過ごして暮らそうかと考えた先、たまには夫婦水入らずで旅行でもしようかと思い立つ。
趣味らしい趣味もなく仕事に打ち込んできたのが仇になったか、旅行先では散々妻に世話になった。自分が仕事人間だった事を嫌でも思い知らされる。
「何か趣味でも始めてみたらいかがですか?」
手持ち無沙汰の私に妻が一言。
趣味かぁ。
宿泊先で一日中その事ばかりを考えていた。
そんな折、妻に手を引かれ向かった先にあったのは絶景。
まぁ滝だ。断崖絶壁から糸を引くように水が流れ落ちる風景と音が相まって、不思議と気持ちを引き締めてくれる。
忘れて久しいワクワク感が湧き上がり、気付けばその景色に釘付けになっていた。
自分の生まれ育ったところには、まだ近代化の波に埋もれていない、こんな場所があったのだと目を見開く。
言葉では言い表せない風景を目に焼き付け、ただ感動した。
妻が帰ろうと再び袖を引くのも気づかずに見入る。
それ程までに魅了された風景を、是非同僚や知り合いなどに見せて語り合いたいと思った。
そのために用いたのは当時の最新モデルの携帯端末だ。
写真なんてただボタンを押すだけで写し取れるものだと思っていた。
しかしながら後で見たその画像にはなんら心惹かれる要素がない。
難しいなぁ。
頭を捻らせながら、その後もその風景を撮り続けた。
妻には呆れられてしまったが、私は満足するまで風景画を取り込むことに没入した。
いつしかそれは何も持たない私の唯一の趣味になっていた。
暇さえあれば風景を切り取ってパソコンのフォルダに収めている。
仕事の合間に見ればそこに行った気分になるので辛い時も元気をもらえたものだ。
今まで家族のためにと汗水垂らして勤め上げた仕事先もこの度めでたく定年を迎えた。
じゃあこれからはもっと遠出しようかと考えた先で、自分の体が気持ちの若さについて来れなくなったのを嫌でも自覚した登山先。
準備万端で山登りに向かった先で腰をやって救急車で運ばれたのだ。
意識ははっきりしていたからこそ悔しかった。
見舞いに来てくれた娘の「もう歳なんだから」という言葉がいつまでも頭の片隅に残った。
自分ではまだいけると思っていたが、周囲の目は違ったようだ。
悔しい。ただただ涙が出る。
搬送先の病院のお医者さんからは安静にしていてくださいとのこと。
病院からほど近い娘の住居で厄介になることになった。
孫娘は私を受け入れてくれるが、どうにも他人の家というのは落ち着かない。私は事あるごとに妻に連絡を入れた。
そうしたら彼女ったら酷いんだよ。
そこで頭をよく冷やして来てくださいだなんて言うんだ。
私が彼女に何をしたというんだ。
憤りから思いを馳せるも、思い出した風景はなんとも味気ない日常の出来事だった。
そこで気づく。私は今の今まで妻に労ったことのないダメな夫だったと。だからこそここでの生活は自分を省みる良い機会になった。
そう言い聞かせて日々を過ごす。
孫娘の美咲は娘の由香里と同様に私に甘えてきた。
まだ小学生気分が抜けないのだろうか。中学生に上がったばかりの孫は、よく抱っこをねだってきた。
そこで彼女が操作する端末を覗き込むと、あまりのスピードの速さに目眩を覚えた。
まるで新幹線の速度を目で追うようなものだ。
一瞬で通り過ぎて、よくわからないうちにその情報が過ぎ去ってしまう。そんなものを流し読むできる孫娘に対し、興味本位で聞いてみた。
「それは何を見てるんだい?」
「んー? んー掲示板。AWOの情報をね、調べてるんだー」
孫は心ここにあらずといった風に答える。
ここにいるのに、ここに居ない。
現代の若者に多く見られる精神乖離症と呼ばれる症状だ。
彼女の世代は特にそれが顕著で、その際たる理由がVRと呼ばれる電脳空間への行き来に肉体を置き去りにするからである。
私も仕事で良くVR会議室を使う事があるが、ここまで頻繁に現実世界から意識が乖離することは無かったけどね。
娘もそう言うところあるけど、まだ意識はハッキリしている方だ。
けど孫の方はあやふやだ。
ただの情報収集ですら意識を現実に定着させられないほどVR空間への適性が高かった。
別にそれが悪いと言うわけではないんだけど、相手をしているこちらは寂しい気持ちになるよね。それが残念でならない。
「お爺ちゃん、そう言えばVRは何するの?」
「特に予定はないね」
孫のセリフの意図が掴めず、当たり障りのない反応を返す。
「じゃあお爺ちゃん現実に一人残されちゃうよ?」
孫なりに心配してくれているのだろう。でもそれぐらい慣れているさ。気遣ってくれた孫の頭に手を置いて撫でてやるとくすぐったそうに笑った。
「じゃあお爺ちゃんも一緒にする? 私の遊んでるゲーム! お父さんとお母さんもやってるよ!」
「へぇ、どんなのだろう。でも私は美咲の動きについていけるかなぁ?」
「大丈夫、私守るもん。ね、一緒にしよーよ!」
孫からの誘いに断り切れず、私はとうとうそのゲームをやることになった。しかし、今更冒険にワクワクするって年齢でもないしねぇ。
どうやって言い訳をしようか考えながら、自室に置かれて居た用途のわからない寝台に腰掛け、頭に生体スキャンを施した専用バイザーをつけて意識を落とした。
ーーーーー
『認証確認……笹井裕次郎様、この度はアトランティスワールドオンラインへアクセス頂きありがとうございます』
頭上から女性の声が語りかけてくる。
直接頭に語りかけてくるようだ。
足元には一面の草原。しかし吹き付けてくるのは潮風と何とも相反する。アトランティス……確か歴史家達が妄想の限りを尽くした古代文明だったよね? このゲームではそれをモチーフとしているのか。
『それではゲームの世界へご案内します。ここから先は我が忠実なる僕を派遣しますので、それに従ってなりたい自分を形作ってくださいね』
なりたい自分か。それは何でもいいのかな?
そもそもこのゲームの目的も分かってないからねぇ。
どうしたものかと悩んでいると、煌びやかな効果音と共に、私の前に丸い毛玉が浮遊した。
よく見ればその毛玉には猫の耳と尻尾がついて居た。手足はない。
何とも珍妙な生き物である。
『こんにちわだにゃー』
「これはこれはご丁寧にどうも」
『ミーが来訪者さんのお世話をまかされたナビゲートフェアリーのミーだにゃー。よろしくにゃー』
ナビゲートフェアリー。つまりゲームの進行をナビゲートしてくれる妖精さんと言うところか。
「私、このゲームが何をするものか分からず、誘われるままに来てしまったんですが大丈夫でしょうか?」
『大丈夫ですにゃー。ある意味ではこのゲームほど自由度を優先させたゲームもないにゃ。何をしても自由! 出現するエネミーを討伐したり、探索をして新発見をしたり、そして見つけた素材でオリジナルのアイテムを作り上げたり、何をしてもいいにゃ!』
何と、想像以上に自由度が高い。
だからこそ共存できているのか気になる所だ。
私がやっていたゲームは画面の向こう側だったからやれる人とやれない人で常にいがみ合ってたもんね。放っておけばいいのにとは思いつつ、指摘しようものなら一転して私が悪者になる。そんな民度の低さが目立つゲームが多かった。
『それに役割は完全に分かれてるから、争う必要もないんだにゃ! このゲームではレベルがないにゃ! ステータスがないにゃ! 初めに選んだスキルを派生させていくスキル制を採用してるにゃ!』
レベル制じゃない?
ステータスまでないなんて聞いた事ないよ。
それってゲームバランス大丈夫なの?
スキルによって決まるとかスキル格差で酷い扱いをされそうである。
『まず、スキルにはエネミーにダメージを与える攻撃スキル。その他にさまざまな効果を付与するサポートスキルがあるにゃ。回復魔法や生産スキルは大体サポートに分類されるにゃ』
ふぅむ。
「スキルはアタックかサポートに特化した方が強いのですか?」
『そう言うわけでもないにゃ。あくまで役割の話にゃ。分割させすぎると器用貧乏になるのは言うまでもないけどにゃ』
そこもあくまでプレイヤーの自由であると。
それにステータスによる行動制限もない。
確かに自由度は高いだろう、しかし。
「では全て同じ方面に特化させたら、その方向で遊びたい人は有利なのですね?」
『その通りだにゃ。派生先は同じ方向からより、全く別のスキルの熟練度も加味して派生される事があるにゃ。そういう意味でもパッシヴスキルも重要にゃ』
パッシヴとは、受動的にスキルが発動するもの。
例えば火耐性なら火属性の攻撃から受けるダメージが弱くなるなどの効果がある。
つまりこのゲームでは全てを満遍なく揃えるよりも特化型の方がある意味で遊べる幅が広くなる。
ただミーの言い方が気になる。
あの言い方では幅広くスキルを取った方が後々役に立つ派生スキルが生えるような意味合いで取られてしまうぞ?
簡単な誘導だろうか?
それからもミーからの説明は続く。
最初はネーム設定だ。
本名での登録はタブーとのこと。
とあるコミックの主人公のネームを入れたら弾かれた。
偶然似たようなネームを使う人が私の他にもいたのかもしれない。
45年も前のコミックだよ? もしその人が私と同じ趣味の人なら是非友好関係を築きたいものだ。
仕方がないので主人公のフルネームをカタカナ表記で使わせていただいた。
次に種族の選択。
単純に見た目が変わるだけではなく、スキルの成長にも大きな関わりを持つらしい。ミー曰く、戦闘系に選ばれる多くは獣人、探索系は人間、そして生産系はエルフやドワーフなどの種族が最も多いらしい。
種族特性というのもあるらしいが、その反面デメリットも強く持つ。
唯一人間だけがデメリットらしいデメリットも持たないので私は『人間』を選択する。
守ってくれるらしい孫には悪いが、女の子に守られる男にだけはなりたくない。それが祖父としての最後の一線だ。
そして見た目の変更。
リアルがどんなに肥満体型でも、この世界では見た目をスマートにできる機能がある。顔だってシュッとした顔立ちにできる。
ある意味で顔面偏差値で負け続けていた人にとっての理想郷だ。
しかし、そんな人達ばかりだと美男美女しかいなくて何とも味気ない。私は若い頃の自分を思い出し、髪の色を変えるだけにとどめた。
装飾過多な偽りの自分もいいが、私は自分の顔で勝負するよ。
それがせめてもの、私についてきてくれた妻への気持ちだからね。
顔よりも気持ちだ、そう思うことにした。
さて最後にはスキルの選択を数多あるスキルリストから5つ選んで終了らしい。私は方向性の固まってきた目的に向けて、必要となる5つのスキルを選択し、決定ボタンを押した。
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ネーム:アキカゼ・ハヤテ
種族:人間/男
所持金:1000
冒険ランク:ーー
LP■■■■■■■■■■100%
SP■■■■■■■■■■100%
ST■■■■■■■■■■100%
EN■■■■■■■■■■100%
□スキル骨子
▶︎アタック:0
▶︎サポート:0
▶︎パッシヴ:5
◎持久力UP
◎木登り補正
◎水泳補正
◎低酸素内活動
◎命中UP
称号:なし
武器:なし
防具:探索者の服
腕 :なし
頭 :なし
足 :探索者の靴
アイテム:なし
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このゲームにおいて、装備はほとんどがオシャレアイテムとして存在する事が判明した。それは武器でさえ、だ。
何せスキルを使えばエネミーにダメージが通るからだ。
わざわざ武器で殴りかかる必要はない。
そしてステータスがないことから分かる通り、攻撃系スキルを持たねば戦闘に参加する必要すらなくなる。
完全にお荷物となるからだ。
私のスキルはアタックもサポートすら捨ててるパッシヴオンリー。
この事から攻撃どころかサポートする気も生産する気もないことは分かるだろう。
じゃあ何をしにゲームをするのか?
それは勿論……風景写真さ。
私は現実の続きを孫のハマったゲーム内で続けようと目論んでいた。