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第4話:魍想-Lord of Elysion

 顔はちょっと良いかな。これが遥が明人に抱いた第一印象だった。だが彼を人の来ない教室に呼び出したのは、特に恋愛感情を持っていたからではない。

 もとよりこの学校の人間ではないし、明人と会うのも初めてだった。

 明人が持つトラウマ。そこから《幻象》の情報を得るためである。

 遥は調査の末、確信に近いものをもって明人にコンタクトした。

 案の定、彼の様子がめまぐるしく変わるのを見ると自分は間違ってなかったと思えた。

 どうやら明人は事件に関する記憶を別のものに置き換えているらしかった。

 彼の両親が行方不明だと確かにこの地方の新聞で見た。こんな中規模都市ではあまりない事件なので結構大きく載せられていた。

 しかし、明人は両親は旅行中だと言う。

 酷い事故や災害に見舞われた時、人は記憶を失ったりその記憶を封じ込んでしまうことがある。それは人間の防衛本能の1つでさほど珍しいことではない。

 明人はそれと似たようなもので嫌な記憶をマシなものにすり替えてしまっているようだ。おそらく現実では彼の親は天国に旅立っているのだろう。

 だが、説明のつかないこともある。

 遥がこの学校で聞き込みをしたところ、教師も生徒も明人の親は旅行で家にいないと答えた。しかも彼らは誰も遥の存在に違和感を覚えていないらしかった。

 誰もが明人を気遣っている、と考えてみたがそんなことはあるわけがない。

 やはり認識を弄るような《幻象》が校内にいるのは明らかだった。



「藍が危ない!」

 不意に大声を出されて遥はちょっとビビった。聞いてはいたが意識は半分以上思案に流れていた。

 明人はさっきまで鬼気迫る表情で何やら呟いていたが急に現実に戻されたようだった。

 遥が思い出した内容を詳しく聞こうと口を開けた時、遥と向き合う明人の背後から白っぽい光弾が発せられた。

 それは驚異的なスピードで明人に迫った。遥が明人を突き飛ばそうとしたときにはもう光弾はその背中に吸い込まれていた。

 明人は何かが全身を突き抜けたようにぶるっと一度震えた後、目が虚ろになり糸のきれた操り人形マリオネットのようにだらりと座り込んだ。

「榊原くん! しっかりして」

 遥は周囲を警戒しながら明人を足でつついてみた。何の反応もない。息もしているようで、少なくとも生きてはいるようだ。

 遥は少し安堵した。苦労して見つけた情報源に簡単に死なれては困る。

「はやく出てきなさいよ。いるんでしょ?」

 いつの間にか夕日は山の輪郭を赤く染めるほどに沈み、部屋は暗がりに支配されかかっていた。

 遥は素早く視線を走らせた。

 整頓されていない机の群れ、教壇、閉め切られたドアと窓の外。誰もいないが確かに《幻象》の気配を感じた。

「うわ〜戦うヒロインがいるよぉ」

 耳元で馬鹿にしたような女の子の声が聞こえた。刹那、遥は振り向きざまに蹴りを放った。手ごたえはなく細い足が力強く風を切る音だけが聞こえた。

「ちっ」

 遥が舌打ちすると四方八方からケラケラと笑い声がした。

「いい動きだねえ。ついでに言うとミニスカで回し蹴りは気を付けたほうが良いよ」

「ふん」

 遥は気を緩めない。

「そうキレないでよ。お詫びに姿見せるから」

 少女の声は遥の怒声など気にかけず余裕たっぷりに言った。

「呼ばれて飛び出て…はじめましてだね」

 気付いた時には見知らぬ少女が教壇の上にいた。

 色とりどりのヘアピンをつけたミディアムショートの黒髪。奇抜な髪型である。服装こそこの学校の制服だが、シャツのボタンは上2つほど外れておりネクタイはぶら下がっているだけで機能を果たしていない。

 その隙間からブラと別段大きくない乳房が見えている。

 露出狂なのかだらしないだけなのか。どちらにしろ遥は少女に女性として嫌悪感を覚えた。

「反応薄いよ。なにやってんの」

 少女は遥の厳しい視線に気付きもしない。子供っぽい笑みを浮かべ文句を垂れている。

「ああ、そうか! 自己紹介してないからか。私は綾瀬、広橋綾瀬ひろはしあやせと申します。……これで良いよね?」

 スカートの裾を摘んでなかなか優雅にお辞儀した。

「アホ丸出しのところすまないけど榊原くんに何をしたの?」

 あきれた遥は綾瀬を無視することにした。与太郎の話をまじめに聞くほどお人好しではなかった。

「あんただって頭のおかしい戦うヒロインのくせにアホとはなんぞ!? アホとは?!」

「あのさ、さっきから言ってる戦うヒロインって何なの? アホみたいだからやめなよ」

「うわヒドッ。くそアマが……」

 前言撤回。遥は綾瀬を挑発して隙を窺うことにした。

綾瀬は教壇の上をウロウロしながらぶつくさと何やら毒づいている。傍から見なくても十分異常である。

 そんなただのアホかと思ったが、遥が『普通』ではなく常人なんかより数倍優れた戦闘能力を持っている、まさに『戦うヒロイン』だということを一瞬で看破したのには少々驚いた。

 こいつが事件を隠蔽しようとしている幻象ね、と容易く結論は出た。

「……私ね、夢があるの」

 綾瀬は独り言を止め、語り始めた。

 意味が分からずおもわず首を傾げてしまう。

「それはね・・・戦う女の子をぶち殺すこと♪」

「っ!」

 言うが早いか綾瀬が壇上の机を蹴飛ばした。矢のような速さと鋭さで机が飛んでいく。

 遥は虚を突かれながらも間一髪それを横に転がって避けた。同時に金属のへしゃげる音がして背後の壁がへこんだ。

「うんうん。イイねイイね。常人は死んでるよ、今ので」

 しきりに頷いて満足そうな綾瀬。やっている事と煌めく笑顔が相当ミスマッチである。

 遥は呼吸を整えながら、綾瀬を憎悪を込めて睨みつけた。自分の奇襲が成就する前に攻撃されたのが悔しかった。

「怖いわぁ。そんな顔しないでよ、遥」

 綾瀬が愉しそうな声を出す。全然怖がっていない。

「あんたこそ、その緊張感の無い笑顔止めたら?」

 馴れ馴れしく名前を呼ばれたことにムッとしながらも、冷たく挑発する。遥としてはさっさと綾瀬を片付けて明人の記憶を探りたかった。

「性格悪いね。そんな悪い遥ちゃんは私の妄想劇場で粛清してやる!」

 後半の意味不明な部分を声を荒げて強調した。綾瀬はこれでキレているらしかった。

「性格だもん仕方ないでしょ。それにやれるもんならやってみなさいよ」

 遥は不敵に応えた。その右手にはどこから出したのか夕闇の中でも鏡のような輝きを放つ西洋風の剣があった。敵と戦うため、斬り殺すために洗練されたフォルム。

「おお!? 剣が出た! これは雰囲気出るね〜。遥分かってんじゃん。じゃあ早速戦う美少女惨殺ごっこをはじめるよぉ」

 歓喜を抑えきれない様子で綾瀬が開戦を告げた。


「……え?」

 次の瞬間綾瀬はすっ頓狂な声をあげていた。その腹部には剣が突き刺さり後ろの黒板に彼女の身体を留めていた。

 剣を伝って鮮やかな血が床に滴る。

「もう終わり? 開始して1秒も経ったかしら」

 遥は剣の柄を握って笑っている。

 先ほど綾瀬が教台をどかしてくれたおかげで刺突を遮るものは無くなっていた。開幕の余韻に浸っていた綾瀬には凄まじい不意打ちであった。

「くっ、これくらいで、死ぬわけないじゃん」

 そう言って血の唾を遥の顔に吐きつけた。

「汚っ! この……」

 眼には入らなかったのは幸いだが相当不快だった。怒りに任せて遥は綾瀬を突き刺したままの剣でなぎ払った。

 剣は黒板を削りながら綾瀬の胴体をへその辺りから分断した。綾瀬は声も無く崩れ落ち教壇を赤に染めた。

「全然たいしたこと無いわね」

 呼吸を乱しながら毒づいた。これでまた1体幻象を滅ぼした、遥は満足感に浸っていた。

「どこ見てんの? 私はこっちだよ」

「な……」

 さっと振り返ると動かない明人の隣で綾瀬が小躍りしていた。

 遥は剣を構えなおした。

「私死んでるじゃん。カワイソ、あっ」

 今度は綾瀬の身体が袈裟斬りにされた。様々な内臓と大量の血が床を飾った。それでも綾瀬の声は止まない。

「あはっ。まだだよ。もっと殺してぇ」

 その望みはすぐに叶う。遥は剣を振るいどこからともなく湧き出る綾瀬を斬殺していく。

 同じ顔の死体が絨毯のようになっても切り裂き続ける。

 いつの間にか部屋中の物に綾瀬の顔が浮き出て騒ぎ立てる。

 遥はその全てを叩き斬った。身体が疲れを覚え始めても綾瀬を斬りつづける。

「霜崎さん。こっち向いて」

 突然静止していた明人が立ち上がった。その顔は綾瀬だった。コンマ数秒でその身体は解体された。

 明人から得られる情報は今やどうでもよかった。今は広橋綾瀬を殺すことのほうが重要だった。

「もういいでしょ! こんなに殺したんだからいい加減死んでよおおおぉぉ!!」

 遥は絶望的に絶叫した。そして尚も斬り続ける。これは現実じゃないと頭の片隅で思っていても、殺戮は止まらない。

 綾瀬に明人、壁につけた亀裂、抉られた天井、窓ガラス、机、カーテン、時計、照明……。

 遥が斬ったありとあらゆるものからどろどろと紅い液体が流れる。

 遥自身も頭の先から靴の先まで真っ赤になっていた。

「最後の私はここですよ」

 その声は遥の口から出ていた。遥は剣を首に当てた。

 もう何もかも壊した。だから最後は自分なのだと何となく理解した。

「これで終わりにしてやる」

 そして寸分の躊躇もなく頚動脈を素早く断ち切った。紅い噴水は実に美しかった。




 綾瀬は虚ろな瞳で床に転がり悶えている遥を楽しそうに見ていた。

 《虚構の楽園エリュシオン

 自分の因子を埋め込んだ相手を自分が妄想した悪夢的な幻覚に陥らせる能力。

 肉体には無害だが、精神を崩壊させるくらいはたやすい。危険極まりない力だ。

 我が身に授かったこの異能には何度感謝したか分からない。

 最近はずっと明人の周りをいじくって榊原家の事件が明るみに出ないようにするのに使っていただけだった。今朝は気まぐれで明人をからかってみたり、この部屋の因子を他の場所より濃くしておいたりしたのだが。

 だから、遥の介入は綾瀬にとって好きではないが暇つぶしには最適の戦闘になったので喜ばしいハプニングだった。

「遥は生き返って次は……あっ電話鳴ってる」

 死んだように動かない明人から飾り気の無いプリセットの着信音が聞こえてきた。

 綾瀬は明人のズボンからケータイを引っ張り出した。ごちゃごちゃとついてきた邪魔なイヤホンを外す。開いてみるとディスプレイには『藍』の文字があった。

「藍? どっかで聞いたことあるなぁ……ま、いいか、もしもし?」

 面白そうなので電話に出てみた。

「お兄ちゃーーーーーーーん!」

「うわああ!?」

 大音量で可愛らしい声が部屋中に響き渡った。心臓が止まるくらいビビッておもわずケータイを取り落としてしまった。

「ごめん大声出しちゃって。もう会えるまで24時間きったから嬉しくて。今から友達とお別」

「驚かせるないでよね、まったく」

 ほっておいてもうるさいので綾瀬はケータイを切った。

「遊ぶ気削がれちゃったなぁ。もういいや殺しちゃおっ」

 綾瀬はポケットから小振りのナイフを取り出し遥に歩み寄った。

 綾瀬では能力で心は殺せても肉体は無理なのである。人間以上に腕力なんかもあるのだが、拳で撲殺なんてしたくなかった。

 綾瀬はなんか邪魔になりそうな遥の制服を脱がしにかかった。

「別に百合っ気があるわけじゃないんだからね! 最期に弄ってみるのも面白いかな、なんて」


 

 この世界には明人とゴスロリ服の少女しかいない。見えるのはお互いの姿だけ。聞こえるのもお互いの声だけ。

 そんな生活がどれほど続いただろう。それは永遠ともいえるし須臾ともいえた。

だが終わりは唐突にきた。自分を呼ぶ声が世界を揺らし始めたのだ。しだいに世界は変容していった。

目のまえにいる少女の姿が家族を殺した殺人鬼の姿と合致した。明人の中に怨嗟が溢れ、思い切り少女を殴った。

 するとガラスが砕けるような音がして殺人鬼である少女は粉々になった。

 そして目が醒めた。


 外はすっかり暗くなっていた。窓からの月光が部屋を明るく照らしていた。

 段々と意識がはっきりしてくると窓際に人がいることに気付いた。

 誰だか分からないがはだけた服の女の子がナイフを持って仰向けの遥に馬乗りになっていた。

遥の服が邪魔なのか制服の上着とカーディガンを脱がせている。

 どういうわけか抵抗ひとつしない遥が気になったが殺そうとしているのは誰の目にも明らかだった。

「やめろ!」

 無我夢中で叫んだ。驚愕で呆けたような表情の綾瀬がカクカクと振り返る。全く状況を理解できていないようだ。

 本当のところ、明人がエリュシオンから解放されたのは綾瀬が出た電話のせいで自業自得なわけである。

 明人は素早く綾瀬の腕を掴んだ。

「イタッ」

 力を入れると小さく悲鳴を上げナイフを手放した。

「何してんだよお前!」

「うそよ……私の力がただの人間に破られるわけない」

 綾瀬は震えながら理解不能なことを呟いている。明人の叱責は聞こえていないようだ。

 何かで心を病んで凶行に走ったのかもしれないなと明人は思った。

「はっ?! まだ生きてる」

 遥も寝言みたいなことを言いながら目を醒ました。

「ほら君。立って、どいてくれ」

 明人が脇に腕を通し引きずるように遥の上から綾瀬をどかして傍に座らせた。その間も女の子は何かをぶつぶつ言っている。心ここにあらずといった感じだ。

「霜崎さん、怪我は無い?」

「なんとかね」

「そりゃよかった」

 明人は遥の手を取り立たせてあげた。半分脱がされた上着から見える白い肌が目に入りおもわず視線を逸らした。

「どうしたのよ? 顔が赤いわ」

 全く気が付いていない遥が不思議そうな顔をする。

「と、とりあえず服着たほうが良いと思う……よ」

「……ゃあああ!」

 世界が回転して明人は床に突っ伏していた。頬をひっぱたかれたと理解するには遥の力は強すぎた。


「なあ。あの子お前を殺そうとしてたけど何なんだ?」

 しばらくして落ち着いた明人はまだ力なく座っている綾瀬をちらっと見て聞いた。

「聞きたいの? 聞いたらもう日常に戻れないけど、それでもいい?」

 遥は脅しの色を含んだ声で確認を求める。明人に迷いは無かった。

「ああ。なんか知らないといけない気がするんだ」

「そう」


 いつからだろうか。いつも頭のどこかが濛々としていた。そこにある記憶を探り出そうとすれば頭痛に苛まれた。

 しかし、あの夢から醒めた後頭は妙にクリアになっていた。

 今しようとしている話は頭痛を引き起こす種類のものだろうと自然と分かったが痛みはない。

 それが良いことなのか、どうなのかは分からない。ただ、ある種の使命感のようなものが湧いてきた。

 何故か?その理由を探したとき夢の中にいた少女の姿が幻視された。その理由もまた不明だが、この話をすることで答えに近づける気がする。

 明人は遥に先を促した。遥が口を開く。

「彼女は……「あはっあはははははは!?!」」

 甲高い狂った哄笑が遥の言葉を裂いて響き渡った。その背筋が凍るような奇声に2人は悪寒を覚えて顧みる。

 そこには先ほどまで死人同然だった綾瀬が幽鬼のようなおぼつかなさで立ち上がっていた。

しばらく虚空を彷徨っていた瞳が2人を捉えた。

「コンティニューだよ。私は使命ミッションを遂行する!」

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