第28話:一終-ascension of devil
白と黒がぶつかり合い戦場の音を奏でる。一撃一撃が不死たる決闘者たちの存在をも脅かす力を乗せて放たれる。
「殺したくないってさ! 私の中であんたの友達が叫んでるよ!」
自在に《毒蛇》を振るい、四方から攻撃をしかけながら遥が叫ぶ。
「死なないよ。恨み続けたこの身体が今回だけは役に立つんだから!」
《出来損ない》と《忠誠》。2つの異能が死と消滅を拒絶する。
徒手空拳のアキラが得物を握る遥と互角に渡り合える理由はそこにあった。
《忠誠》を身に纏い、《女神》の《幻象》を滅ぼす力すら克服する《出来損ない》の再生力で補強する。堅牢なのではない、再生速度が尋常の域ではないだけだ。
「だったら……!」
遥は3本の《毒蛇》を束ね、一振りの業物に変えて両手で握ると、重さに任せた一撃を袈裟型で振り下ろした。
アキラは右手に影を集中させ籠手を成すと、真正面から斬撃を受け止めた。
籠手は壊れない。それどころか触れるだけで《幻象》を蝕む《毒蛇》を握って離さない。
遥は素早く左手を柄から離し、腰の拳銃に伸ばした。
だがそれよりも早く、アキラの左ストレートが腹部にめり込んだ。衝撃で遥の身体が浮いた。
「ぐっ!?」
仕方なく《毒蛇》を手放すと、遥は後方へ距離をとった。
「お前じゃ、あたしには勝てない。諦めて遥を返せ」
アキラは近くのビルに向かって《毒蛇》を投げた。回転する刃が鋭い音を立てて壁に突き立った。
「確かに相性は最悪のようね。でもまだ負けと決まったわけじゃない」
遥は自らの首筋にナイフを添えた。異形の視線が挑むようにアキラを射抜く。
「そんなもので死ねる身体じゃないだろう」
「死ぬ? 死ぬほどの痛みよ。肉体は同じでも、《幻象》の私と人間臭いこの娘じゃ感じ方が違う……どうなるのか気になるでしょ」
自らを人質にとった脅迫。彼女は《幻象》としての自我と人間としての自我がはっきり分かれている特殊なケースだ。どういう感じ方をするのか自分の経験からは判断できない。
例えはったりだとしても遥を傷つけたくないアキラは戸惑った。
その瞬間、遥は滑るように動いた。
遥の『眼』は自らを取り巻く状況を全て把握していた。
《魔姫》と小夜が小競り合い、夢幻に身を潜めた綾瀬らがそれを眺めている。《起源》も動かず、成り行きを静観している。
風を切り、月光の独房の中、今まさに浄化されんとしている《魔姫》に突進する。
「どういうつもり!? くっ」
突然の乱入に驚愕しつつも立ちはだかった小夜の肩を突き飛ばす。その肩から血が滴り落ちる。
《魔姫》と《起源》が揃った場が、《毒蛇》によらずとも《幻象》に不治の傷を与えるほど《復讐の女神》の力を研ぎ澄ませているのだった。
浄化の檻が無造作に、易々と破壊されたのも当然といえた。
そして囚人を待つのは、能力の消滅から存在の消滅という極刑に変わった。
「《忠誠》なんかよりあんたの方がよっぽど使えるわ!」
檻に飛び込んだ遥とすれ違う形で《魔姫》が脱出を果たす。その時大鎌の刃をちょうど遥の腹部の高さに合わせ、勢いよく交差すると同時に相手を切断する形になっている。
鎌を持つ手に重さが加わり、《魔姫》はほくそ笑んだ。真っ二つになった救世主を見てやろうと振り返った。
「あ……れ」
右手から重さが消えていく。目の前には黒い金属片が塵と舞い、赤玉が不気味に輝いていた。
そしてその向こうからやってくる復讐の鬼。血に飢えた眼に《魔姫》は血が凍るのが分かった。
右腕一つで抱き抱えられた《魔姫》の遥に触れている部分から血が噴き出した。
主人を取り戻そうと足を上げた途端、アキラの背を衝撃が襲った。
「……ご、ぶ」
ビルの壁に堅く突き刺さっていた《毒蛇》がひとりでに空を切り、アキラの左胸を背中から貫いて地面に縫いとめたのだった。
遥の手を離れての維持が難しかった蛇剣も、今や彼女の思うがまま。
しかし宿縁を頼りに強化されたのは遥だけではない。アキラもまた、遥と《魔姫》の両方を救うため闘志を燃やしている。
それが証拠に、《幻象》を滅ぼす毒牙を急所に受けても壊れていない。
「しぶとい犬ね。滅んだ方が良かったんじゃない? ご主人様が切り刻まれる所を見なくて済むんだから」
非情な笑いが荒廃した街に木霊し、太陽は完全に山に沈んだ。
「楽には消さない。あんたが私たちにした仕打ち、何倍にもして返してやる」
戦士であることを感じさせない白魚のような細い指を《魔姫》の腕に滑らせていく。指先を追って肌が裂け、赤く濡れた傷口が開いていく。。
《幻象》にとって肉体は魂をかけた世界法則の入れ物に過ぎないが、《毒蛇》は入れ物を害することで法則に治らざるひびを入れる。
誰にも触れられることのない魂は、痛みに対する耐性や覚悟が皆無。故に《復讐の女神》の標的は、外見的な軽傷重傷の区別なく想像を絶する苦痛に苛まれることになる。
脂汗を滲ませながら《魔姫》は歯を食いしばっていた。
「まだかすり傷よ。本当に痛いのはこれから……」
「くっ!」
片手で首を鷲掴みにされ、《魔姫》はじたばたともがいた。羽虫が飛ぶ程度の抵抗に意味は無く、軽々と宙に吊り上げられてしまう。
遥の右手にぐっと力が入る。途端に《魔姫》の首から錆臭い花が咲いた。
切り刻まれた動脈と静脈から盛大に血が噴き出し、遥の身体にも降りかかる。
気絶した《魔姫》を放り投げるとアキラに向き直った。
「さて仕上げにするわ。剣を返して」
「ぐあああ!」
遠隔操作で引き抜かれる時、少しでも多くの血を浴びたいのか《毒蛇》は身をくねらせた。最後に脚を偏執的に刺して回り、遥の手元に舞い戻った。
受け取った勢いのまま身体を翻し、倒れている《魔姫》の心臓目掛け切っ先を突きだす。
迷いなく伸びた3つの剣は、ついに冥府の悪魔を仕留めた。