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第27話:冥月-eclipse duel

「熱いわ、見てらんない」

 友を救おうと奔走する部下を《魔姫》は鬱陶しそうに眺めた。

 今まで命令に背くことのなかったアキラが、今回は意見を押し通してきた。それだけ遥が大事なのだろう。

 その事実が《魔姫》を苛立たせる。

「ならヒンヤリさせてあげる!」

 バリッという音がして側面から飛来した雷の矢が、顔すれすれを横切っていった。

 無意識に後退すると、今度は後頭部に熱を感じた。髪の焼ける嫌な臭いが鼻を突く。

「ナメた真似を……」

 青筋を立てた《魔姫》が周りを見回すも敵の姿はない。余計に熱くなったみたいだね、と綾瀬のからかう声が四方から聞こえてくるだけだ。

「ふん、お前らはもう私の手の内。隠れても無駄よ」

 《魔姫》の声で、鎌に埋められた深紅の玉が輝きだした。綾瀬達の体内に入り込んだ《柘榴》から位置を探ろうというのである。

「やああっ!」

 そこへ小夜が斬りかかる。

 《魔姫》は身体に不釣り合いな大きさの鎌を器用に操り、光の剣を防いだ。

「霧を収めて。今ならまだ……」

「《起源》の犬が。お前の相手は私じゃないわ」

 それまで微動だにしなかったフードの人物が小夜の方を向いた。震える手でフードが下されていく。

「えっ」

「せっかくのプレゼントなんだから、楽しみなさい」

 《魔姫》の言葉など耳に入らない。視線は変わり果てた藍の姿に釘付けだった。

 だらしなく開いた口。どこを向いているとも知れない目は外界を映しておらず、歩みは浮浪者の如くおぼつかない。

 生ける屍は唯一理解できる主人の命令を実行するため、よたよたと小夜へと迫っていく。

「助けてやりなよ。まあそいつの命は私が握ってるけどね。うふふふ」

 吐き気をもよおす嘲りが、がらんどうの街に響く。

 煮えたぎる殺意を乗せて血液が全身を駆け巡り、小夜の目の前が真っ赤になった。

「うああああ!」

 咆哮と共に鍔迫り合いを押し切り、小夜の力任せの前蹴りが《魔姫》の腹にめり込んだ。

 情けない恰好でひっくり返り悶えている《魔姫》を、燃える光剣の切っ先が捉える。

「死ね! お前なんか――!」

「さ、よ」

 濁った音の中に埋もれた名前が、小夜の注意をさらった。

 名前を呼んだその人からは考えられない力で小夜は腕ごと抱きすくめられていた。

「アドリブもできるなんて上出来じゃない」

 腹を押さえた《魔姫》の痛みと恨みで歪んだ顔が持ちあがる。

 振り解こうともがくものの、藍の腕から逃れられない。あの優しく柔らかだった抱擁が、今はまるで巌に抱かれているかのように固く重い。

 背中の翼に密着し、浄化の力をじかに受けても藍は何も感じていないようだ。

「くたばれ!」

 復帰した《魔姫》の鎌が横から迫る。拘束している藍もろとも切断しようというのである。

「藍ちゃんごめん!」

 小夜は頭を振りあげた。

 頭突きは藍の鼻先に命中。怯んだ藍は後ろに倒れ、小夜はしゃがむようにして腕から脱出した。

 間一髪、赤い光の軌跡は誰にも当たらず通り過ぎた。

 その鎌を振り切った隙。小夜は一太刀を浴びせられると確信した。

 木を裂くような音がそこら中に響き渡る。

「っ!?」

 見れば何もない空間から雷の球が小夜目掛けて発射されていた。

 《魔姫》に届くはずだった刃で飛来した雷弾を打ち消す。続く弾を低空飛行で躱しながらも、《魔姫》を狙える距離は譲らない。

「いくら姿を隠しても、この霧の中は私の支配下よ」

 《魔姫》の得意げな笑いが、綾瀬と明人も彼女の手に落ちたことを知らせる。

 しかしいくら《魔姫》のフィールドとはいえ、明人の持つ《雷霆》と《楽園》という《幻象》を2つも御しきるのは至難の業なのだろう。

 雷の狙いは正確とは呼べず、小夜が《魔姫》の周りを動き回るため主人に命中しかけることさえあった。

「ならこれでどう?」

 羽根を無数の矢に変え、速いもの遅いものを混ぜながらの波状攻撃を仕掛ける。

 それもバトンダンスさながら鎌を高速回転させ凌ぐ《魔姫》。砕かれた矢が光を失って舞い散る様子は、初雪を思わせる光景だ。

 疲労の色が浮かんできているようだが、《雷霆》からの援護射撃は止める気はないらしい。

 小夜自身も《柘榴》の侵蝕から身を守りながらの戦いだ。互いに消耗戦。先に音を上げた方が負ける。


 そんな膠着状態が続くなか、一発の雷弾が正確に小夜の額を捉えた。

「くっ!」

 驚いたがこれは好都合でもあった。狙った場所に来たなら狙った場所に返せる。

 視界を塞ぐ光の塊を右腕から伸びた剣の腹で華麗に弾いた。目標は《魔姫》。

「こんなとろいもの簡単に」

 羽根とは違い、雷を鎌で受けるわけにはいかない。すぐ回避に移った《魔姫》を撃ち続けられている天使の羽根が追い縋る。

「貴様ぁ……ひ、いやああああぁぁ!」

 思うように動けない《魔姫》を味方の雷が襲った。操りきれていないとはいえ威力は十分で、《魔姫》は気を失っている。

 傍らに降り立った小夜は、注意深く辺りを見回した。綾瀬らの姿は依然見えないが攻撃してくる気配はなく、藍は立ったまま虚空を見つめていた。

 危険がないことを確認し、《魔姫》を見やる。全ての元凶とはいえ、こうしてみるとただの小さな子供。斬るには気が引けた。

「でも、藍ちゃんのためだから」

 躊躇を押し込めて光剣に力を込め、小夜は腕を振り下ろした。《魔姫》の身体を通り抜けた刃が、彼女の邪性を消し去る。


 《魔姫》は力を失い、不死であるだけの少女になる。それで終わりのはずだった。

 油断。そう彼女が綾瀬を従えたことをもっと注意すべきだったのだ。いやもしかするとこの油断さえ《楽園》の引き起こしたものなのかもしれないが。

 《魔姫》の身体が破裂して、雷が放射状に花開いた。花弁は獲物を駆け巡り、肉を焼く。魅力的な餌と手痛い歓迎は、食虫植物を思わせる。

 竜巻に弄ばれた葉のように高圧電流に晒された小夜は、どっと倒れ込んだ。

「便利ね、この《楽園》って。扱いが難しいのかと思ったけど、まさに思うがままの使い勝手よ」

 電撃で朦朧とする視界にことさら異常な歪みが現れ、《魔姫》が姿を現した。

「こっち(《雷霆》)は調節が難しいのよね。天使の丸焼きを作ろうとしたら、火傷で済んじゃうんだから。まあ随分抵抗してくれちゃったしね、この持ち主」

「ふふ……よく喋るのね。それを油断というの!」

 地面に落ちていた羽根が一斉に輝きを取り戻し、天に向かって光を放った。光の牢獄が形作られ、《魔姫》を封じ込める。

 間近で獲物をいたぶるのが好きな奴だ。止めを刺しに来るのは本体のはずである。

「貴様の友達を殺してやる! 内側から引き裂いてな!」

 哀れな囚人が激昂する。それも中にいるのが《魔姫》である証左。

「そんな時間は与えない。あなたは一瞬で力を失うの」

 柔らかな月の光が檻を静かに染め上げた。

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