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第26話:開戦-outbreak Gods war

「あなたは食べごたえがなさそう。今殺しても困るし、そこで見ていればいいわ」

 血の通わない声が小夜に猶予を告げる。

 女死神の背後で黒獣が咆哮した。筋骨隆々とした腕を振りかざし、ブレーキが壊れたトラックの勢いで最愛の友に突進してきた。

「こないだ殺し損ねた奴か。私のために肥え太ってくれたの?」

 斬撃に風が泣き叫ぶ。

 杭のような爪を備えた巨腕がやすやすと切り裂かれ、粘度の高い墨汁を思わせる体液が滴った。

 それでも獣の勢いは死なず、巨体が遥の身体を押し潰したかに見えた。

 だが遥の周りを高速で踊り狂う蛇剣が、触れるそばから獣の身体を解体していく。獣は自らミキサーに飛び込んだも同然だった。

 遂に影の獣の胴体は突貫され、風穴が空いた。

 音もなく影の獣は地に伏した。形を維持できなくなったのか、もはや巨大なスライムにしか見えない。


「次は誰?」

 細められた目が舐めるように動く。

 凍りついたように動かない小夜。離れたところで警戒している綾瀬と彼女に付き従う明人。

「あなたは……」

 明人を見たとき、何か言いかけて遥は口を閉ざした。

 軽い溜息を漏らし、遥は目を閉じる。

 それが見開かれた時、何も変わっていないにも関わらず、もう人間らしさは残っていなかった。

 確実に視覚以外の情報を取得している異形の眼。それが再び明人を捉える。

 その視線を遮るように綾瀬が前に出た。全身をスキャンされているような不気味な感覚に鳥肌が立った。

「いつか想像していたことになったわけね。容赦しないわよ? この娘の情なんかに流される私ではないわ」

「絶対殺させたりしないわ。護ってみせる」

 綾瀬が真っ向から受けて立つ気概を見せるも、それを気にした様子もなく遥は目線を外した。

 重圧が消えて綾瀬が安堵の吐息を漏らすのが聞こえる。

 しばらく何かを探していた遥の眼がある一点で止まった。

 高架付近の交差点、車が玉突き事故を起こしている場所。無残な金属の墓石の群れに和服姿の魔人が靠れていた。

「待ち侘びたわ。この時を」

 恨み呪った運命の相手を前に遥は舌なめずりをした。

 これだけ我慢してきたのだから、手にかけた時の悦楽たるや尋常のものではないはずだ。《復讐の女神》はそのために存在しているのだから。

「それはもう、焦がれるほどでさぁね」

 殺戮と復讐の眼差しを一身に受け止め、《起源》は身震いした。

 遥が歩を進める。《起源》もゆったりと車から背を離した。


 因縁の戦いが幕を上げようとしている最中、急速にエンジン音が接近してくる。

「だけどまたお預けのようね?」

「そのようで。くく、あっしとしてはもう慣れましたがね」

「気が合うじゃない。私もよ」

 遥が悪戯っぽく笑い、《起源》も唇を歪めた。

 《起源》の後ろの潰れた車をジャンプ台にしてバイクの連隊が次々と飛び出してきた。先頭の1台が乱暴に着地を決めると、鎖を振り回しながら遥に向けて突撃してきた。

 だが鉄の鞭が遥の肌を裂くことあたわず、騎手もろとも人の形を無くした。派手に横転したバイクが血の海を滑っていく。

 それを目の当たりにした他のライダー達は、威嚇するように遥の周りを旋回しはじめた。所詮獅子には敵わぬハイエナ。彼我の実力差は承知しているようだった。

 そこへ割り込むクラクション。見れば道路の向こうから大型バスが走ってきていた。

 バスがブレーキを響かせて止まる。アーマーとメットで武装した黒ずくめの兵士が靴底を鳴らしながら降車し、バスの横に整列した。その数20。

 一層濃い瘴気が満ちてくる。窒息しそうなほど甘く、快楽信号を絶え間なく流し込んでくる。

 紅い世界の支配者は黒のドレスを身に纏い、ダンスホールに出向くような優雅さでタラップを降りてきた。真っ黒なフード付き外套に身を包んだ側近がすぐ後ろに付き従う。


「おまたせ。さあ、舞踏会を始めましょ。私のために踊り狂いなさい」

 独然とした命令が下る。統制のとれた動きで兵士たちが一斉にマシンガンを構えた。

 綾瀬と明人の姿がぐにゃりと歪み、陽炎の向こうに溶け消えた。

 盾を持つ《起源》は余裕に構え、遥と小夜はそれぞれ手近な車の陰に身を隠した。

 けたたましい音と共に鉛玉が撒き散らされる。車体やアスファルトで跳ね返り、恐ろしい弾幕を形成する。

 防御手段を持たない小夜は、消えた2人と《起源》がこの状況をどうにかしてくれるのを待つしかなかった。

「時間稼ぎなどさせないわ」

 《魔姫》の声が鈴の音のごとく、紅い大気を渡っていく。

 小夜はハッとアキラの方を見た。

 黒い塊は大きく脈打ち、魔薬の霧を吸収して獣の形を取り戻しかけていた。銃弾が飛び交う中でアレと戦うなど分が悪すぎる。

 恐怖心を払い、小夜は飛び出していた。地面と水平になりつつすれすれを飛ぶ。

 空気抵抗を極限まで殺し、今まで感じたこともない速域に達する。全身に月光の力を纏った姿はまさに彗星。

 そのまま再生中の影の獣をぶち抜いた。

「!?」

 確かにそのビジョンが映った。だが、実感がない。

 小夜を影が覆っていた。影の魔物の影。

 魔物は跳躍していた。

 不定形の塊は《魔姫》の傍に着地した。銃を構える近衛を踏み潰して。

 恐ろしい人体損壊の濡音が響き渡る。鮮血に濡れる骨肉や臓腑を無遠慮にかき混ぜる音。

 潰した兵士だけでは足りないのか、触手を伸ばして捕まえては闇の中に引き摺り込んでいく。

 優秀な近衛兵とは《柘榴》が詰まったタンクと同義なのだ。血肉はもちろん悲鳴さえ飲み込んで、黒獣は身体を取り戻していく。

 一瞬唖然としていた《魔姫》がニヤリと笑って言った。

「お腹が空いていたのね? でも私の家族を食べちゃうのは許し難いわ。まあ、その分しっかり動きなさい」

「承知しております。我が主」

 我を取り戻したアキラの身体に影の獣が吸い込まれるように消えた。

 ぬめる光沢に覆われた骨と銃器がバラバラと零れ落ちる。

 アキラは小山をなすほど積まれた死骸を無造作に崩し、静まり返った戦場を見渡した。

「邪魔よ」

 銃撃が止むと同時に行動していた遥は、黒の主従のすぐそばに来ていた。

 姿勢を低くして接近する。アキラにむかって《毒蛇》を下から振り上げた。

 だが白い刃は黒い手に握られ、友に届くことはなかった。

「放せ!」

「遥、今ならまだ間に合う。あたしと来てくれ」

 アキラの真剣な眼差しを遥は真っ向から切り捨てた。

 《毒蛇》は本物の蛇のように暴れるが影の獣が変じた籠手はビクともしない。

「聞こえてないわよ。私を生んだ敵2人を前にして私を抑えようなんて、見くびらないで」

 遥は《毒蛇》を置いて距離を取った。

 アキラの手元から三又の剣が消え、再び遥の右手に戻ってきた。

「だってさ、殺してしまえばいいわ。《女神》も欲しいけど本命じゃないし」

「それはできません」

「なに?」

 思わぬ反逆に《魔姫》の声が低くなる。紅霧の中で蒼く輝く瞳がアキラを突き刺す。

「遥が意識を取り戻せば、我々の元に帰ってくるはずです。今は《女神》に乗っ取られているだけです」

「ふぅん、で? そんな甘いこと言ってて勝てるの?」

 いつの間にか《魔姫》の手には大鎌が現れ、アキラの首にかけられていた。鎌を引きよせて首を顔の前に持ってくる。

「勝ちます。あなたの右腕を信じてください」

 《魔姫》の眼を見据え、アキラは言い切った。

「……好きにしなさい」

「ありがとうございます」

 アキラは一礼して遥を向き直った。


「今の間に何回死ねたのかしらね」

 嘲笑う遥の言葉を黙殺し、真っ向から視線をぶつける。

 例え《魔姫》の元での偽りの安息でも遥は喜んでいた。もはや変えようのない《幻象》としての生を少しでも変えてやりたかった。

「遥、手を貸すから戻ってきてくれ」

「そんな血塗れの手で私が救えるの? やってみせてよ!」

「……いくぞ!」

 剣であり鎧である影を纏いアキラは地を蹴った。三つ首の《毒蛇》を従え、遥がそれを迎え撃つ。

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