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第3話:幻実-feel like heaven

 保健室を後にした明人は無駄に階段を時間をかけて登っていた。

 足が震えてるし気分は最悪だ。

「なんで自分の学校をこんな怖がってんだよ。バカみたいじゃん。でもなぁ…」

 あの夢を思い出そうとすると頭の片隅がチリチリと痛んだ。しばらく考えてあんまり鬱々していると今から会う女の子に嫌われるだろう、という結論に至った。

 明人はぐだぐだ考えるのをやめた。

「やっぱり…」

 特別講義室のある4階は夢で見たのとほぼ同じだった。

 あの光景から人混みを取り除いただけ。そして窓からは昇る太陽ではなく沈む太陽が見える。

「もう、どうにでもなれよ」

 意を決してドアを開けた。


 茜色に染まる無人の教室。そこには、もちろん机で作られた舞台も血の海もない。

 ただ窓の外を見つめる1人の少女がいた。

「俺を呼んだよね?」

 明人は踏み込んでドアを閉めた。

 少女がゆっくり振り向く。

 豊かな茶髪をアップに纏めたポニーテールが揺れる。小柄な顔に愛嬌のある八重歯と大きな瞳が印象的な美少女だった。

(この子初めて見るなぁ)

 明人は人間関係において広く浅くをモットーにしていた。

 そのため学校でかなり顔が広い明人にとってはこういう事態は珍しいことである。

 しかも相手はかなりの美人。噂くらい聞いたことがあってもいいものだ。

「はじめまして、だよね? 榊原くん」

 凛とした声が響いた。

「こちらこそはじめまして。俺は榊原明人、よろしく」

 堅苦しい挨拶なんかする気はなかったが何故かやってしまった。

霜崎遥しもさきはるかっていいます。こっちこそよろしく」

 2人は軽く会釈を交わした。


「それで用は?」

 今の聞き方は少々無愛想だったかもしれない。

 妙に緊張しているのは、悪夢で出てきた場所にいるからか。

「ちょっと聞きにくいんだけど…榊原くんのご両親って今どこにいるの?」

 遥はそんなこと気にしてない様子で奇妙な質問を投げ掛けてきた。

 それを聞いた途端、明人はひどい頭痛を覚えて顔をしかめた。

「俺の親? ……2人とも長期旅行に出かけて日本にはいない、けど?」

 明人は自分の喋る言葉がやけにたどたどしいことに気付いた。しかも立ち眩みに似た感覚まで襲ってきた。熱でもあるのかと思ってしまう。

「ちょっと榊原くん、顔色悪いよ。大丈夫?」

 心配そうに顔を覗きこんでくる遥。それは嬉しいのだが本当に体調が優れない。

 明人は遥からを視線を逸らした。

 黒板の前に首がない男と切り裂かれた腹から臓物を覗かせている女が目に飛び込んできた。

「―――ッ!」

「榊原くん! 落ち着いて!」

 遥は急に暴れだした明人を正面から抱いた。この可憐な身体のどこに男を押さえる力があるのだろう。

 しかし、そんなことを考える余裕は明人にはない。

「大丈夫、私がついてるから」

 遥は母が子供にしてやるように優しく抱擁し続けた。


 しばらくそうしていると明人も正気を取り戻してきた。

 明人は正気になると今しがた知り合ったばかりの美少女に抱きつかれているのに気付いた。

「うわ! ちょっ、と霜崎さん!?」

 明人は正直焦った。初対面で積極的過ぎやしないか。

「え? ……あわわわわ!? イタッ」

 遥も明人の声に自分のしていることが分かったらしい。

 顔を赤らめものすごいスピードで後退って見事に転けた。

 乱れたスカートから見えるスラッとした太ももが男共に対して凶悪な破壊力を持っていた。

「だ、大丈夫?」

 危ない妄想を60%断ち切り明人は手を差しのべた。

「ああ、あの、ありがとうございます」

 手を握ったままぶんぶん振って礼を言う。

 忙しい子だなと思う。第一印象と中身がだいぶ違うので変な感じがしたが、こんな子も面白いと思う。

 明人は遥の手を離し、ちらりと黒板の方を見た。さっきの幻影はもう無かった。

「あまり思い詰めるのは身体に毒だな」

 そう思って思索を止める。何だか心地よい諦めを感じた。


 その時、突如遥が手を握ってきた。同時に明人の頭痛も退いていった。

「ありがとう」

 遥のおかげかは分からないがとりあえず礼を述べた。

「気にしないで。それより、あなたのご両親亡くなったんでしょ? 半年前に」

 また変な質問が繰り返される。

 さっきは居場所を聞いたのに今度は親が死んだのか、と聞かれる。しかも確信しているように聞こえる。

「いや、だから半年前に旅行に行ったんだよ」

 遥は嫌いじゃないが意味が分からない質問はやめて欲しかったので、今度は語気を強めて言い返した。

「よく思い出して。旅行になんか行ってないはずだよ」

 遥は動じず手を握る力を強めた。不思議な感覚が明人に流れ込んできた。

「違う違う。確か夜中に家を出、て、うっ」

 封印したはずの出来事が首をもたげはじめた。



 それは暗い暗い闇の中。

『ずっとずっと会いたかったよ。あきちゃん』

「女の子が、家に来た」

 人間味のない不気味な少女。どこか懐かしい女の子。

「そいつは今どこにいるの?」

 遥の声が鋭くなった気がする。

「分からない。でも…」

『また会いに来るから』

 彼女は予言を残して消えた。

「また来るらしい」

「そう…。他には何か思い出せない?」

 遥は詰問するように尋ね続ける。

「それから…」

 この先の記憶は更にぐじゃぐじゃだった。

 それでも無理に禍去かこの映像が再生される。

『fy戲Rswcアイち@_,か゛ぃないゎね』

 不気味な少女は狭いアパートの部屋を物色するように見て回っていた。

『時間がかNり経ったし藍/*)??変ゎって*よね』

 空港で別れる直前に家族で撮った写真。それを少女は持っていった。

「藍……」

 明人は混濁した記憶の海から1つの名前を掬い上げた。

「藍って誰?」

 遥が聞いてくる。彼女は真剣そのものだ。

「俺の妹だ。今アメリカにいるがもうすぐ帰ってくる」

 整理されてきた頭はあの事件の絶望的な部分を掘り出した。

『彼女を探しに行かなくちゃ。それから連れ戻して明ちゃんの目の前で殺してやる』

「藍が危ない!」

 何かが全身を突き抜けて身の毛がよだった。イヤな汗が流れ出る。

「榊原くん! し!Qx齒ef.#&楙」

 遥が叫んでいるがよく聞き取れない。もっとハッキリ喋ってくれ。

 すぐに遥の姿も朧になり、そして影も残さず消滅した。


 特別講義室の風景も変容してきた。

 部屋中の『表面』と言うべきものが剥がれ落ち消えていく。

 そしてその裏に隠されていたものが姿を現した。

 黒板には『SOON』の落書き。廊下には人が湧き始めた。

 何もない空間に机と5人の男女が出現し、何者かに次々と腕を切断されていく。あっという間に血のオブジェが造られた。

 昼間の夢、幻とは一味違う惨劇の舞台が完成した。

 それは現実以上のリアリティーを有していた。少なくとも明人はそう感じた。

 そりたつ影。

 明人が見上げたのは血のオブジェ。その悪趣味の程度を倍増させる吊るされた女の子。

 明人は彼女を見たことがある。いつも一緒にいた。それは妹だった。

「そんな……藍」

 困惑、理解、混乱、錯乱、狂乱、激昂、悲壮、消沈、そして絶望。

 明人は身も心も魂さえも損失したかに思えた。

「くくっ、誰もいないじゃないか」

 明人はカタカタと笑い血の海に座り込んだ。家族は皆死に、天涯孤独になってしまったのだ。

 その目は抜け殻。死体と同じ。

「大丈夫だよ。これからは私がずっと一緒にいてあげるから」

 少女は明人の傍に寄り添い、優しい響きが目一杯詰め込まれた言葉を囁く。

 彼女は榊原家の家族を皆殺しにした張本人。

 どす黒いゴスロリ服においては目立たないが、驚くほど白い肌を返り血で紅く汚している。

「本当か!?」

 明人の目にしょうじょから発せられた希望の光が射した。

「でも条件があるわ」

「なんだよ? 俺何でもするから、一緒にいてくれ」

 支えを喪った者は弱い。

「私は明人の禍去の過ちを赦してあげる。だから明人も私の行いを赦してね」

 支えを得る条件は至極簡単。

「赦す、赦すよ」

 弱い人間が飛び付くのも無理はない。

「良かった。これからはずっと一緒だね、明ちゃん!」

「ああ、もちろんさ。小夜」

 少年とその家族を殺した少女。不和の関係にあるはずの2人は今やお互いに名前を呼び合い、抱きしめあっている。 

「キネンサツエー!」

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ

 いつの間にやら黙って2人を見つめていた狂気のケータイカメラマン達が一斉にフラッシュを焚いて乱写する。

「オメデトー」「オメデトー!」「オメデトーウ!!」

 バカみたいな喝采がカメラマン達から沸き起こる。

 白い光と祝福の奇声で視覚も聴覚も役に立たなくなってきた。

 明人は少女を抱き寄せた。少女の温もりだけがこの異形の世界で確かなものだった。

 そして2人は深淵の暗黒に堕ちていった。

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